黒神

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6/8/2022, 12:47:06 PM

僕は人知れずひっそりと建っている教会へ足を運ぶ
その教会を見付けたのはいつだったか
もうその時には既に荒廃しきっていて
その中で壊れた天井から射し込む黄色い柔らかな光を浴びて
美しい金髪の青年は祈っていた
その横で僕も祈るのが今では日常となっている
そして一頻り祈った後2人で僕が持って来たパンを食べるのだ
「あなたはいつも何をそんな熱心に祈っているの?」
彼は悲しそうに笑った
「戦争に行ったきり帰って来ない友達が無事であるように、と」
僕は複雑な気持ちでいっぱいになった
戦争に行ったならもう……
「彼の生死も分かっていないんだ、死んでいるかもと僕も思う」
彼は俯いた
「でも生死が分からない以上僕は祈り続ける、また彼に会えるように」
そして僕達はまた祈る
僕は今までこの教会が好きでただ何となく通って
ただ何となく祈っていた
でも今は彼が友達と会えるようにと心から祈っている
ある日僕は聞いてみた
「友達ってどんな人?」
「僕より背が高くて力が強くて……」
そしてフッと笑った
「誰よりも優しかった」
彼は遠い目をして言った
「神がこの世にいるならきっと彼のような姿をしていると思う」
「いつ戦争に行ったの?」
「ずーっと前」
彼はもう何も言わなかった

翌日いつも通り教会へ行くと彼は泣きながら祈っていた
「もう彼とは会えないのでしょうか彼は……生きているのでしょうか」
僕はいたたまれなくなって彼に駆け寄り背中をさすった
「すまない……僕は彼に会った最後の日喧嘩をして……」
彼は嗚咽を漏らしながら言った
「どうしても仲直りしたいんだ、また彼と笑いたいんだ」
その時強風が吹き天井からパラパラと石が降ってきた
彼は僕の顔を凝視した
「君……その傷……」
僕は前髪をかきあげた
「これ? 何の傷か分からないんだ、気付いた時にはもうあって……」
そこまで言ったところで彼は再びボロボロと泣き始めた
僕には彼が何で泣いているのかわからず
ただあたふたとしている事しか出来なかった
しかし、次の瞬間彼が僕の額の傷に触れると……
「! ……これって……前世の……?」
この人生で経験していない筈の様々な記憶が溢れ出して来た
その中に彼がいた
「君だったんだね……僕は戦争に行って欲しくなくて……」
「そうだ、それで喧嘩して突き飛ばされて……」
彼は記憶の中の僕よりずっと小さな僕を抱き締めた
「ごめん、ごめんよ……僕はずっと後悔していたんだ」
彼の胸で彼と一緒になって僕は泣いた
「そんな前の事もう怒ってないよ、僕を思ってした事だろ?」
そして彼から離れ顔を見て言った
「寂しい思いをさせたね……僕は大丈夫だから、もう行きなよ」
彼は頷きもう一度僕を抱き締めた
「ありがとう」
彼は消えた
あの日と同じ黄色い柔らかな光の中に
僕はまた彼に会えますようにと最後の祈りを捧げた
そして彼との思い出の教会の思い扉に鍵をかけ近くの川へ投げた

数ヶ月後僕に弟が生まれた
美しい金髪の男の子だった
きっと彼だと直感で思った
「おかえり」
あの教会は崩れてしまってもう影も形も無い
あれはきっと僕達を再び会わせる為に
かろうじて姿を保っていた記憶の教会なのだろう
僕の頭の中にはあの教会で必死に祈る彼の姿が今でもある

Title¦閉ざされた教会

6/7/2022, 12:30:36 PM

神は死んだ
この世界は崩壊の一途をたどっている
僕の人生が終わるのも時間の問題だ
それでも僕はいつもの場所へ行く
住宅街の真ん中にある古びた無人の図書館
そこで君はいつも通り本を読んでいる
僕は本棚から適当な本を引っ張り出した
そして君の隣に座って本を開く
本なんか好きじゃないがこの静かな空間は好きだ
本を読むフリをして君の横顔を見詰める
何て幸せなんだろう
その内に君は最後のページを捲り終える
「あ、あの……何を読んでいたの?」
咄嗟に言葉が出た
君は驚いた顔をした
そして微笑む
「終わらない物語、でも読み終わったし……」
彼女は少し考えて言った
「そろそろ行かないとね」
「行くって……どこへ?」
君は僕へ視線を向けたまま真っ直ぐ上を指差した
そして今まで読んでいた本を真顔で僕に差し出した
「この本人気なの読んでみて」
僕は本を受け取った
「読み終わるまで棚に戻しちゃ駄目」
柔らかそうな君の顔が一瞬キッと僕を睨む
「手放したらもう見付からなくなるから」
そしてまた真顔に戻った
僕は本を見詰める
何の装飾も無い吸い込まれてしまいそうな程黒い本
「じゃあ、ね」
ハッとして顔を上げると君はもういなかった
僕はさっきまで君が座っていた椅子に座った
そして黒い滑らかな表紙を捲って――

