【スリル】
ザッザッ、、パキッ
暗闇の森の中。
俺は1人歩いてウワサの出るところに向かっている。
この地域のたまたま道に迷っていたお婆ちゃんから聞いた話。
ネットで検索しても何も出て来ない。
だからこそ、マジのやつだと思った。
場所を教えてもらい、森の中を今進んでいるのだ。
しばらく歩いたら、開けた場所についた。
ここか。此処が、、
中々趣のある廃墟。
『、、よしっ』
両頬をバシバシと叩き、俺は廃墟の中に足を踏み入れた。
スプレー缶や缶コーヒーなどの落書きや廃棄などもなく、いよいよ本格味が増す。
真っ暗な廃墟に俺の足音だけが響く。
時々、冬風が吹いて耳が冷える。
オオオオオォオオォ
突然怪物の雄叫びが聞こえ、俺は体を強張らせ立ち止まる。
『え、、何、?』
周りを懐中電灯で照らすも、あるのは闇夜と静寂だけ。
『、、、怖いなぁ、、』
独り言をわざと呟き歩を進める。
ようやく全てを見終わり、意外にも何もなくて安心していた。
『お〜い、、坊や〜』
またまたしゃがれた声が聞こえて小さく声が漏れる。
懐中電灯で前方を照らせば、前にはあの時助けたお婆ちゃんが。
『坊や、此処にやっぱりいたんだね。』
『ああ、お婆ちゃん。うん。俺スリル好きだから。』
人が増えて安心した。
俺は優しい雰囲気を纏うお婆ちゃんを信頼していた。
『そうかいそうかい。私も、、スリル大好きだよ。』
瞬間、俺の胸に鋭い激痛が走った。
次の時には俺の視界には俺を冷たく見下ろすお婆ちゃんが。
『な、、な"んで、、』
息も絶え絶えにそう呟けば、お婆ちゃんは持っていた出刃包丁をポイと投げ、俺に言った。
『私はね、スリル大好きな、カニバリズムなんだよ。ヒャハハハハハハハハハハハハ』
最後に聞いたのは、俺の肉を食べるリアルな水音だった。
『さあ、次は誰を狙おうか、、?』
【飛べない翼】
その国では、腕の代わりに翼が生えているのが普通だった。
運送の手伝いのための翼、人を乗せるための翼。
彼らの翼は、いろいろな人のためになっていた。
『せんせー、何でユマーラ君は翼が片っぽないんですかー?』
ここは、バートペル国立学校。
ある教室の授業中、茶化す様な子供の声で授業は止められた。
『彼は、人間とバート族のハーフだからです。』
そう生真面目に答える先生も、少し小馬鹿にした様にフフフと笑う。
教室の中心席。
周りはみんな色とりどりの翼だらけ。
片方ない彼はより一層目立っていた。
『なーなー、あの人間のハーフなんだって?不完全な生き物の血が半分も入ってる!!キッショ!』
バート族は昨年、皇位が変わってから人間を貶める様な国になってしまった。
今まで多種多様で良いじゃないと認め合って過ごす事で安心して暮らせていたハーフのバート族や移住人間族は、すざましいほどの差別を受けている。
半分翼のユマーラも、それの被害に遭っていた。
主に翼がないことを笑われたり、気持ち悪いと言われたり。
『、、、僕も好きでこの体に生まれたわけじゃない。』
帰り道。ぶつぶつ呟いても聞いてくれる友達なんていない。
僕はこの国が憎らしい。
前までは差別なんてなかった。
僕はこの国が許せない。国族も、何もかも。
片っぽだけの拳を千切れるくらいに、血が出るくらいに握る。
僕は、こんな弱い自分にも腹が立つ。
こんな僕を産んだお母さんにも、腹が立つ。
『ただいま。』
『おかえり〜ユマーラ。スコーンあるわよ。』
ゆるふわな頭の母にも、腹が立つ。
『、、、いらない。』
不機嫌に答え、僕はカバンを置いて家から出た。
路地裏をひっそり歩いていると、、
ニャーン
たくさんの猫に囲まれる男がいた。
儚い印象が似合う綺麗な男。
白い髪とまつ毛。伏せられた青い目。
『、、、綺麗。』
咄嗟にそう呟くと、男はゆっくり僕に振り向く。
『君は、、バート族と僕らのハーフ、、だね。』
僕ら。
そう呟く彼の腕には、翼がなかった。
ーーーーー
『この国は、、随分と生きにくくなったなぁ。』
森の小高い丘の上で、何故か僕とお兄さんは座って話していた。
『、、、うん。僕、此処が嫌いだ。差別して、蔑んで。翼は綺麗でも、心が汚い奴らばっかりだ。』
お兄さんは黙って僕の話を聞く。
『僕は、、僕を産んだ母親も嫌いと思っている自分が大嫌いだ。』
丘には心地よく、涼しい風が吹く。
僕の茶髪と、お兄さんの白髪をユラユラと揺らしながら。
『そうだね。豊かでみんなが潤っている綺麗な国だけど、此処に住んでるバート族の心は汚い。』
薄く微笑みながら紅い唇を動かすお兄さん。
