【セーター】
彼女はいつも、セーターを着ていた。
夏には夏のセーターを。
季節に限るのではなく、一年中ずっっと。
初めて見た時は、どんだけセーター好きなんだこの人、、と若干引いたが、今では年がら年中セーターを着ている彼女が愛おしい。
毎日色のとりどりのセーターを見るたびに、彼女がセーターを選んでいる様子が脳裏に浮かんできて一人でニヤけてしまう。
今日はそんな彼女と一緒に図書館で勉強。
予定の十分前に着くのは俺にしては珍しい方。
これにはちゃんとした目的と理由があるのだよ。
その理由は、彼女はいつも五分前に着くから、『ごめん、待った?』『いや、今来たとこだよ。』とにこやかに答えるという彼氏のやりたいことTOP5には入るシチュエーションにならせるためである。
そんなことを頭の中で妄想していたら、十メートルほど先から彼女が歩いてきていた。
俺に気づいた彼女は小走りになって黒髪を靡かせながらこっちに近づいてくる。
『ごめーん!待った?』
予想通りの反応。可愛いな。
『いや、俺も今来たとこだから大丈夫だよ。』
そういうと、ニッコリ微笑んで俺に自分の腕を絡ませてくる。
『じゃあ、行こうか。』
先を促せば、幸せそうに左右に揺れながら俺を引っ張る。
『ねえ、綺麗だよ!イルミネーション!』
時刻は午後六時。
冬なので日が沈むのが早く、真っ暗の空の中にキラキラと輝くイルミネーションが幻想的だ。
『そうだね。』
彼女の後ろに立ち、一緒にイルミネーションを見上げる。
光に照らされて彼女のセーターもキラリと光る。
ん、、?
セーターに短い髪の毛がついている。
、、、彼女はロングヘアーだ。
『、、、ねえ、短い髪がセーターに絡まってるよ。』
そう言うと、慌てて振り返って誤魔化す様に笑った。
『えへへ、、猫の毛かな、、。』
、、彼女が飼っているのは犬だ。しかも短毛種。
嘘をついている。浮気か?
『そうなんだ〜。』
平然を装いまたイルミネーションを見上げる。
最近男を部屋に呼んだ記録はない。
考えすぎか。
こんなに愛おしく笑う彼女を疑うのは良くない。
そう思い直し俺は彼女とのイルミネーションを楽しんだ。
ーー
ガシャン
ヂャリ、、
鈍い金属音で意識が浮上する。
『、ここは、?』
瞬きをして視界を慣れさせると、そこはコンクリートの部屋だった。
何にもなくて、窓もない。
ドアは一つだけで、俺の右斜め五メートルくらい前にある。
確か、彼女と別れて、、そこから記憶がない。
コツコツ、、
人の気配がして、慌てて隠れようとするが、足と腕をぎっちり固定されていて動けない。
ガチャ
ドアが鳴きながら開いた。
そこに立っていたのは、、
愛おしい彼女だった。
『やっほ〜。』
ロングヘアーを後ろに縛って、全身白いレインコートを着ている。
手にはゴム製の手袋。
暗い部屋、縛られている俺、汚れない格好の彼女。
何がどうしてそうなったのかはわからないが、一つだけわかることがある。
今、俺は危機的状況にあるということだ。
『俺、、何かした?』
まずは目的を探ろう。
浮気をした記憶はないが、人によって浮気の線引きが違う。
『ううん。何も。』
彼女は平然と答え、俺に近づく。
一歩。一歩。
近づいてくるたびに、困惑と恐怖が入り混じり背中が冷たくなるのがわかる。
『何が目的、?』
恐る恐る聞けば、彼女はキョトンとした顔をして首を傾げた。
『、、、ん〜、、強いて言えば、、髪、かな。』
髪、、、?
まさか、この前俺がロングヘアーよりショートが似合うと言ったことか?!
いや、、髪、、髪、、
『もしかして、俺が勝手にお前の部屋に入って浮気の疑惑がないか調べていた事か?』
その時に髪の毛も採取した。まさかそれに気づいて?
