「どうして?」
それがあの子の口癖だった。
調べてわかること、考えてわかること、想像してわかるかもしれないこと、答えなんてないこと、正解がひとつではないことetc.
絶えず思考回路を回しているような 世界の全てを知りたいと願っているような そんな子だった。
たぶん、あの子の考えは基本的に間違いではなかった。どちらかといえば正しくて、世間では正論と呼ばれるような真っ直ぐな考えを好む子だった。
純粋で気高くて無垢で。知らなくていい事まで知ってしまうような子だった。
『どうして なのかな?』
あの子は最後まで変わらなかった。
答えを求めているようで自己完結で、知ってしまった事象から目を逸らせない素直な真っ白な子だった。
「どうして?」
だから今日だけは。あなたを、あの子を思い出してそう呟くことも許されるでしょう。
__たとえなにがかわらないとしても。
『大人になりたい』
誰もが口を揃えてそう言っていた。
早く自由になりたい。好きなことをしていたい。束縛されたくない。口出しされたくない。自分だけで全て決めたいのだと。
けれど,私は自由を恐怖している。
籠の中の雛でずっと居たいと思ってしまっている。暖かい巣の中で安寧の地で,危機から遠ざけられ守られて餌も与えられ残酷な蒼穹も知らずぬくぬくと 限られた自由を謳歌していたいのだと願っている。
世間は夢を見るには冷たくて,彼らの言う自由は私にとっての責務と同意義で,羽ばたくことは安らぎの地を立ち去ることに思えた。
「子供のままでいたい」
それが私の我儘な願いだなんて言うことは許されないのだけれど。
「すごく幸福なことだと思う。羨ましいわ」
「そうかしら? 私は停滞を好まないけれど」
一枚の紙を中心にテーブルを挟んで向かい合うふたりの少女。彼女たちは教師から出された課題について議論を交わしていた。
その紙に書かれていたのはたった二言
『ずっとこのまま』その一文と,この言葉からあなたが考えたことを書きなさい。 という指示。
一人の少女はその一文を"これ以上を望む必要すらもない最高の状態"だと捉え,もう一人は"希望も目標も失った空虚な状態"だと捉えた。
少女達は互いに思う。自分たちの発言は正反対でいて同一。例えるのであればコインの裏と表のようなものだと。ゴールに辿り着くことは道標を失うことで,願いがないというのは満たされている証拠でもあるように。
そして二人の少女にとって『ずっとこのまま』であるということは理想ではなかった。なぜなら彼女達は成長の真っ只中。変化することに怯えず前に進み続けるのだから。
だから,『夢』とただ一言,用紙には記入されていた。
テーマ:ずっとこのまま
「……起きたくない」
冬の特に1月の早朝は布団から出るのが億劫になる。賃貸の家は風は凌げど寒さは凌げず,外気温がそのまま流れ込んでくるようで。日の出前の時間であればなおのこと。冬のいと寒きに,なんて思える教養なんか持ち合わせていない自分には朝練なんて拷問にも近い苦痛である。
「嫌だなぁ」
別に部活そのものが嫌いなわけじゃない。大変なことはあってもそれを楽しいと思えるくらいに充実している。成長している実感もあるし結果もではじめている。
だから嫌なのはたったひとつ
「……あいたくない」
つい先日までは顔を見るだけで幸せだった同じ部活のその人。好きな人であるなら尚更,想い人を見つけたのなら喜ぶのが筋なのに。あの人の幸せを願えない自分がいる。
「寒い」
心が身体が寒いから。些細なことですら気になってしまって仕方ない。どうしてあの笑顔の先は自分じゃないの? そんな風に妬んでしまって 醜い自分が嫌になる。
「どうせなら凍りついちゃえばいいのに」
雪にも氷にもなれない寒いだけの日なんて嫌いだ。
テーマ: 寒さが身に染みて
それは本当はずっと傍にあった。すぐ隣 手を伸ばせば届く位置に。いつだって真横にあった。
そう気づいたのは今さらで。それはとうに遅すぎて,確かにあったはずの救いはもうここには存在しない。
盲目の瞳では燦々と降り注ぐ光が眩しすぎて瞼を伏せたままでいた。温かいはずのそれは寧ろ烈火のようで身を焦がしてしまうから,見えないふりをした。
だから ね。闇夜の中 最後に一つだけ残った一筋の光は柔らかくて優しくて,どこか怖いんだ。蜘蛛の糸を切ってしまった彼の二の舞になりそうで。
それでも,仄暗い世界に射した光は美しいから。
«一筋の光»