胸の鼓動を感じる。トキメイている。
……こんな風に男が思うのは可笑しい事なのだろうか?
でも、俺はトキメイている。
会社の上司でもある女性に。
「榊原ー、会議で使う資料出来た?」
「は、はいっ!出来ました!」
「それじゃあ、会議室行くよっ」
俺の名前は榊原 充(さかきばら みつる)上司の名前は田中 美麗(たなか みれい)さん。
俺は、美麗さんに恋をしている。
__________✤✤✤✤✤✤✤
「お疲れ様でした。美麗さん」
「榊原も、お疲れ様。資料、良く出来てたわ。」
無事に会議が終わり、俺と美麗さんは休憩室で少し休憩する事になった。
「………、ねえ榊原」
「はい。何ですか?」
「ずっと疑問に思ってきたんだけど、何で私の事名前で呼ぶの?他の上司には、名字のくせに」
「えっ?別に意味はないですよ。
……でも、美麗さんは、田中さんより、美麗さんだっただけです。」
「何よそれっ」
「あっ、もしかして、嫌でしたか?嫌だったら、すぐに直しますっ!」
「別に嫌じゃないわよ。ただ純粋になんてたかなって思っただけ」
美麗さんは、俺が入社した頃からずっと上司だ。慣れない仕事に打ちひしがれそうになった時いつも近くで励まし、俺をサポートしてくれた人だ。
いつからだったのだろう。上司としての憧れが、恋心に変わったのは。
「……美麗さん」
「うん?何?」
「俺、いい男になります」
「ごふっ!!ゲホッゲホッ、な、何言ってるのよ!」
美麗さんは飲もうとしていた珈琲を吹き出してしまった。俺、そんな変なこと言った?
「すみませんっ!でも、結構真面目にそう思ってます。」
「ふうー、榊原は、今でも充分いい男だから、無理にもっとそうなろうとするのは辞めなさい」
「えっ!俺、全然いい男なんかじゃないですっ!」
「自分でいい男って自覚するもんじゃないでしょ?榊原は、ちゃんといい男よ。周りの女の子達が良く言ってるわ」
………、その中に、美麗さんも居ますか?
「さあ。そろそろ戻るわよ」
「あの、あ、あの……、その女の子達の中に、美麗さんは居ますか?」
そう、俺が聞くと、少し前を行っていた美麗は「秘密」といい、いたずらで、でもとても可愛い笑顔で俺に言ってきた。
あー、好きだ。
改めて美麗さんの魅力に魅せられた俺は、また一つ、美麗さんへの気持ちを募らせるのだった。
踊るように、君は飛ぶ。
跳ねるように、君は飛ぶ。
「走り高跳び、優勝は宗田 将暉(そうだ まさき)選手です!」
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「おめでとうございます。宗田選手」
「ありがとうございます。でも、もう大会は終わったから、普通に”くん“付けで良いよ?」
「あっ!そっか、ごめん!!」
私は、彼が所属している社会人陸上部のマネージャーをしている。普段はフランクにお話をするが、大会中は選手と呼び、少し距離をおいている。
「中田、今日はもう帰宅するの?」
「うん。元々予定は大会だから入れてなかったし、このまま帰る。」
「……そっか、気を付けて帰ってな」
「うん。宗田君もね。」
私は、宗田君の事が好きだ。
けれど、宗田君には、他に好きな人がきっと居る。私には、何となく分かる。
私じゃない誰かに、恋をしている。
「この恋は、叶わないもの。いい加減、諦めないとなー、」
いっその事、宗田君に告白して、玉砕してもらったほうがスッキリするだろうが、それが出来ない私。
私って、狡いのかな?馬鹿なのかな?