何だか絵になっている様で、僕はゴクリと唾を飲む。
『、、ぅ、、ぐぅ、、』
と、突然お兄さんは肩を抑えて蹲った。
『だ、大丈夫?!何処か痛いの?』
『か、、、肩が、、ぐ、、さすってくれないか。』
そんな姿も魅力的だ。
そんなことを頭の片隅に思いながら僕はお兄さんの後ろに周り肩をさする。
『何で肩が痛むの?』
『、、、肩の上、、が。』
上?肩の上は何もないけれど。
『上には何も、、』
その時、さすっていた肩に違和感を感じた。
肩甲骨っていうのかな。その辺りが凄く盛り上がっている。
『これは、、』
僕は咄嗟に自分の翼が生えているあたりを触る。
ボコリと盛り上がった骨。
『、、、何で、、?翼を、、』
僕は恐る恐る痛みを堪えるお兄さんを見る。
お兄さんは息も絶え絶えに言った。
『この、、腐った国には、、自由に飛ぶ翼なんて、、、いらないだろう?、、、俺には、翼なんて、、いらなかったんだ。自由になれない、ただの飾り物なんて。』
そう言って話すお兄さんの顔は、、憂いを帯びた表情だった。
【ススキ】
風が吹く秋の夕方。
私はいつものススキの野原へ行く。
手にはスケッチブックと色鉛筆。
いつもの場所に行くと、野原に寝転がる彼。
寝転がっているからか、遠くから見ているからか、彼の姿は幾分か小さく見える。
でも彼は私よりとても大きな体躯をしている。
若いからか筋肉質な体と逞しい腕。
寝転がる彼と、夕方特有の青と紫に染まった色がとても綺麗で、思わず息を呑む。
『お!百合香〜!』
私に気づいたのか、遠くから大声で私を呼ぶ。
私は嬉しくなり、そこにかけて行く。
『優希さん!』
途中でローファーが突っかかって転びそうになるが、慌てて体制を立て直して優希さんの元へ行く。
『大丈夫か?!』
心配してくれる優希さんに頬が緩む。
『今日もスケッチ、よろしくお願いします!』
『おう!』
夕日の中、佇む彼をスケッチするのが私の放課後の楽しみだ。
毎日違う彼を見ることもできるけど、何より魅力的な彼をスケッチブックに納めるのが好きだ。
今日は彼を斜めアングルから見た姿。
まずはアタリから。
鉛筆で大体の情景を描き、そこから鉛筆線を薄く練り消しで消して本描きをする。
『なあなあ、、俺なんか描いて楽し?』
『ん〜?楽しいですよ?ほら動いちゃダメですよ。』
私が注意すると慌てて横を向く彼。
『できました!』
『おー!やっぱりいつ見ても上手いなぁ。』
私と彼が出会ったのは、放課後の教室だった。
いつも片隅で絵を描いている目立たないタイプの私と、忘れ物をしたと教室に戻った彼。
私達はそこで出会い、スケッチを頼んだのだ。
彼の体がとても魅力的だったから。
『よし、これで完成です!』
最後に色鉛筆で色をつけてから絵を渡す。
『どうぞ。』
『おう!ありがとな!』
笑顔でお礼を言う彼にまた胸が締めつけられる。
『じゃあ、私はこれで、、、』
これ以上彼の姿を見てドキドキしていたら心臓が持たないので帰ることにする。
『待って!』
パシリと手を掴まれ、後ろに倒れそうになる。
『え、な、何ですか?!』
『あっ、、ごめん、、』
いつになく顔も赤く、とてもモジモジとしている様子の彼。
『?』
不思議そうに首を傾げると、彼はキリッとした顔になり、私にまっすぐ向き合った。
『あの、、す、好きだ!!百合香のことが!』
『はぇっ?!』
突然の告白。
『返事、聴かせてくれないか?』
シュン、、とした子犬のよう。
『、、私も、、好きです。』
パァッと途端に明るくなった彼の顔。
私達は茜色の空の中、笑い合い、抱きしめ合った。
【脳裏】
山根お婆ちゃんは、100年生きてるお婆ちゃんだ。
最近は物忘れが激しくなってきて、僕達の名前も覚えられない。
『婆ちゃん、遊びにきたよ〜』
『いらっしゃい。、、ん?誰だい?』
これが恒例のイベント。
そして僕がお婆ちゃんの孫だと説明するまでがワンセット。
お婆ちゃんは古い古民家に住んでいて、買い物はお母さんがしている。
『お婆ちゃん、僕の靴どこにやったの?』
『私は知らないよ。』
時々、僕の靴を何処かにやってしまう。
僕はそれが嫌だけど、お婆ちゃんの事は好きだ。
『お婆ちゃん、遊びに、、』
またいつもの日の朝。
玄関の戸を開けても、お婆ちゃんはいなかった。
いつもは出迎えてくれるのに。
まさか、、
僕は嫌な予感がしてドタドタと部屋に入った。
部屋の中では、お婆ちゃんが仏壇に懸命に手を合わせて祈っていた。
『お婆ちゃん?どうしたの?』
僕がそう問いかけても返事をせずに。
