雪だるま

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7/13/2023, 3:16:59 AM


 やっと。やっとだ。
父が研究のために使っていたという建物が分かった。まさか他人の家の地下室を勝手に使っていたなんて。私は、ある日突然姿を消した父の真意を知るために、暗闇の中に入っていった。
 不幸にも、地下室には父の全てが残っていた。だが、それは私の望んだものではなかった。

 一年前、友人と共に見たつまらない映画。私はその映画のシーンから、父の痕跡を見つけた。
 私は誰にも悟られないよう、時間をかけて着実に準備を進めてきた。そして、ついに真相にたどり着いたというのに。
 そこにあるのは、どこまでも凡庸な男の片割れだった。

 私は失望のうちに部屋を出た。そして、なにもかもがどうでも良くなった私は、これまでずっと探し求めていた父の幻影を追うのをやめ、帰路に着くことにしたのだった。


(これまでずっと)

7/11/2023, 4:17:07 AM

 目が覚めると、そこには見慣れた景色が転がっている。何の変哲もない、いつもの部屋。それでもどこか違和感が拭えず辺りを見回す。
…あいつがいない。ああ、出ていったんだな、と俺は思った。
 俺とあいつの関係は異常だった。あいつはいつも、自分の人生を生きたい、と言っていた。けれど俺と一緒にいる限り、その夢は叶わない。だから、あいつは出ていった。
 あいつが初めて自分でした選択は、俺に無償の愛を与えることだった。なんでよりによって俺だったのか。あいつにふさわしい奴なんて他にいくらでも居るだろうに。
 ま、それでもまだ遅くはない。次はお前にふさわしい男と出逢ってせいぜい幸せになってくれ。

…なんて、俺自身は幸せなんてものを少しも信じてないくせに、ついあいつの幸せを願ってしまう。
とりあえず、俺はあいつにふさわしくない男であり続けるために、今日も僅かな金だけを持ってパチンコに向かう。


(目が覚めると)

7/9/2023, 11:17:21 AM

〔閑話休題〕私の当たり前


 人間が愚かなのは当たり前。
 愛が奇跡を起こすのは当たり前。
 恋が心を狂わせるのは当たり前。
 純愛が美しいのは当たり前。
 相手の幸せをそっと祈るのは当たり前。
 日常を失ってからその幸せに気付くのは当たり前。
 恋愛にまつわる怪談がどこか耽美なのは当たり前。
 母親が子供のために強くなるのは当たり前。
 好奇心が身の破滅につながるのは当たり前。
 星が冷酷なのは当たり前。
 運命は結局自分次第、というのは当たり前。
 よく知られる美談の真実が実はそれほど美しくないのは当たり前。

 すべての物語が巡りめぐって一つになるのは当たり前。




これが、私の(物語の世界の)当たり前。

7/8/2023, 8:58:09 AM

 かささぎは毎年雨を降らせる。密かに思いを寄せる彼女に、あの下品な男を会わせたくないがために。

 しかし結局、男はやってくる。自分の魅力と、かささぎの自分に対する気持ちに気がついている彼女が、雨を止ませるようかささぎに迫るから。そしてかささぎは、それを拒否することができないから。

 男がやってくると、せめてふたりの姿が自分以外の誰にも見えないように、かささぎは再び激しい雨を降らせる。かささぎは自分の作った雨の帷の中で、ふたりがむつみあう姿を黙って見つめる。それがふたりを会わせる条件。いつかそう遠くない未来に、激情がこの身を亡ぼすであろうことを感じながら、かささぎは今年も、彼らの傍で。


(七夕)

7/6/2023, 6:58:23 AM


 星空を見上げる。そうすれば、地上のどんな苦しみも、どんな悲しみだって、癒やしてくれる。ぼくはそう信じていた。

 行方不明になっていた、友達のお父さんが死んだ。彼の乗る船が北の海に沈んだのだ。ぼくはそれを、新聞の片隅の小さな記事で知った。

 友人の家は、お父さんが行方不明になってからというもの、目に見えて生活が苦しくなっていた。友人は病気がちのお母さんに代わって、学校の合間に朝も夜も働かなくてはならなくなった。当然学校の勉強にも身が入らず、かつては誰より秀才だったことも、彼自身、忘れてしまっているようだった。彼は、いつかお父さんが帰ってくる、という微かな希望を頑なに信じた。彼の弱りきった繊細な心で、この不幸せな現実を生きていくためには、そうするしかなかったのだろう。

 あの新聞をぼくの家に届けたのは友人だった。彼は朝早くから新聞配りの仕事もしていた。
 だが、彼自身は父親の死を知らずにいた。彼には新聞を買うお金も、それを読む時間も無かったのだ!

 ぼくは、この残酷な真実を友人に伝えることが出来なかった。苦し紛れに夜空を見上げたが、星はぼくを嘲笑うように、冷たく輝いているだけだった。
 どうしようもない激情を胸にぼくは祈った。どうかあのかわいそうな友人に幸いを。彼の幸いのためならどんな犠牲をも厭わない、と。

─────

 星祭りの夜、ぼくは銀河に置き去りにされ、かわりに死んだはずの彼のお父さんは、生きて家に帰った。
 友人がそれを幸いと思ってくれるなら、ぼくにとってはそれが幸いだった。


(星空)

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