【誰にも言えない秘密】
言えないの。
そのたった何文字かが。
喉の奥でつっかえて、未来が変わる事を恐れている。
運命は決まっている。
友情が崩れるのを恐れて言い出せないその秘密。
貴方とそのままの関係を求めているけれど、あわよくばそれ以上を行こうと考える自分もいるの。
欲深い自分に気がついて、そしてもどかしくて。
言えない。言えないの。
だって笑顔の貴方が好きだから。
笑顔じゃない貴方は寂しいの。
私は恐る。
誰にも言えない秘密を抱えて。
ずっと言えないの。
言えないのがお腹の底でグルグル回って、爆発しそう。
口を開けば出ちゃいそう。
『好き。』って。
【また明日】
『、、、ウソやん。』
今日はさ、天気が本当に良くって屋上で昼寝したら気持ちいいだろうなーって思って屋上行ったんだよね。
ガチャってドア開けたらさ、三つ編みの女の子が先にいたの。
んで、俺、先客か〜確かに今日風もあんまりないし授業サボりたいよね〜なんて思ってその子に近づいたの。
そしたらその子何してたと思う?
フェンスの向こう側にいたの!!!
俺もう心臓止まるかなって思っちゃって!!
慌ててやめさせたんだけど、その子思い詰めてたみたいでめちゃくちゃ泣いちゃって、、
結局午後の授業サボって一生懸命慰めたよね。
夕日が出て来た頃に、女の子はもう大丈夫って言って俺に帰りを促したんだけど、さすがに心配じゃん?
だから俺、精一杯の応援を言ったんだ。
『また明日。』
って。
これで効くかはわからないけど、その子には死んでほしくないんだよね。
なんていうか、、
泣いてる姿とか、力なくヘラッて笑った顔がめちゃくちゃ可愛かったの。
、、、、明日も来るかな。
ーー
『また明日。』
物好きな彼はそう言った。
誰もいない午後の屋上。
穏やかな風が吹く空の下に、私は靴を置いた。
側に遺書も置いて、フェンスも超えた。
いざ下を見下ろしたら、足がすくんだ。
此処まで来たんだ。もう戻れない。
後ろは振り返らない。
早く、飛べ。トベ。
暗示をかけるように言い聞かせ、一歩踏み出そうとした。
でも、そこに貴方が来てくれた。
私と目があった瞬間、めちゃくちゃ慌てた様子で転びそうになりながら私の元に来た。
そして言ってくれた。
『やめよう。やめてよ。』
貴方が私より泣きそうだったのに、貴方が私の腕を掴む力は誰よりも強くて、安心してしまった。
プツンと切れた後は涙がドバドバ出て来た。
貴方はうんうん、と相槌をしてくれながら私の話を親身になって聞いてくれた。
嬉しかった。
止めてくれた。
私はまだ、この人に必要とされている。
そう思ってしまったの。
そしてまた、明日も行こうって思ったの。
ーー
『最近ね、頑張ろうって思えるんだ。』
彼女は涼しい笑みでそう言った。
よかった。俺でも人を助けられるんだ。
そう思えたから。
『じゃあ、また明日。』
彼女は俺の好きな笑みで最後まで手を振ってくれた。
ーーーーーー
数日後だった。
学校に救急車が来た。
サイレンは鳴っていなかった。
鳴らす必要もないんだろう。
俺はただただ虚しくて悔しくて、自惚れていた自分を呪った。
彼女のあの最後の笑みは、何もかもどうでもよくなった笑みだったんだ。
また明日。
言葉一つでどうにもならない時もある。
でも、言わないで後悔するより、言って後悔する方がいいんだ。
それだけで、踏みとどまれる人も必ずいるから。
どうか、その勇気を与えてください。
奇跡をください。
【透明】
