【1000年先も】
突然だが、俺はゾンビだ。
ゾンビとは、何らかの力で死体のまま蘇った人間の総称である。多くはホラーやファンタジー作品などに登場し、「腐った死体が歩き回る」という描写が多くなされる架空の存在である。
そう。架空の存在だった。
近年、発達しすぎた医療の対価として、死して尚動き回ってしまうゾンビが生まれてしまった。
それが本州を中心にどんどん肥大化していき、遂には日本全土を飲み込むほどになってしまった。
ゾンビの特徴は見た目によらず、かなりある。
1・音楽が好き。どこかで音楽が鳴れば、みんな踊り出す。俺でも何でかはわからない。ただ、本能的に踊らなきゃと思ってしまう。
2・人間を襲う。これは多分、人間が放つゾンビにしかわからない匂いが原因だと思う。
3・動いているものに注目してしまう。車や電車、慣性の法則にのっとって動いているものに注目する。
4・頭が弱い。考えが単純で騙しやすい。これは脳も破壊されているからだと考える。
その他もたくさんあるけれど、大々的なのはこれくらい。
俺はゾンビ化して5年のまだまだピチピチゾンビ。
他のゾンビ達にも話しかけてみたけれど、俺の言語は理解できてないのか、頭にハテナを浮かべた様な顔をされて何故か哀れみの顔を向けられた。
まぁ、、細かいことは気にせず、俺は死んでも自我があり、喋れるという事実があるだけだ。
あいもかわらずゾンビ達はダラダラ歩いて、音のする方へ寄っていく。
人間の生き残りはいないとは思うが、これから俺達は1000年、2000年と生きていくだろう。
だって頭を攻撃されない限り死なない生き物なのだから。
でも、、、これから1000年も生きていくにあたり、障害がある。
暇すぎることだ。
俺はゾンビ化する前、音楽を嗜んでいた。
自慢できるほどの腕ではなかったが、音楽をすることは楽しい。
音楽は何世紀も前から人類の心を満たして幸せにしてきた。
ゾンビが何故音楽が好きからわからないが、俺は死んでも音楽が好きだ。
そう自分語りを垂らしていたら、俺の中であるアイデアが閃いた。
『ゔぁ!おんがぐでゾンビだぢをよろごばぜるごどがでぎればべいわになる!』
(音楽でゾンビ達を喜ばせることができれば平和になる)
これが出来れば、俺はゾンビ初のミュージシャンになれるんじゃないか!
そこから、俺の努力が始まった。
マイケルジャクソンの様にエレキギターを持って、、、
指が腐ってるから1つ弾けばボロボロ崩れる。
まずは指の補強から始めた。
そこから、自分の生前の知識をフル活用し、音楽設備を充実させた。
いよいよ本番。
この大勢の観衆(ゾンビ)達を喜ばせるため、俺はエレキギターを構えた。
ジャーーーン!!
奏でるはロック。
伝えるは情熱。
俺は今から、お前らのメシアだ!!
ーーーーー
歌い終わった。
やりきった、、、
ぱち、、パチパチ、、
『ゔおおおおおぉ!!!』
『ああああああ!』
目の前には、熱狂したゾンビ達。
喜んでいる様で、俺に向かって手を振ってくれている。
『ゔおおおおおおおおおおおおおおお!!!』
俺は1つ、ゾンビらしい雄叫びをあげた。
これからも、ずっと、ゾンビと音楽と共に。
俺達は生き続ける。
1000年先も、2000年先も。
地球が滅びるまで、空気が存在し続けるまで。
永遠に。
大好きな音楽と共に。
そして俺は、歴史に類を見ない、ゾンビのミュージシャンとなった。
【勿忘草】
『なぁなぁ、あそこにある、洋館?って言うの?あれさ、俺が子供の頃から、ひょっとしたらお婆ちゃんが子供の頃からずーーーっとあるんだよな。お前知ってる?』
『いや、、しらね。』
男性2人が、洋館の近くの小道を歩きながら会話をしている。
1人の男が言っている洋館とは、辻道のちょうど左にある白い屋敷のことだ。
そこはもう何百年も手入れが行き届いてないらしいが、外壁は蔦だらけ、だが何処か趣がある。
外に出たままになっている錆びれたガーデンチェア。
木にかかったままのブランコ。
全てが廃れ、現代にはそぐわず、ひっそりとただそこに鎮座している。
周りには不気味だと、取り壊してくれと言う輩も多いが、何故か業者達は取り壊そうとはしない。
何故かは、業者達も知らない。
ただ、日本政府からこの洋館には一切近づいてはならないとされている。
『、、、なぁ、あの洋館入ってみねぇ?』
『はぁ?!正気かよ、、見ろよ、日本国憲法通用しないって書いてあるぞ?』
『いいからいいから!』
好奇心旺盛な友人に連れられ、俺は洋館の中へ足を踏み入れた。
ーー
『うわっ、めっちゃ蜘蛛の巣あるじゃん、、』
友人は周りの椅子だった残骸を蹴飛ばしながら進む。
『おい、そっちは風呂場だぞ。』
俺も友人の後を進みながら辺りを見回す。
光すら入らないこの洋館。
すごく不気味だ。
だけど、、なんか、前にもここ来たような、、
気のせいか?