彼女はまたキョトンとし、そして納得した様な顔になった。
『あ〜だからか、、まぁ、いいや。』
『そ、そのことは謝る。怖かったんだ。俺から離れて行く事が、、だから』
ドスッ
包丁は綺麗に男の胸に刺さり、男は絶命した。
女は包丁は抜かずに手に持っていたバリカンで男の髪を刈り始めた。
『気づかれたら、材料になってもらうしかないよね。また新しいセーターが作れる〜。』
さも楽しそうに、男の頭を刈る女。
彼女は特殊なタイプだった。
セーターが好きという男の見解は正しいが、付け加えるなら、、
"髪の毛が一緒に編み込まれたセーター"が好きなのだ。
『みんな平等に、着てあげるね。編むのが楽しみ〜。』
彼女のクロゼットには、歴代の彼氏の髪入りセーターが並んでいるのだった。
【宝物】
みんなが完全に寝静まった深夜1時。
僕は今日も、僕の宝物に会いに行く。
ガタンッ、、ギギギ、、
音に気づいたのか、黒い塊がコチラにかけてくる。
ニャオォン
『しーっ、、バレたらまずからね。』
黒猫。これが僕の宝物。
路上で倒れているところを見つけて、その金色の瞳に魅入られた様に動けなくなってしまった。
そこから惹かれるように家に連れて帰って、もう使われていない蔵の中で飼っている。
普通猫は懐かない印象だが、僕にならすぐに懐いた。
甘え方も上手で可愛い。
僕の大切な、宝物。
僕は大手企業の御曹司らしい。
草木は短く整えられ、専属の庭師もいる。
優しい使用人とお母さんとお父さんに囲まれて暮らしている。
この屋敷とみんなが、僕の大切なタカラモノ。
ーーー
いつから、こんなになってしまったのだろうか。
僕の前には倒れて動かない黒猫。
僕の手にはロープが握ってあり、縄の感触が妙にリアルだ。
あれ?今、、夢なんだっけ?
気がついたら此処にいて。
気がついたら猫は倒れてた。
ーー
ギギギ、、バタンッ
蔵の扉が閉まった瞬間、僕はハッとして周りを見まわした。
草木はボーボーで、何も手入れされてない。
そびえ立つ屋敷は廃墟と化し、肝試しに来たのであろう不届者達の落書き、飲みかけの缶、お菓子のゴミが散乱している。
今までの、綺麗な屋敷がない。
使用人も、お母さんもお父さんも。
『え、、?』
掠れた声を出すのがやっとで。
現実だと認めたくなくて。
でも地面に落ちている血濡れのナイフが全てを物語っていた。
そうだ。思い出した。
僕は、、
『アハッ、、アハハハハハハハハハ』
嗚呼、、タカラモノなんて、持たなきゃ良かった。
どうせ、壊したくなっちゃうから。
みんなみーんな、タカラモノ。
でもそれは、いつかなくなるから、タカラモノっていうんだよ。
そう。いつかなくなるタカラモノ。
なくなって悲しむより、なくして悲しむんだ。
僕は最後のタカラモノを壊しにロープを木の枝にかけた。
"僕"という、最後のタカラモノをね。
【キャンドル】
ゆらゆらと揺らめく炎。
目の前にあるのは大好きなケーキ。
『お誕生日おめでとう!!』
たくさんの祝福を受け、火をフッと消し去る。
余韻の煙が揺蕩い、天井に昇って消える。
それと同時に目が覚める。
瞬間に漂う凶悪な匂い。
嫌な気分になりながら私は体を起こす。
『うぅ、、昔の夢見た。』
保存食を貪り食べ、ゴミは、、自分の良心が許さないからちゃんとゴミ箱に入れる。
『さ、、一狩り行きますかね。』
廃墟には、私の声がポツンと響かず残る。
バンバン!
