【麦わら帽子】
小学5年の冬頃、、だったと思う。ちょっと寒かったから。
珍しく早く起きた朝。
朝ごはんそっちのけでテレビを見ているお父さんに近寄り、何を見ているのかと画面に目を向ける。
『、、、何これ?』
初めて見た時、正直面白くなさそうだなって思った。
でもアニメが好きだったから、これを機に見てみるのも悪くないなぁって思った。
幸いアマプラにあったそれは、一気に私を虜にさせた。
最初は途中から見始めると言うオタクの風上にも置けない行為をしていた。
でも、第一シーズンから見始めた時には鳥肌が立ちっぱなしだった。
感動シーンも面白シーンも満載で、いつしかそれは私の心の支えになっていた。
もうすぐで完結だけど、私はずっと推し続ける。
出会わせてくれてありがとう。
これからも感動と笑顔を届けてください。
今でもONE PIECEは、私の心のプロテインだ。
【お祭り】
『ゲホッゴホッ、、あー最悪。』
高校1年の夏。
好きな子を誘って夏祭りを予定する夢を見て目が覚めた。
時刻は夜の11時。
一家揃って祖母の家に帰省中だったのに、肝心の夏祭りの日に限って熱を出した。
僕は自分の不運をひたすら呪って浴衣姿で出かける妹達を見送った。
それからずっと寝ていて、、起きたら11時。
『ハァ、、夏の醍醐味と言っても過言ではないのに、、』
ガラス窓を開けて縁側に出る。
夜特有の少しばかり涼しい風が寝汗をかいていた僕のパジャマを冷たくした。
夏を感じる風鈴が僕の心を癒すかのように涼しい音を奏でた。
ドン、、
風に乗って微かに祭囃子の音が聞こえた。
『え、、?』
そんなはずはない。
だってもうお祭りは終わってる、、はず。
目を凝らしてみると、神社の方向に小さく赤い灯が見えた。
もしかして、まだお祭りやってるのかも!!
熱も少し下がってきたし、ちょっとだけ、、
そう思い草履をつっかけてそっと玄関から出た。
__
神社の境内に並ぶたくさんの屋台。
りんご飴、冷やしパイン、射的、、
みんなお面をつけててなんだか楽しい。
目を輝かせながら屋台を目を向けていると、一段と目を惹かれるものがあった。
黄金色に輝くベッコウ飴。
『うわぁ、、すごい、、』
屋台のカラスのお面をつけてるおじさんは特別大きなベッコウ飴をくれた。
『ありがとうございます。』
一口舐めれば、それは天にも昇る美味しさで、僕の手のひらくらいあった飴はあっという間になくなった。
そうだ。みんなお面つけてるからお面買わなきゃな。
こういうのはみんなの雰囲気に乗った方が楽しい時が多い。
お面の屋台で買った狐の面をつけ、次はりんご飴を食べようかと物色する。
艶々と赤色に輝くりんご飴。
ジュージューと鉄板の上で踊る焼きそば。
丸いフォルムが可愛いたこ焼き。
『わぁ、、マジで美味そう、、』
『ウン。オイシソウ。』
後ろから聞こえた黒く重なった声。
『え。』
グシャ
___________
朝。
ニュース放送が流れる和室。
『ねぇ、お母さん。お兄ちゃんどこ?』
『みくり、、お兄ちゃんはね、』
絞り出すように声を出す母親。
『神の祭りに行ったんじゃ。聖生は。』
人間が行う神を祀る祭り。
その後には神々達の行う神様のための祭りもある。
彼はそれに入った小さき紛い物。
どうか気をつけて。
夜中の祭りは小さな貴方を誘き寄せる罠かもしれません。
くれぐれも夏休みはお気をつけください。
【ここではないどこか】
『お会計14000円です。』
『ちょうどで。』