『、、、なぁ、』
前を歩く友人が急に止まった。
『ぶっ、、おい、急に止まんなよ、、』
『お前、何でこの先が風呂場だってわかったんだ?』
実際、俺が風呂場だと断言したところは、風呂場だった。
驚きと共に、恐怖が襲う。
『、、、何で?』
もう一度友人が聞く。
俺は訳が分からず、ただ、何故?何で?をオウム返ししていた。
ガタタッ!!
突然の音に俺達は共に抱き合い悲鳴を上げる。
『な、何?!』
『2階から聞こえたけど、、』
俺達は今此処から逃げるか、2階を見るか、迷っている。
でも人間、好奇心ってもんには逆らえない。
俺達は階段を上がった。
ーー
キィ、、
軋む扉を開ければ、そこは子供の部屋らしく、小さなベッドとボロボロになったぬいぐるみが置いてあった。
『な、何もねえ、、ただの家鳴りか、、帰ろうぜ。』
少し震える声をして、友人は踵を返した。
俺も帰ろうとした。
『ぎゃあっ!』
突然友人が叫び、俺は尻餅をつく。
『何だよ?!』
友人が口をパクパクさせながら、前方を指差す。
指の方を恐る恐る見れば、そこには、、
青い小さな花を持った女の子が、頭から血を流したままそこに立っていた。
『ひいぃっ!!』
友人は腰を抜かしながら俺を置いて行った。
『ま、待てって!おい!!』
俺も腰が抜けたのか、立ち上がれない。
女の子は裸足のまま、ビリビリに破けたワンピースのまま、俺ににじり寄ってくる。
動けない俺の耳元に口を近づけて、カサカサした唇を開いた。
『やめて、やめて、、痛いよぉ。』
その声を聞いた途端、俺の脳内で薄れかけていた記憶がフラッシュバックした。
"君、見ちゃった?ね、誰にも言わないでね。そしたら、君だけ助けるから。"
"お前が!お前がいけないんだよ?俺じゃない。"
そうだった。俺は、、この子を殺してるんだ。
『思い出した?ずーっと、美優のこと忘れてたよね?美優、とっても悲しかった。殺したのは貴方なのに、、何で?』
目の部分が真っ黒な女の子が、俺を抱きしめる。
『これからは一緒だね?』
背中に女の子の指が食い込む。
この世のものとは思えないほどの強い力。
俺は首を絞められる感覚を感じながら、涙を流しながらひたすらに懺悔した。
女の子は、不気味な笑みで俺を冥界へ導いた。
『忘れないでね。次は。』
洋館の中から、不気味な女の子の声がこだました。
【特別な夜】
生暖かい熱風が豪華絢爛な部屋の中にぬるりと入ってくる。
此処はルラビア国。
熱帯の気候を有するこの国には、大変優れた容姿を持つ王子がいた。
彼の名はルルス。
褐色気味の肌に、白い頭髪。
情熱が灯った赤い瞳に、尖った八重歯。
彼を好く女は数多くおり、それは家柄に関係なく彼は魅了的だったからである。
ーー
『うん!綺麗だ!』
彼の名はルルス。
改めて紹介すると、この国、ルラビア国の第一王子。
彼は今、、城から抜け出し海を見ていた。
熱帯地域であるルラビア国は水が必須。
海は西の海岸にしかなく、そこではいろいろな海産物がとれる。
『よっと、、そろそろ城に戻らないと、怒られるかな。』
彼が恐れているのは、おそらく執事長のルカエスのことだ。
彼は厳粛かつ王に忠実な人間で、ルールは絶対に守るのだ。
『よし。謁見だと嘘を吐けばいいか。』
立ち上がり、戻ろうと足を向けたら、、
バシャンッ!
