黒神

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神は死んだ
この世界は崩壊の一途をたどっている
僕の人生が終わるのも時間の問題だ
それでも僕はいつもの場所へ行く
住宅街の真ん中にある古びた無人の図書館
そこで君はいつも通り本を読んでいる
僕は本棚から適当な本を引っ張り出した
そして君の隣に座って本を開く
本なんか好きじゃないがこの静かな空間は好きだ
本を読むフリをして君の横顔を見詰める
何て幸せなんだろう
その内に君は最後のページを捲り終える
「あ、あの……何を読んでいたの?」
咄嗟に言葉が出た
君は驚いた顔をした
そして微笑む
「終わらない物語、でも読み終わったし……」
彼女は少し考えて言った
「そろそろ行かないとね」
「行くって……どこへ?」
君は僕へ視線を向けたまま真っ直ぐ上を指差した
そして今まで読んでいた本を真顔で僕に差し出した
「この本人気なの読んでみて」
僕は本を受け取った
「読み終わるまで棚に戻しちゃ駄目」
柔らかそうな君の顔が一瞬キッと僕を睨む
「手放したらもう見付からなくなるから」
そしてまた真顔に戻った
僕は本を見詰める
何の装飾も無い吸い込まれてしまいそうな程黒い本
「じゃあ、ね」
ハッとして顔を上げると君はもういなかった
僕はさっきまで君が座っていた椅子に座った
そして黒い滑らかな表紙を捲って――

……―――

一体どれだけの時間が経ったのだろう
本を閉じると声をかけられた
「何を読んでいたの?」
聞き覚えのある声にハッと顔を上げると君がいた
僕は思わず微笑んだ
君も微笑んだ
「終わらない物語、でも読み終わったから僕は行くよ」
そして君に本を渡す……のはやめた
「この世界はもう終わるんだ」
君は表情を変えず黙って僕を見ている
「僕と一緒に行かないか?」
僕が右手を差し出すと君はそっと左手を絡ませる
僕達は2人で図書館を出た
世界が赤く染まっていく
「どこへ行こうか」
分かりきった事を君に聞く
僕は幾度となく君がそうしたように
左手で真っ直ぐ上を指差した
隣を見ると君も右手で真っ直ぐ上を指差していた
さようなら世界
さようなら進まない時
僕は君と顔を見合わせ笑った
あの星空の上でまた会おう愛しい君よ

終わらない物語の永遠に続くかと思われた章がついに終わった
そしてまた人知れず物語を刻んでいく
終わらない物語を

Title¦世界の終わりに君と

6/7/2022, 12:30:36 PM