お題『鋭い眼差し』
僕が友だちとよく行った公園には「鬼」と呼ばれるお爺さんがいた。お爺さんはいつもボール遊びをする僕たちを睨みつけるようにしながらベンチによく座っていた。
怒鳴られたことはなかったが、声をかけられることもなく、静かに睨みつけられるのは大変に居心地が悪かった。文句があるのなら言えばよいのに、といつも思っていたがお爺さんが話す姿を見ることはなかった。
あのときの公園を見る度にふと考えるのだ。お爺さんは何を考えていたのだろうか、と。
かつて自由にボール遊びができたあの場所はもう閑散としていて、「ボール遊び禁止」の立て看板だけがある。ベンチは人が溜まるのを防ぐためか、気が付いたら撤去されていた。もう子供が遊ぶ賑やかな声を随分と前から聞いていない。
以前はベンチがあったところに立った僕はあの日を思い出す。あの懐かしい日を。自由にボール遊びができた日を。
ふと、過去の記憶が蘇った。お爺さんが一度だけ慌てたように立ち上がったことがあった。あれは僕が蹴ったボールが公園の外を出たときだった。友だちは真っ直ぐ走って道路に出たボールを拾おうとしていた。
あのとき、確かにお爺さんは立ち上がっていた。そんなことを今になって思い出したが。
お爺さんは多分、たいそう目付きが悪かっただけなのだろう。
お題『子供のように』
僕は早く大人になりたい。大人はすごい。好きなものが好きなだけ買えるし、嫌いな食べ物を食べなくてもいいんだって!
この前お母さんとレストランに言ったら近くに座っていたスーツを着た大人が僕の嫌いな野菜を放置してお店を出てたんだ。
だから僕は口酸っぱく野菜を食べるように言ってくるお母さんに言ったの。
「あの人はお野菜残してるよ」
って。そしたらお母さん、
「あの人は大人だからいいの」
だって。
どうして子供の僕はニンジンさんを食べないといけなくて、大人はニンジンさんを食べなくても良いんだろうね。
でもね、お母さんは言うんだ。ゆっくり大人になればいいって。
お母さんってばわがまま! 僕は早く大人になりたいのに。これってあれでしょ? 大人は楽しいから僕を仲間外れにしようとしてるんだ。
ふん、だ! そんなことするお母さんはかくれんぼにいれてあげない!
お題『何もいらない』
『君以外何もいらない。愛しています』
そう言ってくれたのはもう何年前の話だっただろうか。照れ屋でまっすぐに感情を表現するのが苦手なあなたは耳まで赤くしながらそう言ってくれた。
何かをプレゼントしてもらったときよりもずっと嬉しかった。
本当にあなたさえ居てくれたら私も何もいらなかったのに。なんて。
あなたの為に用意した温かいご飯もすっかり冷えて、少し固くなっている。こうして夜、誰もいない部屋で時計をただ眺めるだけの日々はいつからだったのだろう。
椅子の上に足を持ち上げ抱える。こうして丸くなってこの寒さを耐えるのもどれくらいになったのだろう。
『君以外何もいらない』って。
「嘘つき」
そう呟いた言葉は誰に聞かれることもなく空気に溶けた。
お題『君の目を見つめると』
それは、運命とでも言うべき出会いだった。多分、君もそう思ったのだろう。おもちゃを触る手をとめて、こちらをまじまじと見つめる。
ガラス越しに手と足が触れ合った──
それから早3年の時が流れた。
「おすわり」
あの日出会った犬は今も変わらずこちらをまじまじと見つめては短い尻尾を千切れんばかりに振る。君の目を見つめると、必ずあの出会いの日を思い出す。君の目を見つめると、もっと愛しさが溢れる。
「よし」
早食い気味なのは気になるし、ご飯を食べずにおやつばっかり食べてるのも気になる。でも、待てをしている間に涎がボタボタ垂れているところとか。少しだけおバカさんなところもこれからもずっと愛してる。
お題『星空の下で』
うまくいかなくて、なんとも形容し難いグシャグシャになった感情を抱えて、思わず夕闇に飛び出した。
上着も置いてきてしまって、北風がしみる。近くを歩いている人が二度見したのが目に入るが、今はどうでもいい。
気が付いたら誰もいない公園のブランコに座っていた。小さな街灯がチラチラと光っている。
どうして自分はこんなにも寒いところで落ち込んでいるのだろうか。どうして、昨日まで楽しいと思えていたのに今こんなにも辛いのだろうか。
マイナス思考から中々戻ってこれない。あまりにも女々しくて自分で自分が嫌になった。
日もすっかり沈み、握りしめたハンカチが水分を含んだ頃。ふと、空を見上げた。
高いビルが立ち並ぶ都会では実家で見た空よりもずっと狭く、過剰な灯りで霞んでしまっている。
それでも尚輝きを放ち続ける星々がいる。数は少ないけれど、確かに見えた。
相変わらずむしゃくしゃするし、涙が止まる兆しは一向に見えなかったけれど。それでももう少しだけこの星を見ていたい、そう思った。