日頃から傘を持ち歩くように気を付けていたが、今日に限って忘れてしまった。冷たい雨が体に当たる中を走り抜ける。せめてこれだけでも濡れないようにと、革のカバンを前に抱えて、猫背になった。
すれ違う人々は傘をさしているのに、わたしだけが雨に濡れている。みじめだ。テストで最低点として自分の取った点数が発表されたときくらいみじめだ。
それでも、なんとか近くのポストまで、このカバンの中の荷物を持っていかなければいけなかった。先方への大切な手紙だから、いくら自分が濡れ汚れようとも、みじめさを感じようとも、この手紙を出さないわけにはいかない。
しかし一人でここにいるわたしとは裏腹、すれ違う人々は誰かと二人で、または大勢で歩いている人々ばかりだ。クソ、リア充め。こちとら大学でも恋人ができないまんま社会人になったんだ。それに何だ、今日は平日だというのにラフな格好で。わたしはブラック企業で連勤35日目だ。ああ、雨のせいもあってか、気分がどんどん悪くなっていく。
雨がいっそう強くなる。ポストまであと少し。向かいから歩く人のせいで、水溜まりからハネた汚水がかかる。さすがに嫌な気分になって、ガンでも飛ばしてやろうとそいつを見た途端。
「………え、かわいい。」
ワンちゃんがいた。レインコート着て散歩してるワンちゃんがいた。かわいいワンちゃんだった。
いや、とてつもなくかわいい。本当にかわいい。目が合った瞬間、わたしはこの世の嫌なことを全て忘れかけた。それくらいかわいかった。
気が付けば、雨が止んでいた。ワンちゃんは去っていった。わたしはさっきまでの嫌な気分も忘れて、30メートル先のポストへ向かっていった。
9/27/2024, 12:50:03 PM