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拝啓

やわらかな東風が街を吹き抜け、桜が花を咲かせる季節となりました。如何お過ごしでしょうか。

さて、この度は突然手紙をお送りすることになり大変申し訳ございません。貴方様はきっと十五年前に喧嘩別れした幼馴染からの手紙に驚いていることでしょう。至極勝手なことではありますが、私のなかでやっと整理がついたのが今であったのです。この手紙は所謂懺悔の、謝罪の手紙であります。なにぶん普段手紙など滅多に書かないものですから、拙い文章であるのはどうぞご容赦ください。

15年前のことは、今でも克明に覚えております。思い出にふける前に、あの頃の私の事情をお話しておきましょう。
私は至って一般の家庭に生まれました。ひとつだけ他と違ったのは、私は家族でいないものとされていたことです。飯は出てきました。学校にも行かせて貰えました。しかし、あの家に私はいませんでした。話しかけても無視され、ただ机の上にお金だけが置かれているような生活を送っておりました。
そんななか、貴方様と出会いました。貴方様は私を見つけてくれました。何でもできて、何でも知っていて、皆に好かれていて、そして皆を好いていた。そんな貴方様は私をいつも助けてくれました。腹が空けば菓子をわけてくれ、勉強が分からなければ教えてくれた。貴方様は、私の神様でした。
私は貴方様に報いたくて必死の努力をしました。テストでは何回も100点をとりました。体育大会では優秀な成績を収めました。それもこれも神様の隣にいるためでありました。人々は私を褒めましたが、私はちっとも嬉しくはありませんでした。私は貴方様に褒めてもらえればそれで良かったのです。
高校二年生になるまで、すべてが順調でした。貴方様の隣は何時だって私だった。私達は学校でも優秀な二人組として有名でしたね。その所為か、よく告白を受けました。私は勿論全て断っていました。当然貴方様も全てお断りしていると思っていました。博愛の貴方様がひとりに尽くすなんて有り得なかった。私でない誰かが貴方様の隣にいるのなんて考えられなかった。
貴方様は私を裏切りました。いえ、私が勝手に裏切られました。貴方は何も悪くは無いのです。恋に浮かれた貴方を私が酷く非難した時、貴方は言いました。「神様みたいな君には恋なんて理解できないのだろう。」と。私はその時貴方が何を言っているのか分かりませんでした。神様は貴方だと言うのに、貴方がそんなことを言ったのが信じられませんでした。
結論から言えば、貴方は神様なんかではなかった。ただ一人の人間でした。こんな簡単なことを飲み込んで、消化するまで十五年もかかってしまいました。あの時の非礼を謝罪させてください。申し訳ございませんでした。

誠に勝手な申し出ではございますが、次の連休にお会いしたく存じます。場所はあの喫茶店で如何でしょうか。ひとりの人間として、貴方と語らいたいのです。つきましては、この手紙の返信をいただけないでしょうか。もしよろしければ、都合のよい日時を教えていただけると幸いです。
春とはいえまだまだ夜は冷え込みますので、どうぞお身体にはお気をつけてお過ごしください。

敬具

『拝啓、神様へ』

4/14/2024, 1:21:09 PM