やめて 見つめないで
黒い瞳が私を見つめる。
雷鳴のような唸り声に思わず身体は震えていた。
「来ないで…」
思わず漏れた抵抗の意。だがそれは臆することなく、伸縮性に富む足を伸ばし、
私の腕に触れる。
動けない、このままだとまずい。
顔が迫る、深淵のような瞳がじっと見つめる
ああ… もうだめだ。
「かわいいなぁ!お前はなぁ!!」
思い切り抱きしめる。
ああ、なんというもふもふ具合か。
彼女はゴロゴロと喉を鳴らして、なでなでを所望する。摩擦熱で手が燃えるのではないかと思うほどになでまわす。
冬毛特有の温もり、素晴らしきかな我が人生
「ああ、まずい!」
そろそろ会議の時間なのだ。
彼女をゆっくりと床に下ろし、
私は急いで椅子についた。
『見つめられると』
※また長くなりました。
「ごめんなさい」
彼女はすまなそうな顔で謝った。
「君とは友達だと思ってた」
その言葉は、どんな刃物よりも鋭くて、
僕の心は滅茶苦茶になった。
2年前の出来事だ。僕は幼馴染に告白した。
理由は勿論、僕に気があったというのもあるし、彼女が思わせぶりな態度を取ってたからというのもある。きっとそれは思春期少年特有の淡い恋心、いや第二次性徴の発達の見せた幻想に過ぎなかったのだろう。
あれから酷く態度を気にするようになった。発言一つ一つに気を遣い、相手の動作を逐一観察した。その人がどう生きて、どう思っているか、わからないときは聞いた。
でもそのやり方は、探偵やFBIがやるように、決して相手にとって居心地のいいものじゃなかった。
嫌われた。社会に出ても一人だった。
「人の心がわかるようになりたい」
そう願った。
ここは街外れのドヤ街、治安の悪さで日本一有名だ。すれ違う人の目つきは鋭いか、焦点があってないか、昼夜問わずに嬌声が飛び、時たま赤い何かを見つける。
そんなおかしな場所に私は来ていた。
「交換屋って知りませんか?」
比較的話が通じそうな人を見つけては、私は同じ質問を繰り返していた。
「知ってるよ、あんたそこに行きたいのか?」
「はい」
「三丁目の通りの二本目の路地を左に曲がって、あとはまっすぐ行けば、つくはずだよ」
「ありがとうございます」
スマホで検索をかけ、言われた通りの道を探す。相変わらず向いてる方向はわかりにくい。画面と周りを交互に確認しつつ、薄暗い路地裏を進んでいった。
悪趣味なネオンの看板に古臭い丸ゴシックの字で書いてある。
「交換屋…」
正直、ここが噂の場所とは思えない。
確かに怪しい雰囲気は満載で、普通ではないが、そんなのこの町にはいくらでもある。
単なる金属製の扉の一室で人の個性を入れ替えるなど可能なのだろうか。
しかし、ここまで来た以上戻るのは時間の無駄だ。おそるおそるドアノブを捻り、扉を開ける。
「いらっしゃいませ」
いやに無機質な声が聞こえてきた。
「交換屋にようこそ」
立っていたのは、妙な格好の老紳士だった。
シルクハットにステッキ、顔はヤギの仮面で隠され、その僅かな隙間からにやついているのがわかる。
「ここが噂の交換屋で合ってるんでしょうか」
「はい、お客様のお求めになっていた、交換屋で間違いございません」
そう言うものの、中には家具ひとつ見当たらない、あるのは赤い絨毯が一つだけだ。
「本当にここが私の求めた場所なのでしょうか」
「それにしては何も見当たらないのですが」
「ええ、ええ、間違いございませんよ、お客さまは”心が読めるように”なりたいのですね?」
一瞬、引き下がるがすぐに尋ねる。
「そうですが、なぜわかったんですか?」
「こういう商売をしていますと、自然と感じることができるようになるのです。
要件もわかっていることですし、早速、交換といたしましょう」
「ちょっと待ってください、もう少し説明していただけませんか?」
「いいでしょう」
ステッキを指で遊ばせながら、紳士は言う
「質問をどうぞ」
「そもそも交換屋とはなんでしょうか?」
