〚本当のことを教えてほしい〛
このメッセージに既読はついたが返信はされていない。
5月。大学。興味のない講義中。
見知らぬ送信者とやり取りしようと思ったのは、ほんの気まぐれ。
〚つまらないと感じていませんか〛
つまらない必修講義より、先程届いたこの1件のLINEメッセージからどうやって出会い系やセールスに繋げるかという興味が勝ったからだ。
〚つまらないと思ってるよ。なにか紹介してくれるのか?〛
〚それはあなたがつまらない人間だからです〛
喧嘩を売られるのは予想外だった。ファーストインプレッションは最悪だったけど自分に必要なのは、普通は言いにくいことをズバッと言ってくれる助言者だと気付いたのもこのときだった。
それから性別も年齢も名前も分からない、仮称謎の人物Aとチャットするようになる。Aは常に尊大で正論ばかりを言うやつだった。ある意味それを目当てにやり取りしてたと言ってもいい。Aに将来を脅されたお陰で課題をやるようになったし、講義に目的意識を持つようになった。自分が謎の人物Aと呼んでいることを伝えると名義を謎の人物Aに変更していた。
「愛川佑美です……」
10月。グループワークで一人の大人しめの女子と一緒になった。4月に同じ科のコミュニティイベントで、連絡先を交換しただけで一度も会話したこともない。なんとなく気まずいと思ってると相手の子が化粧室にいったので、なんとなくAに愚痴ってみた。その頃には割りとくだらない事でもAとチャットするようになっていた。
〚グルワ話したことない相手でつらいわ。一人で課題やりたい〛
すぐに既読がつく。しかしその後に結構な間があった。いつもは既読がついたら爆速で返信してくるのに。
〚女の子も気まずいと思ってるでしょう。うまくリードしてやりなさい〛
グループワークは、グループ毎の課題について調べて共同で発表しなさいというものだ。今回と次の講義の時間で調べてまとめて来週発表。調べきれなかったら休み時間使ってやれとかいう酷いものだった。
女の子と一緒に別館の資料室への道を歩く。ミスに気付いているのだろう。唇を噛んで下を向いているのを見てその時には確信していた。〚女の子も気まずいと思ってるでしょうから〛自分は性別を伝えていない。スマホを操作しAにLINEを送る。
〚本当のことを教えてほしい〛
カバンから振動音が聞こえた。女の子が止まる。自分も止まった。観念したようにスマホを取り出し中身を確認する。自分のメッセージを確認したのだろう。
「ごめんなさい」
女の子が2台のスマホを手に取りそういった。
最初はつまらない授業の暇つぶしだったらしい。自分が退屈そうにしてたのをみてメッセージを送った。匿名なのをいいことに普段とは全く違う尊大なキャラで。それからというもの興に乗ってそのキャラクターのまま自分とやり取りしてたそうだ。
ちょっと笑ってしまった。
「Aって呼んでいい?」
「お願いですから辞めて下さい……似合わないことをしたと思ってるんですから……」
スマホを操作する。
〚これからはこっちに送るね〛
「そうして下さい……」
「Aの口調をリクエストしていい?」
「……だめです」
少し残念だった。
[1件のLINE]
目が覚めると夢の中だった。
そうとしか言いようがない感覚だった。
ここは勤め先だ。目覚めの一杯として、業務用の安いインスタントコーヒーを入れ、飲む。
意識がはっきりして、物に触れ、香りがして、味覚がする。それでも夢だと確信できたのは――
「こんなことしてる場合じゃないから」
僕は納期直前で致命的なミスをして、リカバリーに追われていた。
部長に泣きつき部署の人員総出で復旧作業に掛かりながらもう少しで終わるところまで来ていた筈。
けれど周りには誰もおらず静かだった。
なんとなく、起きた時のいつもの習慣としてソシャゲを始める。時刻は朝の7:00。ログインボーナスを貰ったところで、今一度ここは夢の中なのか考える。
「もしかして夢ではないのでは」
そんな自問に答える声があった。
「ここは夢の中で、まだ目が覚めていないのか? それとも目が覚めていて、ここが現実なのか? どっちがいい?」
気が付くと部長が後ろに立っていた。――なるほど。
「夢か」
「現実だよ馬鹿たれ」
部長が僕のパソコン画面を覗き込む。
「終わってるな、よし」
どうやら無意識下で仕事だけは終わらせていたらしい。部長の寝癖からして仮眠室で寝ていたのだろう。多分手伝ってくれた部署の皆も。
「目覚めの一杯入れてくれ。それとゲームしてた件について申し開きを聞こうか」
目が覚めると現実だった。
[目が覚めると]
私の当たり前は、他の誰かにとっての当たり前とほとんど変わりないだろう。朝起きて学校に行き、授業を受け、他愛ないおしゃべりをし、友達と会話しながら帰宅し、スマホで動画を見て、SNSにつぶやき、ご飯とお風呂を済ませ、明日の準備をして寝て、また朝が来る。そんな当たり前。
「ねえ、僕と契約して魔法少女になってよ」
ぬいぐるみっぽい生き物に言われるまでは、そうだと思っていたんだ。