トレーに乗せられた10,000円札と1,000円札4枚。
ちょうど確認してから後部座席のドアを開ける。
俺はしがないタクシー運転手。
今日も雨の中、本日30人目の乗客を降ろす。
渋谷のセンター街。
俺の活動範囲は都心部から郊外までどこへでも。
最近は波に乗っていて、指名されることも多々ある。
運転が丁寧で心地いいとか、近道を知ってくれていて大事な用事に間に合ったとか。
そんな言葉をいただいたら、この仕事のやりがいを感じる。
そう思っていると、空車にしているランプに気付き本日31人目の乗客が手を上げていた。
この雨の中傘もささずに突っ立っている。
俺は停車と同時に常備しているタオルを取り出した。
『お嬢ちゃん、大丈夫かい?』
乗客はの声掛けも、立派な運転手の仕事。
タオルを渡すと、しっとりと濡れた手で受け取ってくれた。
濡れそぼった髪の間から見える黒く禍々しい瞳。
背筋が凍るのを感じながらも、プロフェッショナルの笑顔は崩さない。
『どちらまで?』
『、、、福井県東尋坊まで。』
何も答えることができない。
否、答えられない。
観光かと思い込んでも、こんな雨の中観光しようとする人は中々いない。
考えられる可能性はひとつのみ。
彼女は自殺の名所に行こうとしている。
止めなければ。直感的にそう思った。
こんな10歳前後の女の子が命を絶つにはまだ早いんじゃないか。
『、、残念だけど、そこには案内できない。東尋坊は観光の名所だけれど、同時に自殺の名所でもある。お嬢ちゃんはどう見ても後者だ。悩みなならゆっくり聞くから。な?』
そう言い聞かせる様に話しかける。
よく見たら女の子は裸足で、歩いて来たのか小さな足が傷だらけで汚れていた。
顔にも腕にも青あざが目立つ。
様々な憶測が頭の中で飛び交うが、女の子に話を聞かないことには何も始まらない。
『どうして?』
不意に女の子がポツリと呟いた。
『此処はとても暗い。先が見えないの。もう涙も泣きたい気持ちも全部なくなっちゃった。たった2文字の言葉が頭の中でグルグルしてるの。とにかく、此処じゃない何処かに行きたい。何も、何も考えなくていいところへ。』
初めて彼女と目が合った。
たった2文字でも表現できる言葉。
"絶望"
この世の全てを諦めた様な、そんな目だった。
マリアナ海溝よりも深く、そしてドス黒い。
俺は無意識に目を逸らしてしまった。
彼女の瞳に取り込まれそうだったから。
『だ、だとしても、、』
だとしても、何だ?
俺が彼女にかけてあげられる言葉が見つからない。
自殺もしたことない人が、絶望すらしたことない人が、そんなこと言えない。
『俺からは何も言えない。でも、、このタクシーに乗ったからには、俺が後悔しない方へ運転するから。』
女の子の声も聞かず、逆に俺が泣きそうになりながらアクセルを踏んだ。
しばらく走り続け、着いたのは海辺の崖。
乗り越えられない様柵も施されていて、此処から飛び降りるという選択肢は考えられない。
『雲の上はいつも晴れ。』
雨の中制服が濡れるのを気にせず、女の子と共に空を見上げる。
『分厚くかかる雨雲の上は、必ず晴れてる。当たり前のことだけど、俺はこの言葉に救われるんだ。』
例え今辛くとも、次は必ず楽しいよ。
そう言う俺の顔は、泣いていた。
『フフッ、、顔と言葉が合ってないよ。』
女の子が泣きながら笑った。
俺もつられて泣きながら力なく笑った。
救えた、、のかな。
こんな俺でも、しがないタクシー運転手でも、小さな命を救うことができたのかな?