「あなたの知る噂どおり、才能や能力を交換し、望む人に与える店です。」
「どうやってそれをするのですか」
「企業秘密となっております」
「私の場合は何を交換するのですか?」
「企業秘密となっております」
「流石に説明していただかないと、こちらとしても納得ができません。そこをなんとかお願いできませんか?」
「企業秘密となっております」
機械か何かと話してるんじゃないかと思えてくる。
「何も説明できないじゃないですか」
「そうですね、生活に支障がでるものは交換いたしません。あなたの持ち余しているーーつまり、不要な能力をいただくかわりにあなたの望む能力を提供します」
「なるほど」
「納得していただけましたか?」
腑に落ちない部分は多いが、少なくとも生活に支障が出ないなら問題はないだろう。
「じゃあ、さっそく交換をお願いできますか?」
「ええ、勿論です」
「ご利用ありがとうございました」
ーー臨時ニュースです。
今日未明、○○株式会社の社員、
……さんが自宅で首を吊っているところを発見されました。……さんは二週間前から会社に来ておらずー
自宅の本は全てビリビリに破かれていたとのことです。警察は事件性も高いと見て、調査を進めています。
『ないものねだり』
「〇〇ってほんとー上手いよな、趣味とかなの?」
いや、生活習慣の一部であって、別にやりたいわけじゃないよ。
「教えてよ、私そういうこと苦手なんだ」
好き好んでじゃないよ、誰でもできることじゃないか。やり方もネットに載ってるし、調べりゃ済む話だろ、何で俺に聞くんだよ
「おお前なれよ、絶対向いてる、何もせず家いるよりマシだろ」
嫌々だった、でも正論だ。
しょうがない、やるなら全力でやってやる。
行列のできる料理店、レシピは様々、イタリア、和食、中華にトルコ、何ででもござれ。
満席になった店内に、料理長はいつも不機嫌。
『好きじゃないのに』
※とても長くなってしまいました。申し訳ない…。
「ぴよぴよ…」
朝、小鳥の囀り響く平和な日常
「おはよぉう…」
あくび混じりに言葉を紡げば、
安らぐいつもの声がする。
「あら、おはようあなた、今日はずいぶんと早いのね」
一人息子もこう早いと挨拶もできない。
だが、妻は違う。
素敵な笑顔で言葉を返してくれる。
艶のある肌、煌めく髪、出会ったのが十五年も前だとは思えないほど、彼女は若く美しい。
「企画が大詰めでね、後もう少しで上手くいきそうなんだよ」
相槌を返す彼女、結婚して支えると誓った十年間、今日もこの笑顔のため頑張れる。
「へぇー、そうなのねぇ」
「ご飯美味しかった、いつもありがとう」
スーツを引き締め、鞄を持つ。
「じゃあ、いってきます!」
ばたん!
「………はぁ…」
思わず溜息が出る。結婚してから十年間、
一種の儀礼と化した送り迎えに、私はもううんざりだった。
出会って一五年、夫のことは好きだった。
私の母は異常な教育ママで、私に常に完璧にいるように求めた、だから、誰からも心を開けず、常に美しく完璧にいるように努めた。
誰にも言えないその秘密を夫は見つけ、助け出してくれた。努力家で真っ直ぐ、そんな彼は私にとってヒーローだった。
今はもう見る影もない、仕事第一で家事はしてくれず、帰りは遅い。接待の為に休日は潰れ、家族サービスの一つもしてくれない。
“そして何よりハゲている”
正確には薄毛だが、見る人見れば、そろそろかつらが必要だと予想できるだろう。
いや、夫のことはどうでもいい。
「おはようー、早く起きないと遅刻するよ」
「…おはよう」
とても可愛い私の娘、この子はいつも寝坊すけさん、起きるのがいつも遅いのだ。
目を擦る動作に、長い髪にくっついた寝癖が何と愛おしいことか。夫が変わってしまっても、私はこの子のため、家庭を支えるのだ。
「こらこら、寝癖なんかつけちゃって」
「ほら、髪留め…。うん、よく似合ってるわね、ほんと可愛いわ」
「ありがとう、お母さん、でも私すぐに出なきゃだから、朝ごはん代わりに食パン貰ってくね」
