「すごく幸福なことだと思う。羨ましいわ」
「そうかしら? 私は停滞を好まないけれど」
一枚の紙を中心にテーブルを挟んで向かい合うふたりの少女。彼女たちは教師から出された課題について議論を交わしていた。
その紙に書かれていたのはたった二言
『ずっとこのまま』その一文と,この言葉からあなたが考えたことを書きなさい。 という指示。
一人の少女はその一文を"これ以上を望む必要すらもない最高の状態"だと捉え,もう一人は"希望も目標も失った空虚な状態"だと捉えた。
少女達は互いに思う。自分たちの発言は正反対でいて同一。例えるのであればコインの裏と表のようなものだと。ゴールに辿り着くことは道標を失うことで,願いがないというのは満たされている証拠でもあるように。
そして二人の少女にとって『ずっとこのまま』であるということは理想ではなかった。なぜなら彼女達は成長の真っ只中。変化することに怯えず前に進み続けるのだから。
だから,『夢』とただ一言,用紙には記入されていた。
テーマ:ずっとこのまま
「……起きたくない」
冬の特に1月の早朝は布団から出るのが億劫になる。賃貸の家は風は凌げど寒さは凌げず,外気温がそのまま流れ込んでくるようで。日の出前の時間であればなおのこと。冬のいと寒きに,なんて思える教養なんか持ち合わせていない自分には朝練なんて拷問にも近い苦痛である。
「嫌だなぁ」
別に部活そのものが嫌いなわけじゃない。大変なことはあってもそれを楽しいと思えるくらいに充実している。成長している実感もあるし結果もではじめている。
だから嫌なのはたったひとつ
「……あいたくない」
つい先日までは顔を見るだけで幸せだった同じ部活のその人。好きな人であるなら尚更,想い人を見つけたのなら喜ぶのが筋なのに。あの人の幸せを願えない自分がいる。
「寒い」
心が身体が寒いから。些細なことですら気になってしまって仕方ない。どうしてあの笑顔の先は自分じゃないの? そんな風に妬んでしまって 醜い自分が嫌になる。
「どうせなら凍りついちゃえばいいのに」
雪にも氷にもなれない寒いだけの日なんて嫌いだ。
テーマ: 寒さが身に染みて
それは本当はずっと傍にあった。すぐ隣 手を伸ばせば届く位置に。いつだって真横にあった。
そう気づいたのは今さらで。それはとうに遅すぎて,確かにあったはずの救いはもうここには存在しない。
盲目の瞳では燦々と降り注ぐ光が眩しすぎて瞼を伏せたままでいた。温かいはずのそれは寧ろ烈火のようで身を焦がしてしまうから,見えないふりをした。
だから ね。闇夜の中 最後に一つだけ残った一筋の光は柔らかくて優しくて,どこか怖いんだ。蜘蛛の糸を切ってしまった彼の二の舞になりそうで。
それでも,仄暗い世界に射した光は美しいから。
«一筋の光»
そこは閉ざされた世界で 小さくて閉鎖的,部外者の侵入を拒む未完成で不完全かつ出来上がった空間だった。
まだ幼かった私にとって"学校"という名の牢獄は1日の半分を過ごす場所。けれど,牢獄の名に反して無法地帯なそこは気にくわないものを排除するために 囚人たちが結束して私を虐げる。
彼らにとって私はいらない それどころか害を及ぼす異物であったのだと思う。そこには特別な意味などありもしない。ただ単純に外から侵入した何かを許容できるように仕組まれていなかったから。
だから私は いないもの であった。
『どうして』
そう 何度問うたか。
『ごめんなさい』
魔法の言葉も無意味で。
「離れてても友達」
ねぇ いまさら。あなたの言葉なんか信じられないよ。きっと一生。
テーマ ; «忘れたくても忘れられない»
それは今を生きている人間の中で,当たり前の日々を過ごし なおかつ幸せを抱えている。そんな幸福で恵まれた一部の大多数の人達だけが持つ傲慢な願い。
有り難味なんてほとんど感じてなくて,誰も彼も当然のようにその残酷な言葉を大した意味もなく口にしている。
……かく言う自分すらも無意識に。
"あいつ"にはもう来ない日なのに。そんなことも知らずに言ってしまった。
『また明日』なんて。もう謝罪も言えやしない。遅すぎた後悔は届くことはない。
テーマ ; «明日もきっと»