夕暮れヤバ。烏とか雁が並んで飛ぶのがしゅき。あと日が落ちた後の虫と風の音良すぎて、語彙力溶けた。
と、古典の授業で清少納言も言ってた季節。今日も、めっちゃ群れで飛んでる鳥いる。影絵みたいでかっけー。いやカラスか?あれ。カラスだったら、こんなタソガレドキ?に見なくても影絵だわ。
でも、日が落ちるのも早くなっちゃったから、今すっげー雰囲気あるの。女子高校生が一人で、夕焼けを眺めながら、住宅街を歩いてる。これを『エモい』と言わずにどうしろと。
夕陽が逆光になってさ、周りの家も、わたしも、『通学路です!児童注意!』みたいな人形も、みんな影絵みたいなの。カラスなの。隣を通りすぎる人にさ、わたしはオレンジに光って見えてさ、目を凝らせば、このつよつよ最強顔面が見えるようになってんの。秋の夕暮れ、ガチエモい。清少納言の気持ちマジ共感しすぎて、今なら模試でトーダイ国語A判出る。
………はあ。
でもさ、ガチで好きなんだよ、わたし、この時間が。
だってさ、この時間しかさ、繋がらないんだもん。カナコにも、ミナミにも、サクラにも、マリにも。大親友なのに。
誰かも分からない、影みたいな感じでさ?横通って。そしたら4人とも、振り向いてこっち2度見してくんだよね。
そしたら、わたし、繋がりが切れちゃうの。大親友4人は2度見できませーん、はいしゅーりょー、って感じで。
隣を通った君は、誰そ彼。そんな感じ。夕暮れだけしか会えない。わたしは、ここで一人、みんなが通るのを待ってる。
……つまり、死んだわたしは、今日も生きてるみんなを、この通学路で見守っています。時々化けて出ます。エモ。
夕焼けを背にした君が、この世で一番綺麗だ。亜麻色の髪が、オレンジ色の背景に映えている。右耳のイヤリングが、サイドテールを結ぶリボンが、その弾けんばかりの笑顔が、すべてが夕焼けに馴染んで、絵画のようにわたしの記憶に残る。これほどまでに美しいものを、わたしはこの後の人生で見ることができるのだろうか。そう思った。
いや、見れるようになる。この気持ちを伝えることができたなら、君がそれを受け入れてくれるのならば。わたしは、君の隣に、ずっといたいと思いました。その一言さえ、君が受け入れてくれるならば、きっと毎日、わたしの世界の一番綺麗なものは更新されていって、留まることを知らなくなる。きっと明日も、夕焼けの君を、ココロのレンズに収めて、フォルダーがいっぱいになるまで、写真をとりまくる。
……受け入れてくれるのならば、の話だけど。
「わたしね、1年後くらいに、結婚式挙げようと思ってるんだ。まだ招待客とか詳しいことは全然決めてないんだけど、今のうちに伝えておこうって思って。」
「おめでとう。……学生時代から7年続いた、あの彼氏さん?」
「うん! わたしもあの人も一途だもん、お互いしか考えられない、っていうか……。いや、そういう話じゃなくて。結婚式、来てくれるよね? わたしの一番の親友。」
君が綺麗なのは、大好きな人の話をしているから。わたしじゃない誰かに、ココロを奪われているから。わたしは一番の親友であっても、一番君に愛された人ではなくて、一番君を綺麗にできる人でもないんだ。
「うん。結婚式来るよ。スピーチもしようか?」
それでも、わたしはきっと、明日もこのココロの痛みに耐えながら、世界で一番綺麗な君を思い出すんだろうな。
親から家を追い出され、一人公園で、このままどうやって生きていこうかと悩んでいた頃。夜だというのに一人の少女がやってきて、やつれた俺に声をかけた。
「おにーさん、一人でどうしたの?」
「……親から追い出されちまってね、『いい加減働け!』って」
「うーん……わたしも!おかあさんに追い出されちゃったの!『あんたの顔なんて見たくない!』って」
「こんな時間に……おまえ、それはぎゃくた……」
「おにーさんとわたし、仲間だね!」
「……」
きれいな声をしていた。傷だらけだが、かわいい顔をしていた。だがそれも些細なこととなるほどには、『仲間』と言ってくれた少女のくれた優しさは温かかった。
それだけが、俺が初めて恋をした理由だった。
「俺のこと覚えてるよね、あの公園の」
「え、誰ですか……離してください!」
「……覚えてない?15年前の7月30日、夜の北公園で仲間になった」
「誰?! 15年前って……北公園は近所にあったけど……」
「…………覚えて…………ない?」
「いっ……痛い! 離して!」
15年なんて月日が経てば、恋が愛に変わるのもたやすい。少女とはその間会うことはなかったが、また会えるその時のために定職に就き、アパートの2階に部屋を借り、少女に似合いそうな家具を選び、少女といつでも二人で幸せな生活が送れるように。俺はそのために生きた。
だが。少女は。俺のことを、覚えていない。
途端に愛は憎悪に変換される。何だ、覚えていないとは。俺はおまえに救われたんだ。何だ、顔の傷が全部治って。あの時の弱々しい笑顔はどこに。愛してる、愛してたのに!