ギャアアアア
グオオオォ
2025年、東京。
世界的に流行し、世界中の人々に恐怖と絶望をもたらしたウイルス。
20××年。
今では、ゾンビウイルスと化し、人工の大半がゾンビになっていた。
彼女はそんな中の生き残り。
数少ない食料と、劣悪な環境から彼女の命の灯火はもう少しで消えようとしている。
『はぁ、、寒くなってきたな、、。ゾンビも冬眠するかな。』
彼女は独り言を呟いて今日も眠る。
"これが夢であります様に。"
ーー
また、誕生日の夢だ。
昨日見た時より蝋燭の長さが小さい。
『おめでとう!』
幾分か小さい蝋燭は、私の前でゆらゆらり。
『、、、ふーっ』
私の息で炎は簡単に消え、真っ暗闇。
そして目が覚める。
また凶悪な匂い。
ゾンビ臭。
『はぁ、、これで最後か。』
最後の保存食を食べてまたいつものルーティン。
ゾンビ殺し。
初めて殺した時はグロさとキモさに吐き気を催したけど、大事な食料を吐き出すわけにもいかず、何とか我慢した。
でも2年も過ぎた今はもう慣れっこ。
家族だったゾンビを殺したけど、慣れっこ。
家族はもういないけど、慣れっこ。
慣れっこなんだ。
私は適応能力があるから。
『、、、おやすみ。』
もう、明日はないかも。
そう思い今日は寂れた家族写真におやすみの挨拶をキスをして寝た。
ーー
また、目の前には蝋燭が。
前の夢の時よりもっとずっと小さくなって、ゆらゆらり。
『お誕生日おめでとう!』
『、、、ありがとう。』
今日は違った行動をしてみよう。
どうせもう死ぬ。
保存食だけじゃ生きてけない。
栄養失調だし。劣悪環境のせいで体調悪かったし。
適応したのは心だけ。
『おめでとう。私。』
自分を祝ってあげる。
『ハハッ、、』
嘲笑しか出てこない。
蝋燭を、自分の手で削ってさ。
まさに飛んで火に入る夏の虫だ。
『もう、疲れたよ。1人ぼっちでさぁ、2年も。』
弱音でもいい。私は弱い。
自分を自分で元気づけて、まだ大丈夫だって。
それにも、もぅ疲れちゃった。
『さ、蝋燭消して〜!』
『早くしないと僕が消しちゃうぞ!』
辺りを見回せば、可愛い弟と優しい両親。
『わかったわかった。』
最後の、蝋燭。
もうロウがドロドロ溶けてケーキにかかっている。
『、、、ふーっ』
フッ、、と蝋燭の火は消えて。
寒いはずなのに、私の体は暖かかった。
だって、みんながいるから。
『ハッピーバースデー!』
『おめでとう〜!』
『ケーキ食べよう!』
ーーー
『ぅん、、た、、べよ、、ケーキ、、』
雪が彼女の体のラインに沿って降り積もる。
『ぉ、、、いし、、』
夢の中で永遠に。
その中だったら、キャンドルも永遠に。
彼女の顔は、大変安らかだった。
【冬になったら】
冬になったら、必ず思い出すことがある。
自分でもバカな別れ方をしたと思う。
12月23日。
クリスマスイブの前日。
私は彼氏を振った。
理由は、、ない。
ただ、好きと言われて何となく付き合っただけ。
気持ちが舞い上がってOKしてしまっただけ。
クズな私なりに考えた、別れの仕方。
LINEで告白されたから、LINEで別れよう。
みんなも悪いんだよ。
わーわー茶化して、私にストレスを与えて。
だから、、嫌なんだよ。友達なんて。
そのうち、付き合うのが何かわからなくなった。
目の前の彼が、気持ち悪くて、吐き気がして、視界に入れたくなくて。
でも、別れてみて気づいたこともある。
ストレスからは解放されたけれど、別れをLINEで告げた時、涙が出た。
何でだろう。
考えてもこればかりはわからない。
私には難しいかったんだ。
誰かと付き合うことが。
もう一つ、気づいたことがある。
こんな私を好きでいてくれる人は、あの人しかいなかったんじゃないかなぁって、時々思うこと。
まだまだ人生は長いけれど、私は早めに逝きたい。
世間が怖い。老いる体を見るのが怖い。
だからこそ、
私を好きになってくれた人は、あの人しかいないのでは?