私が住んでる世界は案外不安定らしい。普通の人には認識できない魔獣と呼ばれる存在がいて、そいつが人に干渉すると生命力が食われ、病気になり、死に至る。ぬいぐるみっぽい生き物は素質ある人間を戦えるようにして、魔獣の発生を突き止め、被害を減らす使命を帯びてるらしい。――私は戦うことを選んだ。
魔法少女の生活は、私の当たり前を犠牲にする行為だった。魔獣がいつ発生するか分からないから常に気を張ってなければならない。休日なんてものは存在しないし、睡眠は不規則になった。
朝は遅刻寸前で登校し、授業中に寝て、友達に「顔色悪いよ」と心配され、早退途中に魔獣の発生報告を聞き出撃して、疲れ果てながら撃破し、家に帰って泥のように眠る。それが当たり前になった。
ある時、今まで比べ物にならないほど強い魔獣が出現して、私は食べられそうになって――――
ピピッ ピピッ ピピッ
スマホのアラームが鳴った。大きな欠伸をして目を開ける。
「夢――か」
いつも通りの朝だ。変な夢を見た。全くもって馬鹿馬鹿しい夢だ。
「ケイ! 魔獣だ! ここから近い!」
当たり前を犠牲にした魔法少女である私が負ける訳ないでしょうに。
「さて、行きますか」
誰かにとっての当たり前を守るために。
[私の当たり前]
「こんばんは、孤独な方。私があなたの友達になりますよ」
夜、仕事帰り、マンションに囲まれた小さな公園。ブランコとベンチと自販機しかない。ジュースを買ってベンチでうなだれてるとそんな声が聞こえてきた。失礼なこと言う奴も居るもんだな―― 事実だけれど。顔を上げあたりを見渡してみるが誰も居ない。
「ここですよ。ここ」
疲れているのか。街灯から声が聞こえてきた気がする。
「そうです。あなたを優しく照らし出す。虫にモテモテな街灯です」
幻聴か。耳鼻科、脳神経内科、精神科に行くべきか。
「上から見るとハゲてますね」
「ハゲてね―よ」
思わず反応してしまった。完璧に怪しいやつだ。
「聞こえてるじゃないですか。お話しましょーよ」
街灯の声って若いんだな。立ち上がる気力もなく現実逃避しながら仕方なく話し始めた。
色々な話をした。仕事や人間関係の悩み。通勤電車がつらいこと。上司がタバコ臭いこと。――孤独を感じること。愚痴ばかり話してた気がするが、街灯は「正直よくわかんないですけど」とほとんど流してた。だけれど、誰かに話せて少しすっきりした。
「まぁ、うなだれて下ばかり向いてないで上を向けば気付くこともありますよ」
その言葉に上を向いてみた。マンションの明かりが見える。きっとそこには悩みと無縁の人もいれば同じことで悩んでる人もいるんだろう。自分だけじゃないと思うことが出来た。そしてもう一つ気付いたことがあった。立ち上がる。
「ありがとう、話せてよかったよ」
けれど――と続ける。街灯に着けられた小型のスピーカーをコツンと叩く。マンションの上層階に向かって手を上げる。
「ちゃんと回収しておくように」
はーい、という声がスピーカーとマンションの上から聞こえてきた。
[街の明かり]
「ずいぶん妙なイベントね。細い緑の木に何吊るしてるの?」
七夕イベントの手伝いに駆り出され、俗な願い事を書いた短冊を吊るし、役目を終えた自分に話しかけるものが居た。
「いや竹だし短冊――誰?」
知らない子だった。少し古風の服を着たきれいな子だった。
「あーえーと……姫とでも呼んで」
織姫かな? と馬鹿なことを考えた。
「あなた暇してるよね。遊びたいの。案内してくれない?」
ここは、田舎だし遊べる場所なんてほとんどなかったから、周辺を散策するだけだった。
けれど姫のコロコロ変わる表情を見てるだけで楽しかった。
「ねぇ、これなに?」
「ポストだよ」
「ねぇ、これは?」
「神社の鳥居」
少々常識がない気がする。外国の子なのか、想像もつかないくらいお嬢様なのか? ――惚れてしまってよいのだろうか?
辺りは暗くなってきた。姫の表情が憂いを帯びた。少し歩かない? そう言って自分を先導し始めた。
だいぶ歩いた。この先は何もないはずだ。
「そっちには何も――」
妙な物体が鎮座していた。飛行機と船と車を掛け合わせたようなフォルム。しかし先進的な乗り物であることがはっきりとわかった。
「――――ナニコレ」
「星を行き来出来る乗り物よ。今日はあなたに聞いてばかりだったけどやっと教えることが出来たわ」
姫はきれいな顔で泣いて笑っていた。
「もう帰らなきゃ」
そういって宇宙船に乗り込もうとする。声は出なかったが腕を掴むことが出来た。
姫はこちらを振り向き、顔を近づけた。――頬にあたたかなぬくもりを感じた。思わず手を離す。
「じゃあね」
呆然としてる間に乗り込み、船があっという間に光の粒子となって消えていった。
辺りは真っ暗になり静寂に包まれた。白昼夢を見てた気がする。けれど頬にぬくもりが残っていた。
短冊に書いた『素敵な出会いがありますように』という願いは叶えられた。
――出会いだけで終わらせたくない。
頬を撫でながら空に輝く星々と姫に思いを馳せた。
[七夕]