気付けば、アパートに少女を連れ込んでから、1ヶ月が経っていた。少女をストーキングして、家を特定し、同居していた男を包丁で刺して殺した。お前もこうはなりたくないよなと脅し連れてきてから、1ヶ月。
連日報道されるニュースだけが、部屋に音を響かせる。少女の声を、もうずっと聞いていない。カーテンの閉じた部屋の隅で、ひたすら虚ろな目をする少女。
『調べによりますと、1ヶ月前に殺害されたとみられる男性は、出血性の』
「タカフミ……」
テレビを消した。途端に、部屋は静寂に包まれる。少女の表情は動かない。タカフミ、と知らない名前を呼んだその口のまま、動かない。
タカフミ。もちろん俺の名前ではない。少女の呼んだその名前は、俺の殺したあいつの名前。
どれだけ家具を揃えても、どれだけ金を稼いでも、どれだけ少女を憎んでも、愛しても。15年間育んだ愛は、誰かも知れない男に負けた、負けた、負けた!
気付けば、包丁を持ち出していた。俺も、少女も静かだった。物音一つ立てなかった。声なんて一言も出さなかった。
愛の終着点とは、憎しみの最上級とは、なんと静かなものだろうか。このまま少女は、苦しむ声も上げずに、その腹に刃を沈めて、俺の腕の中で息絶えるのだろうか。俺はその後を追って、静かに自らの喉を刺すのだろうか。ならば、この静寂は、俺が少女にかける思いの、最大の、表現。
このまま声も上げられずに、私は殺されてしまうんだ。静かな部屋の中でそう思った直後、聞こえてきたのはパトカーのサイレン。
薄暗い部屋に、不意に光が射し込んだ。窓ガラスが割れて、カーテンが開いて、ベランダから人が入ってくる。ここは、私の予測が間違っていなければ、たぶん2階だ。
あの人は嫌な顔をして、入ってきた人たちに見せつけるように、私の首に包丁を押し当てる。近づいたらこの女を殺す、と大声で喚いている。しかし、後ろからも聞こえる足音と人の声に、何かを察したのか、直ぐに包丁を下ろした。
ああ、ようやく助けが来た。懐中電灯で外にモールス信号を打ったのがよかったのか、私がいないことを不思議に感じた知り合いが動いてくれたのか。なんにせよ、この部屋から1ヶ月も出してもらえなかったのが、やっと見付けてもらえたのだから。
ベランダから、そして玄関から入ってきた人たち……警察が、あの人を捕らえる。後ろ手に手錠をかけて、無線というのだろうか、何か通信機具のようなもので、他の警察に現行犯逮捕だの何だのを伝えている。その合間に、私のほうにも警察が数人駆け寄ってきて、大丈夫ですか無事ですかと目まぐるしく質問してきた。
警察の質問に答えている私の後ろで、あの人は玄関の方向に連れ去られていく。引き摺られて服の繊維がちぎれる音が聞こえる中、あの人は最後に言った。
「……お前は、俺から離れられねえぞ!」
そして10年。あの人の死刑が執行されてもなお、私はあの人の言葉に恐怖を植え付けられたままでいる。
日頃から傘を持ち歩くように気を付けていたが、今日に限って忘れてしまった。冷たい雨が体に当たる中を走り抜ける。せめてこれだけでも濡れないようにと、革のカバンを前に抱えて、猫背になった。
すれ違う人々は傘をさしているのに、わたしだけが雨に濡れている。みじめだ。テストで最低点として自分の取った点数が発表されたときくらいみじめだ。
それでも、なんとか近くのポストまで、このカバンの中の荷物を持っていかなければいけなかった。先方への大切な手紙だから、いくら自分が濡れ汚れようとも、みじめさを感じようとも、この手紙を出さないわけにはいかない。
しかし一人でここにいるわたしとは裏腹、すれ違う人々は誰かと二人で、または大勢で歩いている人々ばかりだ。クソ、リア充め。こちとら大学でも恋人ができないまんま社会人になったんだ。それに何だ、今日は平日だというのにラフな格好で。わたしはブラック企業で連勤35日目だ。ああ、雨のせいもあってか、気分がどんどん悪くなっていく。
雨がいっそう強くなる。ポストまであと少し。向かいから歩く人のせいで、水溜まりからハネた汚水がかかる。さすがに嫌な気分になって、ガンでも飛ばしてやろうとそいつを見た途端。
「………え、かわいい。」
ワンちゃんがいた。レインコート着て散歩してるワンちゃんがいた。かわいいワンちゃんだった。
いや、とてつもなくかわいい。本当にかわいい。目が合った瞬間、わたしはこの世の嫌なことを全て忘れかけた。それくらいかわいかった。
気が付けば、雨が止んでいた。ワンちゃんは去っていった。わたしはさっきまでの嫌な気分も忘れて、30メートル先のポストへ向かっていった。