頭の中がそればっかりになって、ちょっとだけ、後悔してる。
冬になると、カカオ80%ほどのビターチョコレートの様な苦い思い出が、蘇る。
※私の実話です
【はなればなれ】
『患者は10代少年と20代男性!互いに頭部損傷意識あり!男性は上腕部粉砕骨折、少年は肋骨折!』
的確な症状を伝えながらストレッチャーを2つ転がしながら救急治療室へと運ぶ。
『元はと言えば兄貴がドライブ行こうって言ったからじゃんか!』
『はあ?!お前もその誘いに乗ったのがいけなかったんだろ!』
救急治療室では、医師が治療に専念している反面、まるでコメディの様な喧嘩が繰り広げられていた。
『あの、落ち着いて、、動くと骨が刺さっちゃう。』
医師や看護師らが彼らを宥めるが、彼らの喧嘩はますますヒートアップしていくばかり。
『兄貴のせいでこんなになったんだ!』
『ふざけんなお前!運転中に話しかけてきたお前も悪いだろ!』
『2人ともいい加減にしなさい!』
とうとう堪忍袋の尾が切れた医師が2人を怒鳴る。
『、、、貴方たちは2人とも重症です。治療をするので静かにしてください。』
2人は少し落ち着き、それでも2人は睨み合いながら治療をされている。
ピーピーピーピーピーピーピーピーピー
突然、心電図の規則正しい波長が水平線になり、看護師たちが慌ただしく動く。
『ぇ、??兄貴?兄貴!!おい!起きろよ!』
心電図がゼロになっていたのは彼の兄。
やがて弟の方も重症ながらに喧嘩をしたのが原因か、突然意識を失い倒れた。
ーー
目を開けると、そこは薄暗く嫌な空気が漂う場所だった。
『ここは、、?俺、、』
状況が理解できず、しばらくフリーズする。
『あ、、そうだ兄貴を!!』
ガサガサ
何処からか音がして慌てて我に帰り、此処を抜け出すために歩き出す。
兄貴を、、此処が地獄なら、抜け出して兄貴の無事を、、。
地面は何故か薔薇の棘で出来ており、歩くたびに尋常じゃない痛みが足を襲う。
それでも、歩き続けた。
しばらく歩けば、後ろから誰かが近づいている事に気づいた。
ザッザッザッザッ
ザッザッザッザッ
俺が歩くたび、何処までもついてくる。
俺は怖くて恐ろしくてスピードを早める。
後ろにはただならぬ気配があり、振り向けなかった。
ズデッ
足がもつれ転び、棘の中に飛び込む。
『ぃぃっ、、』
早く、、早く立たないと、、。
足音の主はすぐそこまで来ており、俺は流石に死を覚悟した。
でも、中々来ない。
痛む足に鞭を打ち、何とか立ち上がり猛スピードで走る。
少し後ろを振り返る。
黒いサタンの様なデカいナニカが、俺の走っていく様を見つめていた。
そいつは、手に銀の指輪をしていた。
ーー
ピッピッピッピッ
規則正しい電子音。
俺は目を覚ました。
そして先ほどの出来事に恐怖する。
逃げられてなかったら、、どうなっていたんだろうか。
頭には包帯が巻かれており、事故に遭い兄貴と一緒に連れて来られたんだと理解する。
『兄貴は?!』
病室に1人。
兄貴は、、いなかった。
ーーー
霊安室。
そこには、安らかに眠る兄貴の顔が。
『兄貴、、兄貴、俺、、ごめんなさい、、ごめんなさい、、俺、、、謝ってない。俺が悪いんだ。俺が、、運転中に腹痛いなんか言ったから、、心配して、、、ごめんなさい、、ごめん、ごめん兄貴、、目開けろよ、、なあ、、、なあ!兄貴!!』
どれほど呼びかけても、うんともすんとも言わない兄貴の亡骸。
生きてるうちに、あの笑顔があるうちに、伝えたいことたくさんあったのに、、。
『兄貴、、あにきぃ、、うぅっ、、』
冷たく、まるで雪の様な兄貴の手に頬を擦り寄らせる。
ふと、違和感を感じた。
手に指輪をはめていた。
いや、これ自体がおかしいわけじゃない。
あの時、おそらく俺が三途の川らしきところにいた時、あのデカいサタンがつけていた指輪が兄貴の手にはめられていた。
俺は咄嗟に自分の左手の薬指に目を向ける。
兄貴とお揃いで買った銀の指輪。
指輪は途中から滲み出てきた涙で霞み、見えなくなった。
『兄貴、、俺を戻そうとしてくれたんだな。最後まで、、嫌われ者でいてくれたんだ、、。ありがとう、、ありがとう、、兄貴、、。』
力強く、冷たい兄貴の手を温めるかの様に、安心させるかの様に、俺は自分の手を重ねた。
2人の手には、指輪がキラリと光っていた。