【きらめく街並み】
「今年も寒いですね〜……」
「だねえ、こんな日に外回りなんてツイてない」
吐く息が白い
きらめく街並みは奥底にある浮かれ心を照らしてくるが、生憎まだ小一時間は仕事である
「律さん本当にそんなに軽装で良いんですか?まだ取りに帰れますよ?」
「ええ?コート着てるし、大丈夫じゃない?」
そう言って手を広げる律さんは、厚手のコートを1枚羽織っただけで、手も鼻も赤くなってしまっているのが見て取れる
「イヤーマフもマフラーも、手袋すらしてないのに良く言いますね……」
ため息を漏らして、向かいから来た人を躱す
飾り立てられた街を歩く人達は、みんなどこか楽しそうだ
「……律さんって結構そういうとこ無頓着ですよね、夏も対策してなかったし…」
「…えい」
「うわっ!?」
突如として頬に走る冷たさに声を出して驚けば、隣でくすくすと笑う彼の笑顔が見えてしまった
普段はあんなにも頼りになる人なのに、どうして、こんなにも愛おしいのか
「一応ポケットには入れてたんだけど…俺の手そんなに冷たかった?」
「……超冷たいですよ、やっぱ手袋いりますって」
「んーじゃあ…」
手袋越し、さっき頬に触れたあの冷たい手が触れる
「とりあえずは柊で暖をとろう、名案じゃない?」
いたずらっぽく笑う目の前の誘惑に、喉から手が出そうになる
「…今日だけですよ」
「えぇ?けち」
嗚呼、浮かれている
街も、自分も
【秘密の手紙】
母さんへ
その後お変わりなく元気に過ごしておられますでしょうか?
以前お伝えした通り、颯馬は今おじい様の家に来ております
言いつけ通り部屋は片しておきました。阿波踊りも見て久々の夏休みを過ごしております
実は1人、母さんに会わせたい人を、連れてきています
職場の上司で、少し心に影を抱えていますが、とても優しくて、面倒見の良い人です
もし母さんさえ良ければ、1度会って、この颯馬の話を聞いて欲しいと思っています
もし良いお返事がいただけたら、お返事の届き次第、そちらに向かおうと思っています
どうかご一考ください
追伸
まだ父さんには秘密でお願いします
颯馬より
【足音】
鮮やかな提灯の明かりが照らす闇夜の真ん中
腹の底まで響く太鼓と、聞きなれない笛と鐘の音が辺りを支配して、少し離れるだけでもう声が聞き取りづらい
「すごい熱気だな…」
「凄いでしょう?お盆に爺ちゃんちに来たら、毎年みんなで見に来てたんです」
隣に座る柊が、ハンディファンをこちらに向けながらそう話す
「このダンス…あー…阿波踊り?だっけ、これだけの人数が踊ると流石に圧巻だね」
「総踊りは阿波踊りの締めですからね」
目の前の道を大勢で踊り歩く人達や、それに歓声を上げる者。それは絶対に、日本に来なければ見れなかった景色で
こんな暑い時に人混みの中なんて、と思っていたけれど…まあなんだ、案外悪いものじゃなかったな、なんて手に持った経口補水液を飲み込んだ
「うちのばあちゃんは鐘やってたんですよ、子供の頃は俺も踊りの練習したりして」
「へえ?お前もこういう所で踊ったりしたの?」
「まさか!俺は盆にこっちに来てただけですから、ばあちゃんについて練習行ってただけで、こんな立派な桟敷の前で踊ったりはしてないですよ」
嗚呼でも
そう呟いた柊に目をやった
「懐かしいなぁ」
その表情を見てしまって、静かに下を向く
目を瞑れば太鼓の音、鐘の音、笛の音、人の声そして
太鼓とも鐘とも違う、恐ろしい程に揃ったこの音は…
「足音…か?」
「え、聞こえるんですか?流石…耳いい…」
「下駄だっけ?あのサンダルの音だと思うけど…」
「総踊りの下駄の音が、この席から聞こえるって…やっぱ凄いですね」
「…そんなことないよ」
そうしてまた目を閉じる
「…明日は、どこへ行きましょうか」
「…どこにでも」
「……じゃあ、東京がいいです」
「いいけど…今度はそこに何があるの?」
「…秘密です」
「…そう」
嗚呼、ひぐらしの声だ
夏が、終わる音
【終わらない夏】
「律さん、向日葵畑ですよ!」
「見ればわかるよ…はぁ…暑…」
無人の駅舎を降りて、軽い荷物を片手に道を歩く
「だからハンディファンとか要らないんですかって聞いたのに」
「あんなもん熱風に当たり続けるだけなんだから要らない」
「じゃあせめて日傘さしてください」
「帽子かぶってるだろ」
「律さんは日本の夏を舐めてます!」
降り注ぐ日差しの中を、麦わら帽子を被って、手の甲で汗を拭う
日本の夏は暑いとは聞いていたが...これは湿気の酷さも暑さに起因していそうだ
「で?これからどこ行くんだって?」
「ちゃんと話聞いてくださいよ…、……俺の祖父の家…だった場所です」
鳴り響く蝉の声の中でも、柊の声はやけにクリアで
「…今は空き家?」
「まあ、一応親が管理してるらしいんですけどね」
「ふぅん?急に夏休みだとか言って日本まで連れてこられたと思ったら、目的地がお前の家とはね」
「いえ、今回祖父の家は拠点です。」
「拠点?」
「…言ったでしょう?夏休みだ、って」
うちの夏は忙しいですよ
そう笑った柊の顔は、影がかかっているはずなのに
嫌に眩しく見えた
【もしも君が】
「もし、もしも君が、まだあいつの事信じるって言うなら、立場的には俺は、止めなきゃいけない」
「…」
「でも、君のあいつとの思い出を否定する事は、誰にもできないから」
「どんな答えを出しても、俺は応援するよ」
その日は雲ひとつ無い晴天で
澄んだ空気が、俺を置いて、遥か彼方へと駆け抜けて行った
「ありがとう、ございます」
「……今はゆっくり休んで」
「…はい」
もしも、もしも貴方が初めから、俺を使うつもりだったなら
俺はちゃんと、貴方の役に立ってから、捨てて貰えたんでしょうか
『東雲は、復職するって言ってる』
『ここには俺っていう前例があるし、あいつは優秀だ、ほぼ確実に戻って来れると思う』
『柊くん次第だけど、上に掛け合う用意はできてる』
『気持ちの整理がついてからでいいから、考えてみて』
ねえ、律さん
もしも、貴方がまだ俺を……
「っ、はは……そんなわけ、ねえのになあ…」
日の差し込む部屋の中で、自分にだけ
暗く濃い、影が差していた