「あらそう、最近の小学生は大変ね。
じゃあ、気をつけていってらっしゃい」
行ってきますと同時に見せる。切なげで愛らしい笑顔は、天使の如く。いや、天使だ。
今日も、あの子のために頑張ろう。
バタン…
ランドセルを持ち、閑散とした道を進む
家にあんまりいたくない、ママのせいだ。
ママの愛は、なんだか変なのだ。ママは僕に女の子が着るような服を着せ、髪を伸ばすように言う、口調もママの前ではそうじゃないといけない。
僕は男なのに、同級生にもオカマとかきもいとか、嫌な事ばっか言われる。
小2までは何もなかったのに急にそうなった。
だから、僕は同級生がまだいないこの時間に出かけるのだ。
それに、ひとつ楽しみもある。
公園の林の中、にゃーにゃー、鳴く声がする。
「今日もいるな」
僕はそこにちぎった食パンを置く、
林から小さな黒猫が出てくると、それをパクリと頬張った。
「よしよし、よく噛んで食べるんだぞ」
パンを食べ終えると、僕の膝に頭を押し付ける。これは甘えている証拠だ。いつものように喉を撫でると、心地よさげにゴロゴロとなく。
「なぁ、クロ、今日もこんなのつけられたんだ」
髪留めを外し、そっと置く。クロは興味深そうにそれを見ている
「僕は男なのに、やっぱり母さんは変だよな」
クロはそれでしばらく遊んだ後、飽きたのかその辺にほっぽり出した。
「ははは、やっぱそう思うよなぁ…」
クロは僕の友人、唯一の相談相手、と言ってもクロは僕の言葉を理解してるわけじゃないだろうし、クロの言葉はわからない。
でもお母さんやお父さんに相談するよりはよっぽどマシだと思う。
それにこうした反応を見ていると、なんだか心が落ち着くのだ。
「クロ、また来るね」
しばらく猫じゃらしで遊んだ後、僕は林からそっと出た。クロと会うために、今日も頑張ろう。
「あれ、あの猫ちょーかわいくない!?」
「え、猫!?ま、どこどこ。本当だ、小さい黒猫だね」
「わ、むっちゃ声出して甘えてくる、かわよ」「みーちゃんなんか持ってない!?猫食べそうなの!」
ゴロゴロと猫は鳴いた。
『特別な存在』
時に諸君。
人はなぜお菓子を求むのか知っているか?
アイスクリーム、ポテチ、チョコレートとあげればキリがないほどに我々の生活には、溢れている。
我々が脂濃いものや甘いものを求めるのは、かつての先祖にとって、それが有利な形質だったからだという。
いつ食物が見つかるかわからない状況下では、よく食べ、よく蓄えるものが生き残りやすかった。それが現代ではあらゆる習慣病の病巣としてあるわけなのだ。
「……」
ところで私は今、商品棚の前に立っている。
meiji、湖池屋、そんな文字列と色とりどりのパッケージが並ぶ、子供たちが騒ぐ場所。
思わず黄色いものに手が伸びーすぐ戻す。
いやいや先程説明した通りだ、こいつはあらゆる生活習慣の病であり、現代における悪魔なのだ!それを私は十二分に承知している。
財布を確認、小銭がたんまり入っていて、重たい、どうやら足りそうー
何を考えている!その小銭はどうやってできた物か覚えていないのか!?
「ママー、あれ何してるの?」
少年よやめてくれ、私は別にこれを買おうとしているわけではない、欲しいとか、そんな子供っぽい考えでは決してない。
お母さんも苦笑いしないで欲しい。
ここにいるから良くないのだ、すぐに頼まれた買い物を済ませるのだ、覚えているぞ。
豚バラ、白菜、白だし、美味しそうな鍋の材料、そもそもこんな物を食べては、食べれなくなってしまうだろう。
「買わないの?」
……
「お買い上げ!ありがとうございましたー!」
買い物袋を手に帰路につく、エレベーターで階を上がり、財布につけた鍵で扉を開く。
「おかえりー!買い物ありがとう!」
「ただいま、机の上置いとくね」
手を洗った後、黄色いブツを手に自室へ入る
「やっぱ海苔塩なんだよな」
罪の味、後悔はない…うん。
『バカみたい』