それは本来なら,道標や希望になるべきもの
けれど,己のそれは仄暗い呪縛にも似た鎖だった。
辺りを照らすと誰かが言った。
周りを暖めると誰かはそう語る。
何かをくべて何かを燃料に火を灯す。
けれど,己にとってのそれは……
それは,誰かの夢だった。それは,誰かの希望だった。それは,誰かの懇願だった。青くて青くて若く淡い数多もの光を犠牲にして燃え上がる焔。
消すことも出来ない,残酷な罪の証。積みあがる屍の証左。逃げることを目を逸らすことを赦さぬ見えない視線。
そうなったのが何時の事だったのかは覚えてもいない。けれど,願いを託される度に姿を変えてしまったから。
優しさと覚悟を哀愁で包んだ時から,抱いたそれは毒となった。
テーマ «心の灯火»
"3"
白い吹き出しを囲む緑色の連絡アプリのアイコンが示す数字。右上で赤く主張する"3"というその文字が自分の臆病な心を象徴するようで,視界に入る度に心にモヤがかかったような気分になる。
未読の連絡数を示すそれは常には表示されないもので,けれどここ数日間に限っては誇張するように存在を強調してくる。
あの人からの連絡だとトークでの赤いそれが伝えてくるからこそ尚更開くことを躊躇ってしまう。普段なら喜んで一刻も早く返信するというのに。
"ごめん"そんな言葉から始まる連絡をどうして受け入れられようか。例え何が変わらないのだとしても,だからこそ。その数字が消えることはないだろう。いつまでも。
『受け入れなければ終わらない。そうだよね?』
そんなはずないと知りながら微笑んだ姿はそれでも何故か美しく麗しいのだと,その形を反射する物言わぬ硝子だけが知っていた。
テーマ «開けないLINE»
それは 己が目指した理想の具現
目の前にいる人物が,知っている何かによく似ている けれど違うそれが。その存在に似た何かを目にしているのが何時なのか,誰に似ているのか思いあたった瞬間に息を飲んだ。
それは,目の前のこれは,何よりも己に似ている。
似ている。なんて生ぬるいものじゃない。これは自分自身の生き写しだ。正しくは数年後成長したであろう自分の姿の。
「……自分」
恐る恐るその物体に触れてみる。幻覚か夢か,それとも理解の範疇を超えた現実か。果たして伸ばした腕はすぐ比較的暖かな体温に触れた。指先と皮膚混じり合う熱は初めからそうであったかのように混じりあって境界がわからなくなる。
同じだ。なんの根拠もなくそう思う。何がと言われれば答えられないが,これは自分と同義であると そう感じた。多少の違いがあれど貌(かたち)を創る根を辿ればひとつになる。
「納得したか?」
そう喋る人物の声はやはり自分のものと同一で,けれど何故かそれより心地よい振動を伝えてきた。まるで慈しむような柔らかな音。
一方的に触れる無作法を気にもとめず視線を合わせてくる余裕は今の己にはないもので,ずっと大人な人物の冷静さが距離よりも隔てる何かの存在を示す。
「……理解した。けど,もう少し」
触れていたいと思った。いや,離れたくないと思った。急に現れたそれがまた知らぬ間に消えてしまうのではないかと危惧したから。熱を感じていたかった。
きっとそんなことは無いのだと知ってはいるけれど,せっかく手に入った唯一無二の存在から目を離すことはどうしようもなく恐ろしいことに思われたから。
「ふっ。甘えたか? なら気が済むまで付き合おう」
互いに言葉は尽くさない。必要がないから。伝わる熱が 交わる視線が 表情が,ずっと感情を映すから。
同じ気持ちなのだと理解できた。感じた恐怖は己だけのものではなくて,一瞬にして芽生えた執着もまた。
ただ頷いて。指先を絡めて首元に顔を埋める。香る知らない香水の匂いはやがて身体に馴染んで,またひとつ近づいてゆく。重なり合う鼓動に視界がゆっくりと狭くなる。
「済まない,ずっと。だから……」
「我侭だな お前は。安心しろ,違えないさ」
瞼が閉じる直前,重い口を開いて願いを掛ける。子供の我侭を駄々を,叶えろと乞う。胸に巣食う想いの色が同じなのならと,甘えてみた。
自分なら伸ばされた手を振り払えないから。そんな打算でもって滅多にしないおねだりを。
頭を撫でる掌に安心して微睡む間際 とられた掌に吐息が触れて微かな熱を感じた。それがきっとはじまりの合図だった。
テーマ «不完全な僕»
その少年は自分を持っていた。
誰よりも強く揺るがない自分自身を彼は持っていた。少なくとも自分にはそう見えた。
陰口悪口仲間はずれ 何を言われても彼は気にもとめない。やりたい事をやって,やりたくないことはせずに自由気ままに過ごす。だからって決して協調性がない訳でもないしフォローも欠かさない。
嫌われることも多いけれど好かれることも多くて,しっかりと筋を通すその在り方はブレることがない。
強いと思った。傷つくことなどないのだと。他人などどうでもいいと切り捨てているのだと そう感じた。
だってそうでなければ,あんな風には生きられない。何にも侵されないほど強かなんだと根拠なくそう思った。
……それは多分 弱い自分の防衛本能みたいなもので。彼は特別だからと盲目的にそう信じ込みたいからだった。
「何でそんなに自由なの?強いの? 一人で怖くないの?」
そう聞いた。彼は数度瞬きを繰り返してそれから小さく笑みを浮かべた。少しだけ不思議そうに,それでも真っ直ぐに言葉を綴る。
『怖いよ一人っきりは。だからこそ自分を見てくれる人を求めるだけで。演じた自分を求められても満たされない』
『それを強さと呼ぶかはわからないけれど,誰も責任を取ってくれないなら後悔したくないだけ』
弱さの裏返しだよ?
愛されたいから 傷ついてもいいだけ。
どっちを選ぶかでしょ? そう笑った彼は強いのではなくて靱やかなのだと 初めて知った。
ずっと真摯な対応。場に染まることではなく向き合う事を求める態度。それが彼の生き方で本質だった。
足掻いてもがいて それでも手を伸ばす。そんな風に生きたことなどない自分とは全く違う覚悟の持ち方。
それが目に痛いほど眩しかった。
テーマ«裏返し»
鳥のように羽ばたけたらと そう願ったのは幾度か。
それは けして叶うことのない夢であって,だからこそ失うことのない希望のようにも思う。
濡れた雲に羽が重くなることも,蒼穹が汚染されているという事実も 嫌なこと全て見ないで済むのだから。
『だから私は,羽ばたけたらと空想するの』
そう言って微笑んだ少女がいた。夢を夢のまま抱え込むことを選び抜くそんな子が。
とても澄んだ瞳と洗練された思想を持つ少女だった。汚れなきその在り方は故に現実を隔てた。誰よりも現実に生きてどこまでも夢を愛して,真っ直ぐに視線を上げながらいつまでも瞼を伏せ続ける。
それはとても哀しくて気高く美しい生き様だったと 何故だかそんなことを思い出した。