【脳裏】
山根お婆ちゃんは、100年生きてるお婆ちゃんだ。
最近は物忘れが激しくなってきて、僕達の名前も覚えられない。
『婆ちゃん、遊びにきたよ〜』
『いらっしゃい。、、ん?誰だい?』
これが恒例のイベント。
そして僕がお婆ちゃんの孫だと説明するまでがワンセット。
お婆ちゃんは古い古民家に住んでいて、買い物はお母さんがしている。
『お婆ちゃん、僕の靴どこにやったの?』
『私は知らないよ。』
時々、僕の靴を何処かにやってしまう。
僕はそれが嫌だけど、お婆ちゃんの事は好きだ。
『お婆ちゃん、遊びに、、』
またいつもの日の朝。
玄関の戸を開けても、お婆ちゃんはいなかった。
いつもは出迎えてくれるのに。
まさか、、
僕は嫌な予感がしてドタドタと部屋に入った。
部屋の中では、お婆ちゃんが仏壇に懸命に手を合わせて祈っていた。
『お婆ちゃん?どうしたの?』
僕がそう問いかけても返事をせずに。
やがてお祈りが終わったのか、お婆ちゃんは僕に向き直った。
『直人。今日はあの人の命日だよ。』
お婆ちゃんはそう言い、仏壇の中のお爺ちゃんを見やった。
写真の中のお爺ちゃんは幾分も若く、軍服を着ていた。
お婆ちゃんはお爺ちゃんの事を何でも知っていた。
好きな食べ物、趣味、好きな動物。
僕らのことは忘れてしまうのに、お爺ちゃんのことは鮮明に覚えている。
僕らに向けている愛が100だとしたら、お爺ちゃんに向けている愛は1億だろうか。
それだけ、お婆ちゃんは愛していたんだ。
『墓参りに行こうかね。』
お婆ちゃんの車椅子を押して、お墓に向かう。
道中、いつも陽気なお婆ちゃんは何処か上の空で何かを考えている様な顔だった。
お墓に着き、掃除をして水を撒き花を添える。
2人揃ってお爺ちゃんにお祈り。
『あの人の、戦場に向かう時のあの軍服の姿と苦しそうな、私と離れたくないって顔が目に焼き付いて離れないよ。元気にしてるかねぇ、、。』
僕はしんみりして話すお婆ちゃんに、何も声をかけてあげる事ができなかった。
何より、お婆ちゃんのお墓を見ているその横顔がまるでお爺ちゃんが目の前にいるかの様に哀愁と深い愛の顔で。
その2人が今でも脳裏に浮かぶ。
11/9/2023, 10:28:11 AM