後方で水音が聞こえた。
『ん?』
振り返ると色白で青い髪をした綺麗な青年が、浅い浜辺をパシャパシャと歩いていた。
『、、、』
王子は、友達を見つけたとでもいうような顔をし、ニッコリ笑いながら青年に近づいた。
『よ!俺ルルス!お前の名は?』
青年は凛とした態度で答えた。
『、、ブラオ。』
これが、青年ブラオと王子ルルスの出会いだった。
ルルスはしばしば城から抜け出し、足蹴よくブラオの元へ通った。
ブラオは無表情で何も考えてなさそうな目をしているが、王子という立場であるルルスにとって、それは心地よかった。
『俺、よく言われる。役立たずって。』
いつしか、人生相談もする仲になった。
『そうか?そんなことねえと思うよ?だってほら!ブラオはとっても綺麗な目の色をしてる。俺の心を楽しくしてくれる色だ!役に立ってるぞ!』
ルルスはパーソナルスペースが狭い。
今だってブラオの頬に手を滑らせ、目の周りに指を這わせている。
くすぐったいのか、ブラオは目を細めた。
ブラオの目は、とても鮮やかなオレンジだ。
夕日の色で、自然の色より綺麗なオレンジ。
ルルスはブラオの目の色が好きだった。
『ブラオ。俺、お前のこと好きみてえだ!』
『は、、?そう、なの?』
珍しくブラオは表情を崩した。
『ああ!好きだ!』
ブラオはルルスの笑みにつられ、少し微笑んだ。
『、、俺も。』
2人の思いは、通じ合った。
ーー
ルルスは今日もブラオの元へ行くが、ブラオは来ていなかった。
ずっとルルスは待った。
夕日が沈むまで。
でも、ブラオは来なかった。
ーー
ヒュウゥ、、
風が吹く。
今日は一段と蒸し暑い。
ルルスは眠れず、寝返りを打つ。
ブラオに会えなかったからか、それともこの暑さのせいか。
『はー、、眠れねぇ。』
とはいっても、三日月がちょうど真上に来た時にはルルスは深い眠りについていた。
カタン、
物音にルルスは目を開く。
微睡の中、1人の影がルルスに馬乗りになっている。
『は、、?誰?』
その影はビクッと驚き、ルルスの口を塞いだ。
革手袋の特有の匂いがし、ルルスは顔を顰める。
月明かりが部屋を照らす。
影の顔も現れる。
(え、、?ブラオ?)
ルルスは目を見張った。
暗闇の中、武装した影はブラオだったのだから。
『、、ごめん。ルルス。あの日、お前の前に現れたのも、わざと。家族が3人いて、妹がいるのも、嘘。ルルス。俺もお前が好きだと言ったのも、本当は嘘だ。みんなから役立たずだと言われるのも、嘘。全部全部、嘘だ。』
月明かりに照らされたブラオの瞳は、濁ったオレンジだった。
『今夜は、特別な夜だな。一国の王子であるお前の死を、俺は悲しむよ。これからも。』
ブラオはルルスから手を離し、唖然としているルルスに口付けをした。
『おやすみ。ルルス。お前にとって、特別な夜になったな。俺にとっても。』
ブラオはルルスの胸を貫いた。
【海の底】
バッシャアアアン
『ー!ーーー!』
たくさんの観光客達が楽しく笑いあう中、私は崖の上からこの身を投げる。
綺麗。
汚れなく澄み切った水。
魚達は珊瑚礁の側で私を見ている。
労働に疲れた社会人の行き着く先は、海だと思う。
上司の怒号も、お局の陰口も、全て波と水のこもった音が消し去ってくれる。
私は海が好きだ。
時に荒々しく、時に穏やか。
確かに、サメや自然災害は怖いが、私はこの海が好きだ。
青々しくて、心が落ち着く。
都会で廃れた心を、この海が帳消しにしてくれる。
小魚が私の周りに集まり、ツンツンと突く。
私は魚達に微笑み、口からまあるい玉を出す。
コポ、、コポコポ、、
この音。
空気が抜けて、苦しいけれどとっても、、とっても心地いい。
自然が出す音、自然が作り出した音。
誰にも真似できない、心地いい音。
眠たくなって来た。
苦しいけれど、心地いいの方が勝っている。
全てに身を任せて、私は海の底へ沈んでいく。
霞む視界の端で、黒い無数の手が伸びて私を掴む。
嗚呼、、やっぱりそうだね。
黒い手は、私と同じ社会人のスーツを着ていた。
