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12/5/2025, 6:48:19 PM

【きらめく街並み】

「今年も寒いですね〜……」

「だねえ、こんな日に外回りなんてツイてない」

吐く息が白い

きらめく街並みは奥底にある浮かれ心を照らしてくるが、生憎まだ小一時間は仕事である

「律さん本当にそんなに軽装で良いんですか?まだ取りに帰れますよ?」

「ええ?コート着てるし、大丈夫じゃない?」

そう言って手を広げる律さんは、厚手のコートを1枚羽織っただけで、手も鼻も赤くなってしまっているのが見て取れる

「イヤーマフもマフラーも、手袋すらしてないのに良く言いますね……」

ため息を漏らして、向かいから来た人を躱す

飾り立てられた街を歩く人達は、みんなどこか楽しそうだ

「……律さんって結構そういうとこ無頓着ですよね、夏も対策してなかったし…」

「…えい」

「うわっ!?」

突如として頬に走る冷たさに声を出して驚けば、隣でくすくすと笑う彼の笑顔が見えてしまった

普段はあんなにも頼りになる人なのに、どうして、こんなにも愛おしいのか

「一応ポケットには入れてたんだけど…俺の手そんなに冷たかった?」

「……超冷たいですよ、やっぱ手袋いりますって」

「んーじゃあ…」

手袋越し、さっき頬に触れたあの冷たい手が触れる

「とりあえずは柊で暖をとろう、名案じゃない?」

いたずらっぽく笑う目の前の誘惑に、喉から手が出そうになる

「…今日だけですよ」

「えぇ?けち」

嗚呼、浮かれている

街も、自分も

12/4/2025, 5:23:46 PM

【秘密の手紙】

母さんへ

その後お変わりなく元気に過ごしておられますでしょうか?

以前お伝えした通り、颯馬は今おじい様の家に来ております

言いつけ通り部屋は片しておきました。阿波踊りも見て久々の夏休みを過ごしております


実は1人、母さんに会わせたい人を、連れてきています

職場の上司で、少し心に影を抱えていますが、とても優しくて、面倒見の良い人です

もし母さんさえ良ければ、1度会って、この颯馬の話を聞いて欲しいと思っています

もし良いお返事がいただけたら、お返事の届き次第、そちらに向かおうと思っています

どうかご一考ください

追伸

まだ父さんには秘密でお願いします


颯馬より

8/18/2025, 11:49:12 AM


【足音】

鮮やかな提灯の明かりが照らす闇夜の真ん中

腹の底まで響く太鼓と、聞きなれない笛と鐘の音が辺りを支配して、少し離れるだけでもう声が聞き取りづらい

「すごい熱気だな…」

「凄いでしょう?お盆に爺ちゃんちに来たら、毎年みんなで見に来てたんです」

隣に座る柊が、ハンディファンをこちらに向けながらそう話す

「このダンス…あー…阿波踊り?だっけ、これだけの人数が踊ると流石に圧巻だね」

「総踊りは阿波踊りの締めですからね」

目の前の道を大勢で踊り歩く人達や、それに歓声を上げる者。それは絶対に、日本に来なければ見れなかった景色で

こんな暑い時に人混みの中なんて、と思っていたけれど…まあなんだ、案外悪いものじゃなかったな、なんて手に持った経口補水液を飲み込んだ

「うちのばあちゃんは鐘やってたんですよ、子供の頃は俺も踊りの練習したりして」

「へえ?お前もこういう所で踊ったりしたの?」

「まさか!俺は盆にこっちに来てただけですから、ばあちゃんについて練習行ってただけで、こんな立派な桟敷の前で踊ったりはしてないですよ」

嗚呼でも

そう呟いた柊に目をやった


「懐かしいなぁ」


その表情を見てしまって、静かに下を向く

目を瞑れば太鼓の音、鐘の音、笛の音、人の声そして

太鼓とも鐘とも違う、恐ろしい程に揃ったこの音は…

「足音…か?」

「え、聞こえるんですか?流石…耳いい…」

「下駄だっけ?あのサンダルの音だと思うけど…」

「総踊りの下駄の音が、この席から聞こえるって…やっぱ凄いですね」

「…そんなことないよ」

そうしてまた目を閉じる



「…明日は、どこへ行きましょうか」

「…どこにでも」

「……じゃあ、東京がいいです」

「いいけど…今度はそこに何があるの?」

「…秘密です」

「…そう」


嗚呼、ひぐらしの声だ

夏が、終わる音

8/17/2025, 3:04:55 PM

【終わらない夏】


「律さん、向日葵畑ですよ!」

「見ればわかるよ…はぁ…暑…」

無人の駅舎を降りて、軽い荷物を片手に道を歩く

「だからハンディファンとか要らないんですかって聞いたのに」

「あんなもん熱風に当たり続けるだけなんだから要らない」

「じゃあせめて日傘さしてください」

「帽子かぶってるだろ」

「律さんは日本の夏を舐めてます!」

降り注ぐ日差しの中を、麦わら帽子を被って、手の甲で汗を拭う

日本の夏は暑いとは聞いていたが...これは湿気の酷さも暑さに起因していそうだ

「で?これからどこ行くんだって?」

「ちゃんと話聞いてくださいよ…、……俺の祖父の家…だった場所です」

鳴り響く蝉の声の中でも、柊の声はやけにクリアで

「…今は空き家?」

「まあ、一応親が管理してるらしいんですけどね」

「ふぅん?急に夏休みだとか言って日本まで連れてこられたと思ったら、目的地がお前の家とはね」

「いえ、今回祖父の家は拠点です。」

「拠点?」

「…言ったでしょう?夏休みだ、って」

うちの夏は忙しいですよ

そう笑った柊の顔は、影がかかっているはずなのに

嫌に眩しく見えた

6/14/2025, 3:05:31 PM

【もしも君が】


「もし、もしも君が、まだあいつの事信じるって言うなら、立場的には俺は、止めなきゃいけない」

「…」

「でも、君のあいつとの思い出を否定する事は、誰にもできないから」


「どんな答えを出しても、俺は応援するよ」


その日は雲ひとつ無い晴天で

澄んだ空気が、俺を置いて、遥か彼方へと駆け抜けて行った

「ありがとう、ございます」

「……今はゆっくり休んで」

「…はい」



もしも、もしも貴方が初めから、俺を使うつもりだったなら

俺はちゃんと、貴方の役に立ってから、捨てて貰えたんでしょうか





『東雲は、復職するって言ってる』

『ここには俺っていう前例があるし、あいつは優秀だ、ほぼ確実に戻って来れると思う』

『柊くん次第だけど、上に掛け合う用意はできてる』

『気持ちの整理がついてからでいいから、考えてみて』



ねえ、律さん

もしも、貴方がまだ俺を……


「っ、はは……そんなわけ、ねえのになあ…」


日の差し込む部屋の中で、自分にだけ

暗く濃い、影が差していた

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