『指定難病レベル6ですね。、、、今どちらに?』
目の前には気難しそうな医者がカルテを見つめている。
『目の前に、、ずっといます。』
医者は一旦かけていた老眼鏡を外し、顔を近づけてきた。
僕からすればポッキーゲームでもしなきゃ近づかない距離なのに、この医者は本当に僕が見えていないらしい。
今朝に突然やってきたんだ。
目を覚ましたら、自分がベッドに寝転がっている窪みが見えた。
何かがおかしいな。
そう思いながらも着替えて階下に降りた。
お母さんに挨拶をした時に、初めてわかった。
自分の体が透けていることに。
お母さんはショックから寝込んじゃったから、僕は1人で総合病院までやってきた。
難病指定をされたけれど、僕の体調に何の変化もないから実感が湧かない。
『とりあえず、入院で様子を見ながら、研究データを採取できればと考えています。入院費は研究所が負担してくれるので。』
そしてそのままあれよあれよという間に誓約書と保証書を書かされ、入院するハメになった。
あれからお母さんはお見舞いにも来てくれなくなった。
僕が見えないなら、来る意味がないと思ったのかもしれない。
最初は少し面白がってお見舞いに来てくれた友達も、
段々とこの状況に飽きてきたのか、それとも今になって不気味だと感じたのか、最近は誰1人として来てくれなくなった。
『優里君、大丈夫よ。みんな忙しいだけだからね。』
担当してくれている看護師の口癖はいつもそれだった。
ただの気休めにしか聞こえなくて、僕はやがて死にたいと思うようになった。
透明だから何だというのだ。
みんなに見てほしい。
相手にされてないのが悲しい。
苦しい、辛い。
そんな言葉ばかりが頭の中を交差して交差して。
最近は頭の中にいもしない誰かの声が聞こえるようになった。
『オイデ。コッチニオイデ。』
『クルシイヨネー。クルシイ、ツライ、シニタイヨネー。』
やがて声は黒い人の形を成していって、チリが集まり合って出来た不気味な人形に見えた。
『うん、行こう。君も見てもらえないの?僕と同じだね。』
気づけば、手を取っていた。
ーー
バタバタと慌ただしい病院内。
『先生!透明病の男の子が、、』
彼を担当していた看護師が担当医に切羽詰まって話す。
『いなくなりました、、』
医師は驚いた様子もなく、看護師に淡々と言い放った。
『ああ、よくあることだよ。』
看護師は唖然とし、持っていたバインダーを床に取り落とした。
『ああいう患者は、自分が理解されないと嘆き悲しみ、やがてあっちの世界のものに惹かれ連れて行かれる。だから指定難病なんだよ。患者の方が耐えきれなくなる。』
後始末よろしくね。
医者はそう言い看護師の肩をポンポンと叩き部屋を出た。
少年がいた病室のベッドには、時々そこに誰かがいるかのようにベッドの端っこが凹むそうだ。
【愛があればなんでもできる?】
プルルルル
それは、深夜の2時を過ぎた頃だったと思う。
夏の熱帯夜、俺は寝付けずにネット徘徊をしていた。
そんな時だった。
非通知で驚いたが、深夜テンションで気が狂っていたのか、イタズラだと頭の中では理解していた。
ピッ
『も、、もしもし、』
満を持して電話に出た。
『、助けて、僕、桂馬。』
それは長年苦楽を共にしたが最近連絡をとっていない親友だった。
『桂馬?!どうした?』
どうやら泣いている様子の親友。
幼稚園の頃から一緒だったからか、親友が困っているとどうしても放って置けない。
『人、、埋めるの手伝って。』
は、、?
