Open App

【美しい】

雨の強い日だった

日が高くなってから降り始めたそれは、昼食をとりに外へ出ていた者たちへ容赦なく降り注いだ

普段なら少し長居して、雨脚の弱まるのを待っても良かったが、あいにく今日はそうとは行かない

仕事と言うのは天候くらいではどうとも動いてくれないものだ

「走るか…」

近くのコンビニにでも入ればその場しのぎの傘くらい手に入るだろう

そう決め込んで、そこら中にできた小さな水溜まりに足を踏み出した




「戻りました……」

「おかえり〜、結構降られたんじゃない?」

「いや、店からコンビニまでが意外と遠くて…」

「なるほど?ビニ傘のおかげでその程度ですんだわけか」

室内まで響く雨音に、窓をちらりと見やる

さっきまでよりもまた強くなったそれに、あの人は大丈夫だろうかと思い至り、ずっと室内にいた男を振り返る

「律さんってまだ帰ってないんですか?」

「あー、まだ戻ってないかも…?」

「…」

もしあと5分の間に連絡がなければ、電話を入れてみよう、迎えが必要なら車を出せばいいし、傘が入り用なら、さっき調達したものがある

そんな事を考えていれば、ドアの開く音がして

「ただいま…」

「おかえり〜」

「律さんもしかしてそのまま帰ってきたんですか!?」

服は張り付き、髪はまとまり、足元に水溜まりができていないことが不思議なくらい、雨に濡れた東雲律がそこにいた

「そう遠くなかったから…コンビニによる方が遠回りだったし」

そう言って職場の厚意で用意されていたタオルを手に取り少し長い髪を絞るように拭いていく

目にかかりそうな前髪の、細い毛先についた水滴が目を引いた

小さくため息をついたその横顔は、冷えた体が室内で温められ、少し赤く染まり、それはそれは、とても……


「……何?柊」

「え、あ、いえ...」

「柊くん東雲に見とれてんだ?まあねえ、水も滴るって感じだし」

「違っ」

「ふーん…?…すけべ」

「ちょ、なんでそうなるんですか!」

「ははっ、柊君も髪拭かないと風邪ひくよ〜」


美術品のようでいて、けれども俗世から遠く無く

陶器のようでいて、けれども温かみを無くしておらず

静かに、けれど雄弁に

嗚呼、美しいというのは、きっと

6/11/2025, 6:07:34 AM