やがてお祈りが終わったのか、お婆ちゃんは僕に向き直った。
『直人。今日はあの人の命日だよ。』
お婆ちゃんはそう言い、仏壇の中のお爺ちゃんを見やった。
写真の中のお爺ちゃんは幾分も若く、軍服を着ていた。
お婆ちゃんはお爺ちゃんの事を何でも知っていた。
好きな食べ物、趣味、好きな動物。
僕らのことは忘れてしまうのに、お爺ちゃんのことは鮮明に覚えている。
僕らに向けている愛が100だとしたら、お爺ちゃんに向けている愛は1億だろうか。
それだけ、お婆ちゃんは愛していたんだ。
『墓参りに行こうかね。』
お婆ちゃんの車椅子を押して、お墓に向かう。
道中、いつも陽気なお婆ちゃんは何処か上の空で何かを考えている様な顔だった。
お墓に着き、掃除をして水を撒き花を添える。
2人揃ってお爺ちゃんにお祈り。
『あの人の、戦場に向かう時のあの軍服の姿と苦しそうな、私と離れたくないって顔が目に焼き付いて離れないよ。元気にしてるかねぇ、、。』
僕はしんみりして話すお婆ちゃんに、何も声をかけてあげる事ができなかった。
何より、お婆ちゃんのお墓を見ているその横顔がまるでお爺ちゃんが目の前にいるかの様に哀愁と深い愛の顔で。
その2人が今でも脳裏に浮かぶ。
【意味がないこと】
ヒュウゥ、、
風が吹く屋上。俺はシューズを脱いで柵を越えた。
授業中に1人の男子生徒が手紙を持って屋上にいるとすれば、やることは1つしかないだろう。
『、、、』
顔を下に向け、運動場の地面を見下す。
『俺が死んで、後悔すればいい。』
親も、いじめっ子も、みんなみんな後悔すればいい。
ふと、視界の端にコロコロとボールが転がる。
顔を上げて隣を見れば、転がってきたボールを拾ったヤツとパチリと目が合う。
『、、、お前誰?』
『、、、、、今日数学でさ、太郎さんは5階の屋上からボールを垂直に落としました。ボールが405cm落ちるには、何秒かかるか。っていう問題したんだよね。』
2人の間に沈黙が走る。
『、、だから何だ?』
『文章題を実演してるんだ。』
俺はその場にずっこけそうになった。
数学の文章題は不可能だと思うものが多いが、それを実演しようとする奴は初めてだ。
『、、、それ意味がないことだよ。』
諭すように言うが、
『そうかもね。でも、僕は納得するまで突き詰める派だから。』
俺はソイツの言い分に呆れた。
そんなことをする暇があれば、勉強した方がマシじゃないのか?
『それで?君は何で此処にいんの?』
『、、見てわかんないか?』
そいつは少し考え、神妙な面持ちで口を開いた。
『わからない。』
『わからねえのかよ!!』
ついツッコミをしてしまい、慌てて口を閉ざす。
『ワハハハハッ!面白いね!』
そいつを見てたら謎におかしく見えてきて、俺もそいつも笑い合った。
もう、飛び降りようだなんて考えは薄くなっていた。
授業をサボって談笑をし、その後仕方なく教室に戻ると、後ろから突き飛ばされる。
『おいばい菌が此処に入んなよ。』
辺りから笑い声が聞こえる。
『、、、、』
俺は俯いて席に座る。
落書き。ゴミ。牛乳。
恒例の嫌がらせ。
『ギャハハ、ばい菌はゴミが好きだからいっぱい詰めておいたよ。』
ゲスな笑い声を上げ周りが湧く。
この教室に、俺の味方と呼べる奴はいなかった。
『おーい!三瀬〜!』
不意に苗字を呼ばれて顔を上げる。
そこには、屋上で会ったアイツがいた。
ニコニコと笑顔で手を振っている。
『何してんだよ、早く来いよー』
他クラスなはずなのにズカズカ教室に入ってきて俺の手を掴んで引っ張って行く。
『ハッ、変人とばい菌が仲良くなってる。お似合いじゃね?』
後ろから背中に張り付く悪口を、そいつが笑って払ってくれる。
俺にはメシアのように見えた。
ーーーー
『何で俺を、、?』
また屋上に戻ってきて、手すりに体を預けながら問う。
『んー?何でだろな。』
『俺と仲良くしても、ばい菌の仲間というレッテルを貼られるだけだ。意味がない。』
ソイツは少し考え、言った。
『意味がないことでも、お前は救われてるだろ?』
俺はその言葉にグゥの根も出なかった。
本当にその通りだったからだ。
ソイツはまたボールを持ちながら下を見下ろす。
『お前に意味がなくても、僕には意味がある。この実演も、お前を連れ出したことも。』
曇天の空はいつの間にか快晴になっており、鬱陶しいくらいの太陽が俺達を照らす。
『お前の名前は?』
『三瀬、菜津。、、、お前は?』
『滝田弓弦。よろしく菜津!』
太陽のように笑うソイツは、やがて俺の親友となるヤツだが、これはまた別の話。