でも、それでも、まだ思っていたいと思っている自分がいる。そんな自分を、私は否定出来ない。
「でも、いつかは蹴りつけないとなっ!」
こんな事を考えながら、少し切なくなりながら、私は家へと帰るのだった。
時を告げる。
そんなロマンチックなものじゃないけれど、
確かに、私のスマホは鳴った。
彼の着信音で。
〜♪~♫〜♫〜♪
「は〜い。」
私は眠い目をこすりながら、着信の鳴ったスマホを手に取った。
「あはは、相変わらず眠そうだな…、おはよう、明里。よく眠れた?」
「うーん……、眠れたよ。」
「ふっ、それは良かった」
私と彼は、遠距離恋愛中、それも、日本と海外。時差があるから、彼の電話は朝。
けれど、電話してほしいと頼んだのは私。
いつもじゃなくて良いけれど、たまに電話をかけて私の目覚まし時計になって欲しい。
そう、彼に伝えた。
「じゃあ、もう大丈夫そうだし、切ろうか?」
「えっ?もう切っちゃう?今忙しいの?」
「ううん。忙しくないよ、こっちは夜で、もう家に着いてるし、でも、明里はこれから色々準備があるだろ?邪魔したくないから」
彼は、こうやっていつも気を使ってくれる。
彼も、明里は気を使ってくれるという。
似た者同士なのかもしれない。
「……じゃあ、少し、10分で良いから、私とお話し、してくれる?」
「ふっ、良いよ。俺も話したいし、明里の時間が大丈夫なら、お話ししよう。」
そんなこんなで、私達は10分のお喋りを楽しんだ。色々な、他愛のない話。
周りからは、よく続いてるねって言われる。
そうなのか?と、私は思う。
彼にそう言ったら、彼も、そうなのか?と言ってきた。
本当に似たもの同士だ。
「それじゃあ、またね、今度は、こっちからかけるから…、」
「…………ねえ、明里」
「うん?なあに?」
「俺、もう少しでこっちに居る任期が終わるじゃん?」
「うん、そうだね。」
「それで、さ、あの、さ……、」
彼が口籠る。何か言いたそうだ。
「なあに?お別れの話?」
「馬鹿っ!!違うよっ!冗談言うなっ!!」
「あはは、ごめん。ごめん。
………だって口籠ってるんだもん」
「………明里、」
「……なあに?」
「俺が帰国したら、俺と、結婚して」
一瞬、これは夢か、と思ったけれど、どうしょうもなく現実で、私の心がはねた。
驚きと、嬉しさで。
「もちろん。私と、結婚して 佑(たすく)」
スマホ越しから佑の笑った、ホッとした声が聞こえた。佑が帰国してきたら、改めて私もちゃんと言おう。そう、思った。
10分の電話はゆうに越え、私は若干の遅刻をした。
上司にちょっと注意されたものの、私はどこか上の空。
佑が帰国するまでもう少し。
「愛してるよー!佑!!」
誰も居ない会社の屋上で私は一人、叫んだのだった。
貝殻を拾った。
綺麗な透き通る海の砂浜で。
何となく来たくなって、車を走らせてやってきた海。人は少なく、とても静かで落ち着いている。時間は朝5時。
「もう少ししたら、帰ろう」
今日、用事があるわけではないけれど、居ようと思ったらずっと居続けられてしまいそうだから、取り敢えずもう少ししたら帰ろう。
サアーっサアーっと波音。
耳心地がとても良い。
「綺麗な貝殻ですね」
突然誰かから声をかけられた。
不審者だったらどうしよう…。
「あ、すみません!いきなり声をかけてしまって。俺別にあやしいもんじゃないですからっ!」
彼はそういうとサーフボードを持っている手を私側に近づけ、サーフィンしに来たんです。と言ってきた。
「サーフィン、するんですか?」
「はい。ほぼ毎日。」
「毎日ですか?凄いですね!」
「もう習慣になってしまっていて、やらないほうが気持ち悪いんです」
「あの…、少し、見学させて貰っても良いですか?」