声も出なかった。
外では雨が降っているのか、その雨音がやけに近くで聞こえてくる。
『ひ、、と?』
ようやく絞り出した声は女性のように高かった。
『来て、、いつもの場所、待ってる。』
桂馬はそれだけ言うと電話を切った。
いつもの場所、、
俺と桂馬が遊ぶ時はいつもその場所で待ち合わせをしていた。
即座に財布とダウンを羽織り車のキーと傘を掴んで外に飛び出した。
いつもの公園には、雨でびしょ濡れになった桂馬が立ち尽くしていた。
『け、、桂馬、』
止まった車に乗り込んできた桂馬に声をかける。
『流風、、僕、どうしよ、、』
手はワナワナと震え、自分でも抑えが効かないようだ。
『とりあえず、落ち着こうぜ。な?』
ビニール袋をそっと桂馬に渡す。
桂馬の元へ急ぐ途中、コンビニに寄って桂馬の好きなココアクリームパンとバナナオレを買っておいたのだ。
桂馬はそれを見て泣いていた。
俺は少しだけ安心して、車を発進させた。
桂馬から詳細を聞き、俺は本日2度目驚いた。
桂馬が殺してしまったのは桂馬の兄、慶太だった。
桂馬の兄はどうしようもないクズ人間で、昔から桂馬に暴力を振るっていた。
そればかりか、桂馬の彼女を騙し、金銭を奪い取っていたのだ。
それが発覚し、桂馬は兄を問い詰めたが、兄はしらばっくれるどころか逆ギレしたのだそうだ。
そして桂馬や彼女を罵り、それに怒った桂馬は衝動的に兄を撲殺した、、と。
『桂馬、、その、お兄さんの死体は?』
桂馬は俯き黙ったまま。
俺は聞くのはまだ早かったか、、と思っていたら、急に桂馬が口を開いた。
『流風、、流風はさ、愛があればなんでもできるか?』
顔を上げた桂馬の目には、俺は映っていなかった。
『え、、それは、TPOにもよる、、だろ?』
『なぁ、質問に答えろよ。流風。』
虚な目で俺を見つめる桂馬。
恐ろしいとも思ったけれど、そんな桂馬を綺麗だとも思っている俺もいた。
桂馬にこんな感情が芽生えたのは、多分中学3年生の時だったと思う。
桂馬は優しく誠実で、柔和な顔が綺麗だった。
そう思っていたのは俺だけではなかったようで、桂馬はよくモテていた。
桂馬のことをよく知らない奴らの中でヘラヘラと愛想を振り撒いている桂馬を見た時、自分の心の中で渦巻く嫌な感情があった。
そこからどんどん桂馬に対しての恋情が芽生えた。
それは今でも。
今でも桂馬が好きだ。
でも、そんな自分のキモい感情を蓋をして、縁を切るつもりで連絡を絶ったのに桂馬は俺を追ってきてくれた。
『ああ。何でもできる。だから、安心しろ。』
桂馬の濡れて湿っている頭を優しく撫でた。
桂馬は安心したように柔らかく笑い、瞳にやっと俺を映してくれた。
俺は桂馬の秘密の片棒を、一生背負うつもりだ。
俺は、愛のためならなんだってできるさ。
【後悔】
思えば、この人生は後悔しかなかったな。
選択肢をどれか一つでも誤れば、いつのまにか奈落の底へと向かうバスに乗っている。
時に自分にしか出来ないことは何か、と三日三晩考えた日もあった。
でも結局は、自分が出来ることはみんなも出来ることで、自分だけが持つ自分だけの特別な、、というものはない。
その虚無感と悲観的な考えがどんどん膨らんでいき、次第に私は産まれてきてもよかったのかと考える。
考え出したら止まらず、そのまま悪い方向へと思考は加速していく。
そこで初めて私は後悔する。
産まれてきてしまったこと、あの時の選択を誤ったこと。
どうにもならないけれど、あの時ああしていれば、、そんな思いが心の中で渦巻き、自分の心にズンとした重いものを背負う。
もう変えられない過去をいつまでもいつまでも引きずる自分に嫌気がさして、それでも後悔をやめられない。
後悔って、そういうものだと思う。
それでも、それでも。
今日も私は息をしている。
ちゃんと眠たいし、お腹も空く。
生きている。
後悔しながらも、健気に生きているのだ。
人生を終わらせたいと考えたことは少なくない。
時に突然泣きたくなって、枕を涙で濡らした夜だってあった。
それでも生きている。
息をする、爪が伸びる、髪が伸びる。
当たり前のことだけれど、私はその一瞬一瞬の中で生きている実感を持つ。
多分この先も、ずっとずーっと、後悔だらけの人生を歩むのだろう。
それでもしぶとく自分は生きているのだろう。
今日も私は、後悔しながら生きている。