『伝えたい』想いを型に流し入れた。
私の想いを味に例えるときっと甘く、食べると胃もたれを起こしてしまうだろう。彼と過ごす中で日に日に煮詰まった愛はあまりに甘すぎて一工夫しないと口にできるものではない。
だからカバーをするように、今年贈ろうとしているのはビターチョコを使ったお菓子。どろどろとしていても苦みが味を引き締めてくれる、はず。キッチンで一仕事終えた調理道具に残るクリームを少しだけ舐めてみる。
「ん。美味しい」と言いつつちょっと苦いかも。
小さなビターチョコケーキ、上を飾るのはもちろん定番のハートの型のチョコ。さっき流し込んだばかりで固まるのはまだまだ時間がかかる。固まったらホワイトチョコでメッセージを書く予定で、リボンもカードもプレゼント用のきれいな箱の準備も、今年の私は完璧じゃない?
「彼の好きな味になりますように」
『伝えたい』想いはまた明日。
美味しくなあれとひと声かけて、冷蔵庫をそっと閉じた。
カフェに君を連れていきカウンターで注文をして席に着く。俺はコーヒーとモーニングサンドをトレーに乗せて、君にはカフェオレを渡し、ホットサンドが焼き上がるまで時間がかかると伝えた。
「待ってる間にあっつあつなカフェオレもぬるくなって飲みやすいかも」
分厚いマグカップに注がれたコーヒーより薄い色の水面をゆらし続けている。猫舌の君が格闘しているのに俺には子猫がじゃれついてるように映っていた。果敢に挑戦するも「あつぅぃ…」と気抜けな感想。相当熱いらしい。
「はい、アイスコーヒーどうぞ」
「ううっ、今度こそ飲めると思ったのに」
ストローを咥えて冷たいコーヒーで舌先をひやしている。ふぅ、とひやし終えて「ありがとう」と渡されたストローにリップが移りほんのりした色に数秒、くぎ付けだった。
吊り下げられた照明は金属の蔦の葉が絡んだ繊細なデザインで席にはサボテンと多肉植物が置かれて
「見るからにぷにぷにしてそう」
ホットサンドを待ちながらぷくぷくした葉を観察している。この店は緑が多く空気もきれいだった。
「先に食べてていいんだよ?」
「これは冷めないからさ、一緒に待つよ」
俺が出来合いのサンドイッチを頼んだのは一緒に待てるように、アイスコーヒーだって頑なにホットを頼む君のためだった。
お待ちかね、焼きたてのホットサンドが運ばれてきた。黄金色の焼き目と芳ばしいパンの香り。中心には…
「焼き印?」
丸まって眠る猫の焼き印が。
「ランダムでホットサンドの焼き印が違うんだってメニューにあったの。他の柄も気になっちゃうね」
マグカップを持った君、カフェオレは飲みやすくなったらしい。
すぐに口にしないのはホットサンドが熱いからか、寝ている猫を食べるのが勿体ないのか。
「また『この場所』に食べに来ようか。今度は俺も同じものを頼もうかな」
寝ている彼の顔に手をかざして予想した通りの反応に心を落ち着かせた。
…よかった生きてる。
生暖かい微かな吐息が私の手にぶつかって霧散していく。彼は腕と頭に包帯を幾重にも巻かれベッドに横たわっていた。
「うっ…」
傷が痛むのか眉をひそめても起きる気配はなく、眠り続けて。私は椅子に座って彼の身の回りのことをして、ここ数日起きるのを待っている。
彼が怪我をすることなんて仕事柄しょっちゅうだった。骨折した時は「腕、しばらく使えないから君に食べさせてもらおうかな」と軽口を言う元気もあったのに。
今回の怪我はあまりにも酷く意識が戻ってこない。時折何か探すように動かす手を痛くないように握り返すのが唯一の出来ること。
『誰もがみんな』生きているから
彼は人より死との距離が近いから
知らぬ間に失ってしまうのがとても怖くて、医者が「もう大丈夫ですよ」と言ってくれても離れられないでいる。
向日葵を基調にまとめられた花たちは雪道ではよく目立つ。俺が歩くとゆらゆらと揺れて、すれ違う通行人は季節はずれの花を不思議そうに振り返って見ていた。
山奥にある不思議な花屋。
たまたま機会があり立ち寄ってみた。
カランとドアベルが鳴り、目を見張る。山は雪化粧をしていたのに花屋には四季が集まり別の空間が広がっていた。
「ようこそ」
現れたのは花屋のオーナー。優しく上品な雰囲気を持つ女性だった。
「人に贈りたくて」
「えぇ。お力になりますよ」
防寒着のままの俺と春物を着ているオーナー。寒くも暑くもない、適温だった。もしかしたらこの場所で季節を管理しているのかもしれない、なんて君がいたら言うんだろうな。
君の好きな向日葵を中心に同じ色合いと、白を混ぜて、受け取る君の姿を思い描く。花の一本一本に意味を込めたくてオーナーに相談すると
「相手の方をとても大切に想ってらっしゃるんですね。お客様は情熱的です。私まで恥ずかしくなってきました」
と頬を染めながら言われてしまった。
「薔薇はもう贈ったんですか?」
「前に一本だけ。」
「まぁ…!」
オーナーが花をまとめ、包装されると花の表情が引き締まった。
「素敵に咲きますように」
魔法の呪文のように唱え、「またお待ちしています」と丁寧に見送ってくれた。まだ蕾のものがあったから言っていた言葉はその事だと思っていたんだ。
………
……
「これどうしたの?」
「不思議な噂をたよりにちょっとね」
君に渡すと冬に会えない花たちに目を瞬かせ、顔を寄せて、「ありがとう」と君が綻んで意味に気付く。
よく咲いてる。
「どういたしまして」
腕に大切に抱えられたそれは君を飾る『花束』だった。
口角を上げて、顔の筋肉で頬を持ち上げて鏡に向かって笑顔の練習。
そのまま保って数十秒。ぷるぷると頬が震え、口の端が限界だというようにひきつった。
「疲れた…」
よく笑う子が好きだと彼が言っていたのを思い出して
私、笑ってたっけ?と不安になりこの行動に至る。意識して作るとぎこちなさが際立っていた。笑顔って難しい。
指先で頬を労るようにマッサージする。鏡の自分はむにむにと頬で遊んでいた。
笑顔…。道化師のように常に笑う必要はなくて。
必要な時に必要なだけ笑顔を作れたなら、彼の好きにも近づけるし生きるうえできっと武器になる。けど、彼が好きな表情を自ら作り出すのは、やっぱり難しい。
「うーん…。」
疲労も少しだけましになった。もう一度練習でもしようか。
「さっきから何してるんだい?」
「っわぁ!?」
背後からぬっと現れた彼に驚いて飛び上がってしまった。気配なんてなかった。
「鏡に向かって百面相?」
ことの経緯を彼に話すと少し考えて
「俺といる時はいつも笑顔だよ。よく笑う子って君のこと」
なんだ、よかった。彼の好きに当てはまっていた。口もとが緩むのを感じる。
「ほら、今。」
「俺の好きな『笑顔(スマイル)』だ」
「君って君が思う以上に素直だから顔に出やすいんだよ」と言われ、それはそれで恥ずかしかった。