「ええ、いいですよ!好きなだけ見てって下さい」
彼はそういうと海へと向かっていった。
私は人見知り。けれど彼とは何だが普通に喋れた。何だか不思議。
暫く彼のサーフィンを見学させて貰い、帰ろうとした時…、
「あ、あのっ!」
彼から呼び止められた。
「何ですか?」
彼は近くにあった枝を取り、砂浜に何かを書いていく。
「今、スマホもってます?」
「はい、持ってますけど…」
「これ、写真に撮っといて下さい」
私は言われたまま砂浜を写真に撮った。
よく見ると、連絡先だった。
「俺、今スマホ持ってないので、俺の連絡先です」
「何で今日初めて会った私に教えるんですか?危ないですよ、今時」
「平気です。絶対変な事はしない人だ。」
あまりにきっぱり言われたので少し驚いた私。まあ、何もしないけれど、
「俺、今ナンパしてるんですかね?勝手にそう思っただけですけど、また、お会いしたいから……、」
あまりに素直に言われたので拍子抜けしてしまった私。わかりました。連絡先保存しておきますと一言いい、私は帰宅した。
彼と会ってから数日後。朝のニュースを見ていたら彼が出てきた。今大注目のサーファーだという。
私が、彼の連絡先が記された写真を見つめながら連絡したのは昨日。
彼は嬉しそうな文面で返事をくれた。
不思議な出会いに何だが運命を感じそうな自分をいさめながら、私は朝ごはんの準備をする。
取り敢えず、彼にまた会ったら、名前を教えなければ、そう、思いながら…。
きらめき、キラキラ。
私の彼氏は、キラキラ。
「奈緒子〜、んじゃ部活行ってくるよー」
「はーい。いってらっしゃーい!」
彼氏の名前は桂馬(けいま)サッカー部に所属していてレギュラー。
顔もなかなかのイケメン。性格もイケメン。
私の彼氏。 私の好きな人。
「いいねー、毎日ああやってクラスが違っても挨拶しにきてくれてさ、」
こういったのは、私の友だちの真帆(まほ)可愛くて綺麗で大人な子。
「そうだよねー、さすがだよねー」
私は帰宅部のため、こうして桂馬の行ってきますを聞いてから帰っている。
「部活とか、見なくていいの?その瞬間、瞬間がカッコいいんじゃない?」
「うーん。いいの。私が居たら気になるだろうし、邪魔したくないんだよね」
「ふーん。そんなもんか。」
「そんなもんだよっ!」
私は好きだからと、ベタベタしたり、毎日の様に部活を見に行ったりはしない。
試合は見に行くけれど、普段はつかず離れずを自分なりにしている。
そうすれば、桂馬も部活に集中できる。
「……寂しくないの?」
「寂しくないよ。それに、部活が引退になれば今よりは傍にいられるもの」
私は、良い子すぎるのだろうか?
物分りが良すぎなのだろうか?
正直分からない。
けれど、好きな人だから、端っこで静かに応援していたい。
そう思う気持ちは、おかしいことなんかじゃない。
その時、
「おーーーい!奈緒子一!!」
思いっきり下から呼ばれた。
呼ばれた方へクラスの窓から下を覗くと、そこには桂馬と、桂馬の友達の丸山君がいた。
「何で大声で呼ぶの?恥ずかしいから辞めてっ!」
「あはは、ごめーん!今日時間あるなら、少しサッカー部の練習見てってよ!」
「……………え?い、良いの?」
「当たり前じゃんっ!俺のプレー見てってよ!」
「待ってるよー林さん!それと、真帆ー!」
「呼び捨てするの辞めてくれないっ!」
隣りにいた真帆が、丸山君に注意した。
「お言葉に甘えて、今日は見にいこうよ、奈緒子。」
「う、うん。」
「じゃあ!今から行くからっ!」
そう伝えた後、桂馬が余りにも嬉しそうに笑うからその笑顔にときめいたのは内緒。
また一つ、何気ない、キラキラが、きらめきが積もった瞬間だった。