駄作製造機

Open App

【未来】

『お腹に、、赤ちゃんがいるの。』

どくん。

感じたことのない形容し難い気持ちが溢れてきて、頬が紅潮してるのが自分でもわかる。

口を鯉のようにはくはくとさせてうまく言葉が出てこない俺は、代わりに彼女をそっと抱きしめた。

『もっと、2人の分まで頑張るよ。』

私は彼の胸の中。

血の匂いを漂わせている彼の、いつもの匂いに包まれて幸せを噛み締めるようにゆっくり目を閉じた。

私の夫は裏社会で暗躍している殺し屋だ。

数多に名を連ねる殺し屋達の中でも仕事が丁寧、後処理が綺麗と名高い。

殺しのセンスはまだまだだと言っていたけれど、始めた時より顧客も増えて軌道に乗り始めている。

『いってきます。』

彼は出かける時いつも私の手にキスをして出かける。

私も彼の手にキスをする。

まだ膨らみかけたお腹を摩りながら、1人じゃない事を実感する。

彼が帰って来るまで不安で怖くて仕方なかったけど、この子がいるから、彼がどんなに遅くても大丈夫。

_____________

パシュッ

見事に心臓を撃ち抜く。

殺し屋が子持ちだって、世も末だな。

そう思いながら家で待っている我が子と愛しい妻に思いを馳せる。

死体を海へ転がし落としながら、名前はどうしようかと頭の中にいくつか候補を挙げてみる。

まだ性別はないみたいだから、どっちでも通用する可愛い名前をつけよう。

帰りが遅いこの仕事は、いつも1人で待たせている妻が寂しがっているから心が痛かった。

でも今は、新しい生命と共に俺の帰りを待っていてくれてる。

その事実があるだけで、どんな仕事でも必ずこなして帰って来ようと思える。

パシュッ、パシュッ

見張りの男達も頭を撃ち抜き、早く家に帰りたいともどかしくなった。

俺が彼女と出逢ったのは、俺がまだ殺し屋として新人でやっていた時。

彼女はスナイパーだった。

敵対している殺し屋組織同士だったが、ターゲットがよく被り、そこから不思議と共闘関係になっていった。

彼女は強かった。

どんなに風が吹いていても、その風さえもを利用して必ず標的の脳天を撃ち抜いていた。

そんな強いところにも惹かれたし、何より彼女は男勝りだった。

男性経験がまるでなくて、すぐに顔が赤くなるのが可愛かった。

彼女を幸せにしてあげたい。

いつしかそう思うようになって、彼女と結婚してからは裏社会から完全に隔絶させた生活を送らせた。

もう危険な事はしなくていい。

彼女もそれをわかっていたらしく、相棒だったライフルは床下にしまってくれた。

『2人で必ず幸せになろう。』

彼女は笑顔で俺に言ってくれた。

だから、必ず帰る。

待ってて。愛しい2人。

__________________________

ガチャ

『ただいまー。』

シンと静まり返った部屋の中。

俺は何故か胸騒ぎがした。

彼女はいつも笑顔で玄関まで駆けてくるのに、今日は来ない。

つわりが酷いのかな。

一応警戒しようと懐の銃を片手に壁伝いに部屋へと向かう。

カチャ、、

部屋は真っ暗で、夜目が効くけど争った形跡も何もない。

その時。

窓の外から強烈な光を当てられ、目が一瞬にして眩む。

その間に後ろから来た何者かに銃を蹴り飛ばされ、床に膝をつかせられた。

『離せ!誰だ!!』

『黙れ。お前の妻と子供の命の保証はない。』

動きがフリーズした。

彼女と俺達の子供に何をした?

いつの間に?彼女が所属していた殺し屋組織か?

誰の差し金だ?この場所は誰にも言ってない。

『助けて、、』

愛しい妻の声がか細く聞こえる。

今、今助ける。

『やはり子を身籠もっていたか。殺せ。』

『はっ。』

銃を構える音が聞こえる。

嫌だ、やめてくれ。

やめろ。やめろ!!!

力を振り絞り、抑えられていた腕を折る勢いで振り払う。

『俺の妻と子供に触るな!!』

パァン!パァン!

銃で敵の足を撃ち、怯んでいるところに相手の銃を奪い2丁構える。

『この人数に勝てるわけがない。おい。やれ。』

ドガガガガガガ

ガトリングガンを使って来る敵に、ダイニングテーブルをひっくり返して簡易盾を作る。

『舞美、聞こえるか?』

銃が乱射される中、妻を抱えてテーブルの裏へ隠れる。

『ごめんなさい、、私のせいなの。組織とは完全に縁を切ったのに、、』

『今はそんな事どうでもいいよ。無事で良かった。、、いいか?俺が敵を引きつけておくから、お前はそのうちに床下に隠れてろ。あそこは簡単には開かない。そんな時のために床下には下の階に行ける通路を用意してるから。』

みるみるうちに妻の顔が強張っていくのがわかる。

『どうして?!一緒にいるって言ったのに!』

俺の胸を叩き、悔しさに唇を噛む舞美。

『大丈夫。必ず俺も行くから。お前のお腹の子が優先だ。な?』

泣きそうになっている彼女の頭を優しく撫で、お腹の子に手を添える。

『元気に産まれてこいよ。待ってるから。』

そろそろテーブルがもたなくなってきた。

『じゃあ、また会おうな。』

優しく唇に口付けをした後、煙幕弾をその場で爆発させた。

妻の気配が消えた。

銃を構え、敵の気配を感じながら弾丸を確実に命中させていく。

彼女と出逢った頃は、彼女に笑顔はなかった。

いつ何時でも何かを警戒していて、気を張り詰めていた。

そんな彼女が今や好きなように笑えるようになった。

その笑顔を、その小さな生命を、俺は未来へ繋ぎたいと思う。

例え自分が死んでも。

生きてくれてるなら、俺は彼女の中で生き続ける。

パァン

何処からか飛んできた銃弾が太ももに命中する。

足をつくな。戦い続けろ。

愛しい彼女と子供の未来のために。

『こいつ、、もう10発以上命中してるのに、、』

『バケモノだ。』

なってやるさ。バケモノに。

あの笑顔だけで、俺はどんなものにでもなれる。

だから、お願いだ。

笑顔を絶やさないで。幸せな未来を生きてくれ。

6/17/2024, 12:56:21 PM