温泉には
多くの人が来る。
特に9月は多い。
それに色んな人が来る。
9月は環境がガラッと変わることが
毎年あるので、
言わば
センチメンタル・ジャーニーということ。
ここは白雲峠にある温泉宿、
「真夜中の泉」。
私は今夜も
フロントスタッフとして
お客様を出迎え、ご案内する。
普通の人間のお客様から
ネブラスオオカミのお客様まで、
真夜中の泉は
白雲峠のみんなに愛されている。
なぜ名前が真夜中の泉かというと、
ここには露天風呂があって
真夜中に丁度どの温泉も
暗く黒くなり、
そこに星屑と月が浮かぶから。
もちろん営業時間が
真夜中からだからっていうのも
あると思うけどね。
建物が全て木でできたこの温泉宿は
白雲峠で1番遠い場所から来てくれる
プチ旅行を楽しむお客様も大勢いる。
私はそんな
温泉を楽しみにしながら
受付をするお客様を見るのが
毎日とても楽しい。
ここのフロントスタッフは
頭が痛くなるほどの靴箱の鍵の保管で
少しきつい所があるが、
お客様の楽しみそうな顔は
私たちフロントスタッフの仕事を
笑顔を使って応援してくれている。
"Good Midnight!"
今日も温まりたいお客様や、
プチ旅行しに来たお客様が
フロントへとやってくる。
君と見上げる月…🌙
それはどこでも見れる月で
いつもと満ち欠けしか変わらなくて
なのに今日は
君はにゃあっと鳴いて、
三日月に乗った。
えっ?って戸惑いすぎて
私も乗れるかなぁなんて
考え始めてたけど、
君が飛び跳ねてこっちに来ると
その反動で
月は太陽と役目を交代。
あっという間に昼になってしまった。
君は月と太陽で
時間を替えれちゃう、
ちょっとすごい猫だったんだ。
でも私は真夜中が好きで、
君も真夜中が好きだったから、
こーゆーことが出来るよーって
見せてくれてから、
君はまた真夜中に戻してくれた。
「時の番人」。
君はそう呼ばれているらしい。
世界の時を調整しつつ、
乱すやつがいないように守る役目だとか。
"Good Midnight!"
知ってるのは一部の人だけで
君は私を
真夜中と同じくらい
好きだと言った。
真っ白なキャンバスを
一人ひとり違う色で染めていく。
誰しも自分に合った色を持っていて
その色や他の色が混ざった色で
キャンバスに絵が描かれていく。
みんなは自由に筆を動かして
満面の笑みで綺麗な花や
山や海、家まで描いてしまう。
私のキャンバスは空白だった。
ぽっかりと空いた
ドーナツの穴みたいに
色とりどりのキャンバスの中で
私だけ真っ白だった。
そう、私は自分の色が白だった。
何色にでも染まる、
誰にでも頷く、
つまらない人間ってことだ。
正直息苦しかった。
息はクロールや平泳ぎの時よりも
断然吸いやすいはずなのに
鼓動が早くて
吸っても吸っても足りなかった。
ドーナツの穴みたいに
抜け落ちてしまいそうで、
埋もれてしまいそうで、
私は何度も筆を落としてしまった。
その度にため息をつき
急いで筆を拾っていた。
ここじゃあ私はやっていけない。
白では何を描いても残らないし、
簡単に他の色に染まってしまう。
私はやめようと思った。
キャンバスを手放して
みんなと同じ自由になろうと。
そんな時、
フクロウに似た人に出会った。
その人はフクロウみたいなメガネを
くいっと上げて、
私のキャンバスをどうにかするのを
手助けしてくれた。
色んな手放す方法を聞いたけど、
最後に教えてもらったのは
白色でもつまらない人間でも、
見える人にはきっと見える。
君の膨大な努力と諦めない根性が。
ということ。
不思議と心が軽くなって
見えなくてもいいから
描いてみようと思えた。
急いで来た道を戻り、
私は白くて大きいクジラを描いた。
大きなクジラは
少しずつ他の人の色と混ざり合い、
虹色のカラフルなクジラになった。
"Good Midnight!"
今日も真っ白なキャンバスは
一人ひとり違う色で染められていく。
台風が過ぎ去って
私の住んでいた街は沈んだ。
私はまだそれが現実だと思えなくて
街の上を呑気に泳いでた。
台風が持ってきた水は
あまりに綺麗すぎて
氾濫した川も池も、
全てが透き通っていて、
街が泳ぎながら良く見えた。
なんだか自分が雲になったみたいで
嬉しくて
くたくたになるまで
ずっと泳いでた。
疲れすぎて
今度はかろうじて残っていた
ビルの屋上で
べちょーっと寝そべった。
台風が嘘かのように
青空と白い雲ばかりで
街は水と空で
青く照らされていた。
雲の影がよく見える。
私はこのまま避難できなくても
いいと思った。
ずっとここで
雲の影を、
青い街を見ていたいと思った。
"Good Midnight!"
暖かい陽の光は
私を包んで
街と一緒に
沈めてくれた。
今日もここでひとりきり。
夜が明けないのはさ
きっと私が臆病だから。
外は嫌なものばっかりなんだ。
理不尽と説教が行き交ってる。
私はそこに不適合だった。
ただそれだけの事で
ここにいて、夜が明けない。
私を見兼ねた友達が
迷子列車に乗って
気分転換することを勧めてきた。
迷子列車というのは
「夜の鳥」のことで、
夜更かししたい人を乗せて
夜の街を走る列車。
行き先がわからないので
迷子列車なのだ。
確かに私は昼夜逆転生活を送っていて
寝るのは朝方、
起きるのは夜中だ。
だけど私は夜を楽しみたい人たちの
邪魔をしに行きたくはない。
私はなんとなく
目が覚めたから起きて、
眠くないから怠惰に過ごして
眠くなってきたから寝るだけ。
特別有意義な時間を
過ごしてるわけじゃない。
冷蔵庫にあるミルクティーを取り、
少し星空を見て見た。
ここらへんは明かりが少ないから
よく見える。
でもいつも決まって見えるのは
ぼやけて零れる星、
目から溢れ、
頬を伝う水。
誰が悪いとか
もう少し頑張らなきゃいけないとか
そういうのが原因じゃない。
夜が明けないのは
明日が嫌だから。
"Good Midnight!"
最低なのは私じゃない。
でもきっと世界は最高だから。