……―――

一体どれだけの時間が経ったのだろう
本を閉じると声をかけられた
「何を読んでいたの?」
聞き覚えのある声にハッと顔を上げると君がいた
僕は思わず微笑んだ
君も微笑んだ
「終わらない物語、でも読み終わったから僕は行くよ」
そして君に本を渡す……のはやめた
「この世界はもう終わるんだ」
君は表情を変えず黙って僕を見ている
「僕と一緒に行かないか?」
僕が右手を差し出すと君はそっと左手を絡ませる
僕達は2人で図書館を出た
世界が赤く染まっていく
「どこへ行こうか」
分かりきった事を君に聞く
僕は幾度となく君がそうしたように
左手で真っ直ぐ上を指差した
隣を見ると君も右手で真っ直ぐ上を指差していた
さようなら世界
さようなら進まない時
僕は君と顔を見合わせ笑った
あの星空の上でまた会おう愛しい君よ

終わらない物語の永遠に続くかと思われた章がついに終わった
そしてまた人知れず物語を刻んでいく
終わらない物語を

Title¦世界の終わりに君と

6/4/2022, 11:14:44 AM

狭い部屋の片隅で僕は泣いた
震えて泣いた
癒えない傷が心を蝕む音が聞こえてきそうだった
恐怖という名の見えない針に心を貫かれて
この苦しみはいつまで続くのだろうと思った
僕はなんて駄目なやつなんだ
何故人間なんかになったんだ
そんな言葉ばかりが頭を巡る
この状況を打開するには……
駄目だ何も思い浮かばない
もう消えてしまいたい
僕が僕でなくなる前に
そうだ最期に迷惑かけてやりたい
大嫌いな人間に
そうして僕は包丁を隠し持って外出するようになった
でも僕にそんな勇気ある筈が無かった
だが諦める訳にはいかない
これが僕の使命だといつからかそう感じていた
居酒屋で安い酒を煽り
ぼーっ とする頭で
薄暗い路地裏に入ってきたやつらを刺した
飛び散る鮮血
静かな夜に響く呻き声
完璧だった
泣きたいような笑いたいような気持ちだ
恍惚の境地オルガズムの域
あぁ神様見てますか
僕は残酷ですね
でもあなたは僕に天罰を下す事が出来ない
何故なら僕は今から死ぬから
せいぜい後悔するんですね
僕をこの世に産み落とした事を

Title¦狭い部屋

6/3/2022, 12:02:23 PM

こんなはずではなかったと、何度思惟したことだろう。
田舎育ちの自分が老舗一流ホテルに就職できただけでも奇跡に近いのに、たった一度ヘルプに入った34階のレストランへ正式な異動を言い渡される日が来たなんて、晴天の霹靂すぎて全く頭か追いつかない。
天井から下がる金色のシャンデリアも、光沢を放つ純白のテーブルクロスも、銀食器も、平凡なドアマンとして勤めるだけでも精一杯の日々を送っていた庶民の僕には分不相応極まりなくて、そら恐ろしい。
何よりも苦手に思うのは満天の星……ではなく、地上の灯りだ。
途切れないテールランプも定期的に色を変える信号も、賑やかな看板や無表情な四角いビルの無数の窓も、みんなみんな、地球のエネルギーを不当に奪って煌めいているように思えてならない。
自分もそんなふうに生きていることに違いはないのだけれど、高所に上がらなければ普段は意識せずに済むことで……。
──あ。
夜景を見下ろす大きな窓に戸惑う彼が目に入ったのは、偶然だ。
不釣り合いな職務に困惑している僕だからこそ、彼の緊張を察することができたのだろう。
濃紺のスーツに細い身体を包んだ青年は僕と変わらぬ年頃に見える。
照明に透けそうな薄い茶色の髪は長く、首の後ろで束ねられて背に流れている。甘く整った顔立ち、白皙の肌。卓上に置いた両手の指が絡んだり解れたりしながら、誰かを待っている。
──綺麗なひと……。
そう思うと同時に、僕の背後で空気が揺らいだ。
こちらへ向いた青年の清廉な顔が大輪の花のように輝く。
僕を追越して彼のテーブルへと歩み寄ってゆく恋人へ、澄んだ眼差しが注がれていく。
──こんなはずでは。

何度も思惟したことをまた繰り返し、僕は刹那の一目惚れを飲み込んだ。

By.龍月
Title¦これは失恋の物語。はじまりは、星が輝くレストランにて。

6/2/2022, 10:27:37 AM

俺は明晰夢をみる事が出来る
だからいつも現実で言えない悩みを
夢の中で友達に聞いてもらう
友達は黙って俺の話を聞いてくれる
何もしてくれないけどそれだけで十分だ
現実のそいつの事は別に信用していない訳じゃない
ただ……こう……弱みを見せたくないんだ
だから今日も明晰夢で友達に悩みを話す

なぁ俺の悩みを聞いてくれよ
俺の悩みは悩みが無い事なんだ
贅沢な悩みだと思われるかも知れないが
悩みが無いのに辛くてしんどいんだ
悩みがあればそれを解決する事で楽になるかも知れない
でも俺は解決すべき悩みが無いんだ

友達は相槌を打ちながら俺の話を聞き
俺が話し終わるとにっこり笑った

「話せたじゃないか」

あぁやらかしてしまった
これは夢ではなく現実だ……
夢と現実の境が分からない僕は
現実で友達に悩みを打ち明けてしまった

結局悩みを話したからと言って何が変わるでもなかった
でも友達はいつも通り接してくれた
それでも辛くてしんどい気持ちは変わらない
この心臓が止まってしまえば楽になるのか
そう友達に相談した
現実で
友達は困った顔をした
俺は何もかもを投げ出したい気持ちになった

Title¦不安なこと、辛いこと。正直に、心のままに。

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