ハハ、、
また口から空気が出ていく。
私は黒い手を受け取り、自分の頬に当てる。
冷たい。
"大丈夫。こっちは楽だよ。"
"海の王様が私達を憐んでくれるの。"
黒い手は、私に向かって話しかける。
下を向くと、黒い手はまだまだたくさんあって、そこから下は太陽の光が届かない底だった。
"一緒に行こう。"
優しく私を迎え入れてくれた手に、私は頷き返した。
ぐんっと体全体を引っ張られ、私は海の底へ沈みゆく。
ゆっくり、ゆっくり。
そして"待つ人"になる。
都会で廃れた心を癒しにやって来て、海の虜になってしまう、労働に疲れた社会人を。
ずっとずっと、待ってる。
この海の底で。
みんなと共に。
私は今、とってもシアワセ。
ーーー
『はぁ、、会社辛いなぁ。、、』
顔を上げると、電車に貼ってある旅行広告にハワイが映っていた。
『綺麗、、海かー。』
スマホを取り出し、この辺の浜辺を検索する。
『お、、此処綺麗。』
明日、行ってみようかな。
ゴーーーッ
電車がトンネルに入った瞬間、電車の窓に映った自分が、ものすごく濡れているように見えた。
『??、、気のせいか、、寝不足だからなぁ、、』
早朝の誰もいない電車に、私のため息が響いた。
【君に会いたくて】
『行ってらっしゃい。滝郎さん。』
『はい。行ってきます。奈々代さん。』
私達夫婦は、口付けを浅くする。
辺りには日本旗を掲げたたくさんの彼らの遺族。
汽笛が鳴り、応援の声も大きくなる。
『日本、バンザーイ!バンザーイ!』
『勝て!日本!』
彼らは今から、重い使命を背負い死へと向かう。
彼らは日本兵だからだ。
私の夫も、日本兵の1人。
男の人ばかりが駆り出され、女性は戦争に参加できないと隣のおばさんが嘆いていたが、私は誰1人として戦争に行ってほしくなかった。
そんなこと言ったら非国民だと言われてしまうけれど。
今の日本は第二次世界大戦中であり、絶賛優勢だと言われている。
わからない。
夫が戦場へ行くと知った時、私の心情が測れるだろうか。
心が重く、苦しく、そして悔しくなった。
一生を誓い合った夫婦だからこそ、死なる時も、喜びなる時も、共にと。
国はそれをさせてくれない。
夫に言ってほしくなかった。
『生きて帰る。』と。
だってそれは、夫が自身に言い聞かせている様に見えたから。
わかってるんじゃないのか?
夫は、今回の戦場で死んでしまうと。
夫は穏やかで優しく、誰とも争いを好まない。
そんな夫が人を殺める事が可能なのか?
否、確実に無理である。
食事の時も、入浴の時も。
空襲で防空壕に隠れている時も。
いつ何時も、私は夫の帰りを望み、祈った。
ーー
夫が戦場へ出向いて1ヶ月が経った。
『どうか、どうか、、』
切に願う。夫を、死なせないで。
ーー
辺りには銃声と怒号。
俺は首に下げた妻の手作りの守りを握りしめ、汚れた顔を手で拭う。
手。
妻の手を握り、妻の頭を撫で、妻と永遠を誓った手。
その手は今、汚れている。
初めて人を殺した時は、食事も1日中喉を通らなかった。
でも、2日3日と続けば体と心は適応し、いつか自分が生きるために殺すのを躊躇しなくなった。
妻が見たらどう思うだろうか。
血と汚れで塗れた自分の手を、汚れが全くない妻が握る。
自身の汚れが妻に移る気がして、俺は手が震えた。
『、、、奈々代、』
『滝郎さん。』
"今、ものすごく貴方に会いたい。"
お互いにつけていた指輪が、微かに光を帯びた。
『っおい!お前、伏せろ!』
ドオオオオオオオオオオン!
瞬間、俺は土煙と激しい激痛、眠気に襲われた。
奈々代、、
最愛の妻の名も口から出ず、俺は首に下げた守りを握りしめた。
ーー
『っ!!』
今、滝郎さんが死んだ、、、気がする。
信じたくはない。だって、だって、、確信がないから。
でも、、
何故かわかる。
滝郎さんは、もういない。
決定的な、私と滝郎さんを繋いでいたナニカが、ぷっつり絶たれたのだ。
『滝郎、、さん、、』
最愛の夫の名を溢し、嗚咽が漏れた。
"できる事なら、君に、貴方に、会いたい。"