雪だるま

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7/25/2023, 11:31:37 PM


  “鳥かごの中、二羽の小鳥は仲睦まじく”



 女の部屋。枕を共にする若い男と年増の女。それを冷たくたぎった瞳でただ見る私。

─────

 一月ほど前、私のもとに男が連れられてきた。男はいかにも気の弱い、どうということのない青年であったが、彼をここまで伴ってきた親類は、ほとほと困り果てたというように、彼の精神薄弱と、それに基づく理解不能な言動を、これ見よがしに私に言って聞かせた。当の男はただ困ったように、私と親類の顔をおどおどと見比べるだけであった。男には─こういう場合にはよくあることに─神経過敏と鬱屈の所見が見られるといえば見られたが、それもとるに足らぬ程度であって、むしろ温情をかけてやればすぐに、こうして私のもとを訪ねる必要すらなくなるであろうと思われた。だが結局、私はこの男を引き受けた。親類ははなから男を厄介払いにする算段だったようで、私に多額の金を寄越すと喜び勇んで帰っていった。
 私はこのすこぶる健康で気の毒な男に、治療の名目で簡単な仕事を言いつけるようにした。男は私にどこまでも従順だった。私の家にいる狂女が、男に対してこれまでになく鮮やかな表情を見せた時でさえ─女はかつて自分を手酷く棄てた荒くれ者の面影を、この男に写していたようである─小遣いをやるから女の帯を解けと言えば、男はその通りにした。
 
 私は愛する女が若い男と一つになるのを目近で見るにつけ、至上の悦びを味わった。だが、旨味を味わい尽くした後に残るのは、身を焼く程の苦味であった。

 その日、いつものように愛をさえずりつがう二人の気付かぬうちに、私は一人激情にその身を焦がし、その愛の巣に火の手を廻した。

─────

鳥かごの中の鳥が死んでしまうと、そこにはただ限りない灰色の沈黙があるだけ。


(鳥かご)

7/23/2023, 8:56:31 PM

 野良猫の身体に花が一輪咲いている。
 見てはいけないものを見たような気がして、俺は足早にその場を後にした。







 帰宅して、妻から妊娠を告げられた。



(花咲いて)

7/21/2023, 2:29:45 AM

→すまん、思い付かなかったので別の話を。

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 家業を継ぐため、十数年ぶりに田舎に帰った。村の人たちは皆、俺を温かく迎え入れた。
「羊の子が帰ってきた、これでもう我々が禍に苦しめられることはない」

 昔、ガキの頃に来たきりの荒れ果てた寺の境内で、俺はただ一人その時を待つ。それが、先祖代々受け継がれている生業。長子を生贄とする代わりに、俺の家系は繁栄してきた。

 荒屋の外から、するする、という音が聞こえてくる……



 翌朝、村の者たちがかつて寺のあったあたりを見に行くと、真っ赤な花が一輪咲いていた。
「なんだ?」
「これは…失敗だな」
「いくら血筋といっても、都会にかぶれた者は所詮よそ者だな、駄目だなぁ…」
「まあまあ大丈夫だよ、次に上手くやれば、」

「「「生贄なんて、ほんとうは必要ないのだから」」」


(生業)

7/17/2023, 9:45:34 AM

 戦争が終わった。こちら側の惨敗だった。私と子供たちとは敵方の捕虜として数ヶ月収容所で過ごしたが、これまで散々当局の監視下で、戦争の道具として不自由な生活を強いられていたことを考えれば、さほど苦にはならなかった。その後、私と子供たちは自由を得た。

─────

 夫が天文学の世界で名を挙げ始めた頃、戦争が始まった。当局が自国の利益ばかり追い求めた末の、一方的な侵略が原因だった。
 これには普段温厚な夫も珍しく怒りをあらわにした。そして、他の多くの人々と同じように戦争には断固反対し、最初は当局の命令にも従わなかった。夫は何かから逃れるように、研究と天体観測に没頭した。

 夫の留守を狙って、当局の使いが家に踏み込んできた。夫が遠方から帰ってくる三日前。夕食の時間だった。子供たちは夫の帰りを待ち望み、話題はもっぱらそのことばかりだった。
 私は怯えて泣き叫ぶ子供たちと共に捕らえられ、牢につながれた。当局は夫の持つ発見と発明を戦争に利用するために、私たちを生かさず殺さず、人質として利用した。特別の厚待遇だった。

 夫が出頭してきた。私と子供たちは場所を移され、当局の徹底した管理の下、再び夫とともに暮らすこととなった。夫が自らの発明のほとんどを当局に提供したこと、今後は当局に忠誠を誓い、研究成果は全て当局に帰属させることを条件に、特別に認められたものであった。それほどまでに、当局は夫の技術を戦争に利用したがっていた。
 当局は、これは栄誉な事であると言った。だがこれ以降、夫の顔には常に苦悶の表情が浮かぶようになり、とかく鬱ぎこむようになった。子供たちは、時折ぎこちなく子供らしさを演じる以外には、皆聞き分けの良い、それでいて不幸せそうな様子を見せていた。そんな中で、私は努めて明るく振る舞った。それはかりそめの明るさだったが、無知な私にはそれしか出来なかった。

 「あの、これ、、、君が持っていてくれないか?」
 戦況が厳しくなってきた頃、夫が差し出してきたのは古ぼけた硝子細工の星座早見だった。現在、天文学の分野では何の価値もない代物だが、夫はこれを慈しみ、大切にしていた。
「僕にはもう、これを持っている資格はない。…近いうちに、僕は全てを終わりにしようと思う。僕はそのまま戻らないかもしれない。でも、どんなことがあっても、君と子供たちは決して死なせない。約束する。」

 敵方の猛攻による当局の混乱に乗じて、夫はただ一人、姿を消した。その後、敵方の奇襲が決定打となり、当局は降伏した。詳細は不明だが、奇襲には夫がただ一つ手許に残した天体観測のための技術が使われていたという。

─────

 収容所を出て空を見上げると、星が見えた。私は硝子細工の星座早見を天高く掲げた。

 子供たちが歓声を上げた。星が流れた。
「お父様は、あのお星様に乗って、お空を旅しておられるのね」
「きっといつかのお友達に、逢いに行かれたんだねぇ」


(終わりにしよう/空を見上げて心に浮かんだこと)

7/14/2023, 2:11:45 AM

 二人の男がいた。一人は裕福で、地位も名誉も権力もほしいままにし、そして傲慢だった。もう一人は貧しく、地位も名誉も権力もなく他人から蔑まれ、そして卑屈だった。
 二人は神に願った。なにもかも対照的な二人の願いは同じだった。
「           」
 神は二人が一心不乱に願う様子を黙って見ていた。そして、二人ともに罰を与えられた。

─────

「他人と自分を比較してはならない。人間は神様の手によって皆等しく創られている。他人と比べることで何か感情を抱くことは、神様への冒涜である」

 罰せられた男のうちの一人がいつか説いていた。たしかにその言葉は真実であったが、彼の不実な行為のために、彼の言葉を誰も信じようとはしなかった。


(優越感、劣等感)

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