noname

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4/14/2024, 1:21:09 PM

拝啓

やわらかな東風が街を吹き抜け、桜が花を咲かせる季節となりました。如何お過ごしでしょうか。

さて、この度は突然手紙をお送りすることになり大変申し訳ございません。貴方様はきっと十五年前に喧嘩別れした幼馴染からの手紙に驚いていることでしょう。至極勝手なことではありますが、私のなかでやっと整理がついたのが今であったのです。この手紙は所謂懺悔の、謝罪の手紙であります。なにぶん普段手紙など滅多に書かないものですから、拙い文章であるのはどうぞご容赦ください。

15年前のことは、今でも克明に覚えております。思い出にふける前に、あの頃の私の事情をお話しておきましょう。
私は至って一般の家庭に生まれました。ひとつだけ他と違ったのは、私は家族でいないものとされていたことです。飯は出てきました。学校にも行かせて貰えました。しかし、あの家に私はいませんでした。話しかけても無視され、ただ机の上にお金だけが置かれているような生活を送っておりました。
そんななか、貴方様と出会いました。貴方様は私を見つけてくれました。何でもできて、何でも知っていて、皆に好かれていて、そして皆を好いていた。そんな貴方様は私をいつも助けてくれました。腹が空けば菓子をわけてくれ、勉強が分からなければ教えてくれた。貴方様は、私の神様でした。
私は貴方様に報いたくて必死の努力をしました。テストでは何回も100点をとりました。体育大会では優秀な成績を収めました。それもこれも神様の隣にいるためでありました。人々は私を褒めましたが、私はちっとも嬉しくはありませんでした。私は貴方様に褒めてもらえればそれで良かったのです。
高校二年生になるまで、すべてが順調でした。貴方様の隣は何時だって私だった。私達は学校でも優秀な二人組として有名でしたね。その所為か、よく告白を受けました。私は勿論全て断っていました。当然貴方様も全てお断りしていると思っていました。博愛の貴方様がひとりに尽くすなんて有り得なかった。私でない誰かが貴方様の隣にいるのなんて考えられなかった。
貴方様は私を裏切りました。いえ、私が勝手に裏切られました。貴方は何も悪くは無いのです。恋に浮かれた貴方を私が酷く非難した時、貴方は言いました。「神様みたいな君には恋なんて理解できないのだろう。」と。私はその時貴方が何を言っているのか分かりませんでした。神様は貴方だと言うのに、貴方がそんなことを言ったのが信じられませんでした。
結論から言えば、貴方は神様なんかではなかった。ただ一人の人間でした。こんな簡単なことを飲み込んで、消化するまで十五年もかかってしまいました。あの時の非礼を謝罪させてください。申し訳ございませんでした。

誠に勝手な申し出ではございますが、次の連休にお会いしたく存じます。場所はあの喫茶店で如何でしょうか。ひとりの人間として、貴方と語らいたいのです。つきましては、この手紙の返信をいただけないでしょうか。もしよろしければ、都合のよい日時を教えていただけると幸いです。
春とはいえまだまだ夜は冷え込みますので、どうぞお身体にはお気をつけてお過ごしください。

敬具

『拝啓、神様へ』

4/8/2024, 10:23:22 AM

「明日死ぬんだ。」
「そうか。」
「驚かないんだな。」
「そりゃ20回目となればな。」
「なんだ、数えててくれたのか。」
「ご丁寧に毎月第一日曜日に言ってくれるからな」
「初めの頃はいい反応してたのに。」
「おれはそろそろ怒ったっていいんだ。」
「そんなカリカリするなよ。ほら、俺は明日死んでしまうんだぞ?」
「よく言うさ、死ぬ気なんかないくせに。」
「今回ばかりは本当さ。なあ、今日は日曜日だ。最期のお出かけにちょっと付き合ってくれよ。」
「ふん。本当に死ぬんだな?」
「ああそうさ。」
「仕方が無い。これが最期の会話じゃあ夢見が悪いからな。付き合ってやるよ。」
「そうきてくれると思っていたよ!さすが俺の親友だな。」
「けっ。調子ばかりはいいんだな。それで何処へ行くんだ。」
「そうだな、では浅草で劇場でも見よう。そうしたら服屋で服を見て、喫茶でケーキを食べるのさ。後はもちろん呑み屋に入って飲み明かそうじゃないか。」
「いつも思うが明日死ぬとは思えない日程だな。」
「いや、実はね。このスケジュールを君とこなさなければ死んでしまうんだ。俺は君がこんなことに付き合ってくれないと思っていたから、明日死ぬんだとばかり…。」
「いつも言っているが、素直に出掛けようと誘えばいいんだぞ。」
「それは恥ずかしいじゃないか。」
「これは恥ずかしくないのか?…お前なぁ、いつまでこの茶番を続けるつもりなんだ。」
「そりゃあ…」