『行き先の変更は?』
女の子は晴々とした顔で言った。
『此処ではない、何処かへ。』
【未来】
『お腹に、、赤ちゃんがいるの。』
どくん。
感じたことのない形容し難い気持ちが溢れてきて、頬が紅潮してるのが自分でもわかる。
口を鯉のようにはくはくとさせてうまく言葉が出てこない俺は、代わりに彼女をそっと抱きしめた。
『もっと、2人の分まで頑張るよ。』
私は彼の胸の中。
血の匂いを漂わせている彼の、いつもの匂いに包まれて幸せを噛み締めるようにゆっくり目を閉じた。
私の夫は裏社会で暗躍している殺し屋だ。
数多に名を連ねる殺し屋達の中でも仕事が丁寧、後処理が綺麗と名高い。
殺しのセンスはまだまだだと言っていたけれど、始めた時より顧客も増えて軌道に乗り始めている。
『いってきます。』
彼は出かける時いつも私の手にキスをして出かける。
私も彼の手にキスをする。
まだ膨らみかけたお腹を摩りながら、1人じゃない事を実感する。
彼が帰って来るまで不安で怖くて仕方なかったけど、この子がいるから、彼がどんなに遅くても大丈夫。
_____________
パシュッ
見事に心臓を撃ち抜く。
殺し屋が子持ちだって、世も末だな。
そう思いながら家で待っている我が子と愛しい妻に思いを馳せる。
死体を海へ転がし落としながら、名前はどうしようかと頭の中にいくつか候補を挙げてみる。
まだ性別はないみたいだから、どっちでも通用する可愛い名前をつけよう。
帰りが遅いこの仕事は、いつも1人で待たせている妻が寂しがっているから心が痛かった。
でも今は、新しい生命と共に俺の帰りを待っていてくれてる。
その事実があるだけで、どんな仕事でも必ずこなして帰って来ようと思える。
パシュッ、パシュッ
見張りの男達も頭を撃ち抜き、早く家に帰りたいともどかしくなった。
俺が彼女と出逢ったのは、俺がまだ殺し屋として新人でやっていた時。
彼女はスナイパーだった。
敵対している殺し屋組織同士だったが、ターゲットがよく被り、そこから不思議と共闘関係になっていった。
彼女は強かった。
どんなに風が吹いていても、その風さえもを利用して必ず標的の脳天を撃ち抜いていた。
そんな強いところにも惹かれたし、何より彼女は男勝りだった。
男性経験がまるでなくて、すぐに顔が赤くなるのが可愛かった。
彼女を幸せにしてあげたい。
いつしかそう思うようになって、彼女と結婚してからは裏社会から完全に隔絶させた生活を送らせた。
もう危険な事はしなくていい。
彼女もそれをわかっていたらしく、相棒だったライフルは床下にしまってくれた。
『2人で必ず幸せになろう。』
彼女は笑顔で俺に言ってくれた。
だから、必ず帰る。
待ってて。愛しい2人。
__________________________
ガチャ
『ただいまー。』
シンと静まり返った部屋の中。
俺は何故か胸騒ぎがした。
彼女はいつも笑顔で玄関まで駆けてくるのに、今日は来ない。
つわりが酷いのかな。
一応警戒しようと懐の銃を片手に壁伝いに部屋へと向かう。
カチャ、、
部屋は真っ暗で、夜目が効くけど争った形跡も何もない。
その時。
窓の外から強烈な光を当てられ、目が一瞬にして眩む。
その間に後ろから来た何者かに銃を蹴り飛ばされ、床に膝をつかせられた。
『離せ!誰だ!!』
『黙れ。お前の妻と子供の命の保証はない。』
動きがフリーズした。
彼女と俺達の子供に何をした?
いつの間に?彼女が所属していた殺し屋組織か?
誰の差し金だ?この場所は誰にも言ってない。
『助けて、、』
愛しい妻の声がか細く聞こえる。
今、今助ける。
『やはり子を身籠もっていたか。殺せ。』
『はっ。』
銃を構える音が聞こえる。
嫌だ、やめてくれ。
やめろ。やめろ!!!
力を振り絞り、抑えられていた腕を折る勢いで振り払う。
『俺の妻と子供に触るな!!』
パァン!パァン!