『これからも、ずっと』

4/8/2024, 9:58:19 AM

夕方、君と2人で並んで歩く。
今日は惣菜を安く買えたねなんて言いながら、僕たちの家に帰る。夕日に照らされた家々を通り過ぎ、黒と橙色の縞模様ができた道を歩いていると見知った街が見知らぬ街に変わっていく。
のびていく自分の影を見つめていると、いつの間にか君は僕より数歩先を歩いていた。ご機嫌に歩く君の背中を暫く眺めていたが、僕はどうしてか不安になって、君を呼び止めた。
「ねぇ、ちょっと待って。」
君は不思議そうに振り返った。夕日が眩しい。僕は今どんな顔をしているのだろう。
「…もっと、ゆっくり帰らない?」
夕日が沈んでいく。最後の灯火とばかりにいっそうと煌めいて、日を背にした君の表情は見えなくなってしまった。
「そうだね。ゆっくり、帰ろう。」
夕日が沈んだ。辺りは急に真っ暗になった。
僕は左手に確かに君が居ることを感じながら、いつもの道を歩いていく。

『沈む夕日、君とともに』

4/5/2024, 4:40:32 PM

星が綺麗な夜でした。
あなたはひとりで泣いていました。
こんなにも星は煌めいているのに、あなたは俯いて地面ばかりを見つめて震えていました。
どうにも見ていられなくて、私は声をかけました。
それでもどうしてあなたは黙って俯いたままです。
これでは駄目かと思い、私は励ましてみました。
それでもどうしてあなたは黙って俯いたままです。
発想を変えて、私はあなたを叱ってみました。
それでもどうしてあなたは黙って俯いたままです。
思い切って、私はあなたの手を引いてみます。
それでもどうしてあなたは黙って俯いたままです。
仕方が無いので、私は黙って隣に座りました。
暫くするとあなたはぽつりと零しました。

「私は孤独という病に罹ってしまいました。これではもう頑張れないのです。」

あなたはよりいっそう俯いて胎児のように丸まってしまいました。
星は絶えず輝いていました。私はあなたが可哀想に思えてきました。

「孤独ですか。いや、そう落ち込むことは無い。その病は治りますよ。」

私は努めて明るい調子で言いました。あなたは丸まったまま恨めしそうに応えました。

「なんの根拠がありましょう。あなたは医者ではないと言うのに。」

そうしてあなたは腕の隙間から私を睨みました。私は軽く咳払いをすると、今度は厳かに言いました。

「そもそも孤独というのは、誰しもが種を持つ病気であります。あなたは酷く苦しんでいらっしゃるか、それも理由がある。あなたは秘密が多すぎたのです。」

あなたは暫く黙ったままでしたが、やがて弱々しい声で呟きました。

「わたしは怖くて仕方がないのです。わたしではない誰かに、どうしてわたしを教えられましょう。」

「簡単なことです。天をご覧なさい。そうして言うのです。『星が綺麗ですね。』と。そこで相手がうんと言えば、あなたは秘密の感情をひとつ、共有したわけだ。」

あなたはようやく顔を上げて、空を見上げました。
あなたの瞳は星の光で輝いていました。
そこで、あなたのもとに誰かがやってきました。
どうやら、あなたを探していたようでした。
その人は酷く安心した様子で、あなたの手を引いて帰ろうとしました。
あなたは立ち止まり、言いました。
「星が綺麗ですね。」
相手は一瞬呆気にとられたようでしたが、一拍遅れて空を見上げると微笑んで言いました。
「そうだね。」


『星空の下で』

4/4/2024, 10:54:07 AM

『大人気商品どらっとメロンが生まれ変わって新登場!』

「…はぁ。」
「どうしたんだ。ため息なんかついて。」
「これっすよ、これ。」
「ん?『どらっとメロン』?なんだそれ。」
「メロンパンをはさんだどら焼きっす。」
「美味いの?それ。」
「メロンパンとどら焼きの味っすね。」
「そらそうだろうよ。…で、ハズレ引いて落ち込んでたってわけ?」
「違います。」
「じゃあなんだよ。」
「生まれ変わっちゃったんすよ。」
「はぁ?」
「だから、生まれ変わっちゃったんです。」
「はぁ」
「もともとはパッサパサのメロンパンをうっすいどら焼きの具にしたやつだったんす。」
「最悪じゃねぇか。」
「それがしっとりクッキー多めメロンパンをふっくらどら焼きの具にしたやつに変わっちゃったんすよ!」
「妥当だろ。」
「おれはあのパッサパサでチープな味が良かったのに。」
「そういうもんか?」
「そういうもんです。」
「変わった趣味してんなぁ。」
「先輩はそのままでいてくださいね。」
「意地でも生まれ変わってやる。」


『それでいいのに…』

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