銃で敵の足を撃ち、怯んでいるところに相手の銃を奪い2丁構える。
『この人数に勝てるわけがない。おい。やれ。』
ドガガガガガガ
ガトリングガンを使って来る敵に、ダイニングテーブルをひっくり返して簡易盾を作る。
『舞美、聞こえるか?』
銃が乱射される中、妻を抱えてテーブルの裏へ隠れる。
『ごめんなさい、、私のせいなの。組織とは完全に縁を切ったのに、、』
『今はそんな事どうでもいいよ。無事で良かった。、、いいか?俺が敵を引きつけておくから、お前はそのうちに床下に隠れてろ。あそこは簡単には開かない。そんな時のために床下には下の階に行ける通路を用意してるから。』
みるみるうちに妻の顔が強張っていくのがわかる。
『どうして?!一緒にいるって言ったのに!』
俺の胸を叩き、悔しさに唇を噛む舞美。
『大丈夫。必ず俺も行くから。お前のお腹の子が優先だ。な?』
泣きそうになっている彼女の頭を優しく撫で、お腹の子に手を添える。
『元気に産まれてこいよ。待ってるから。』
そろそろテーブルがもたなくなってきた。
『じゃあ、また会おうな。』
優しく唇に口付けをした後、煙幕弾をその場で爆発させた。
妻の気配が消えた。
銃を構え、敵の気配を感じながら弾丸を確実に命中させていく。
彼女と出逢った頃は、彼女に笑顔はなかった。
いつ何時でも何かを警戒していて、気を張り詰めていた。
そんな彼女が今や好きなように笑えるようになった。
その笑顔を、その小さな生命を、俺は未来へ繋ぎたいと思う。
例え自分が死んでも。
生きてくれてるなら、俺は彼女の中で生き続ける。
パァン
何処からか飛んできた銃弾が太ももに命中する。
足をつくな。戦い続けろ。
愛しい彼女と子供の未来のために。
『こいつ、、もう10発以上命中してるのに、、』
『バケモノだ。』
なってやるさ。バケモノに。
あの笑顔だけで、俺はどんなものにでもなれる。
だから、お願いだ。
笑顔を絶やさないで。幸せな未来を生きてくれ。
【最悪】
ガタンガタン、、、
やっと仕事が終わった。
終電ギリギリに駆け込んだ電車に人は乗っておらず、私は上がる息を整えながら座席に腰をかけた。
『はぁ、、はぁ、、』
普通の高校を出て、普通の大学を出た私が勤めた会社は何とブラック企業。
毎日毎日早朝出勤で残業三昧。
もちろん残業代なんて出なくて、上司からは自分のイライラをぶつけられセクハラとパワハラ、モラハラの地獄だ。
こんな環境で生活している私にもちろん人権などなく、自宅にはいまだに荷解きしていないダンボールが積み重なり、出し忘れたゴミなどが玄関付近に鎮座している。
はっきり言えば最悪だよね。
辞めたいけど、いつも上司に流されてはぐらかされるからどうしようもない。
『明日も仕事だー、、』
明日は祝日。
何とか休みをもらえないかと上司に直談判したけど、私がいないと会社が回らないとか何とかで結局出勤コースになってしまった。
ブルーライトの見過ぎで疲れた目頭を抑えながら、暗い窓に映った妖怪のような見た目にため息をつく。
もう何日くらい2時間睡眠の生活をしているんだろう。
いっそのこと死んだ方が、、
プアアァン
電車の汽笛が鳴り、少しだけ明るかった外が線路に入ったことにより暗闇に閉ざされる。
チカチカと電車の照明が不意に点滅し、しばらくして戻る。
『、、?』
不思議に思いながらも駅が近づいた事を知らせる車掌アナウンスが聞こえたから重い身体を起こす。
〜ご乗車、ありがとうございます。まもなく、ガガガッピー、、、〜
アナウンスが止まった。
え?何で?
思考が上手く回らず、グルグルと疑問だけが頭の中で回転する。
電車はゆったりと止まった。
ピンポーンピンポーン
扉が開く音にビクッとなりながら恐る恐る外を覗く。
暗い。
そして霧が立ち込めている。
駅のホームの看板はハゲていて駅名が見えなかった。
『ここ、、どこぉ?』
半泣き状態になりながら辺りを見回す。
スウゥッと霧が晴れていき、月が姿を表す。
光を頼りに改めて周りを見回すと、駅のホームの真下に川があった。
私の最寄駅はそんな場所じゃない。
しかもそこそこ大きな川だし、船浮かんでるし。
何で?乗る電車間違ったかな、、?
『誰かー?いませんかー?』
意を決してホームに降りた。
コッ、、
一瞬で目の前の景色が変わり、会社の近くの駅に場面が変わった。
あれ、?何で、?
プアアァン
遠くから電車の汽笛が聞こえる。
『ようこそ。黄泉の駅へ。』
耳元でそう聞こえた瞬間、私の体は機体に押しつぶされた。
本当に、最悪の1日だ。
でも、、これでもう会社に行かなくて済む、、なぁ、。
ゴシャッ