雪だるま

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7/5/2023, 2:44:44 AM

 俺は神様から、バラバラになった物語のカケラを集めるように、とのお告げを受けた。神様から毎日下される言葉の内容に合う物語を一つずつ探し出すことが俺の使命だった。

 神様の告げる言葉が何を意味しているのか、このカケラたちが一つに集まったとき、一体どんな物語が始まるというのか。

─それは、神様だけが知っている。


(神様だけが知っている)

7/4/2023, 2:31:09 AM

 私は再び旅に出ることにした。ここでの生活に不満があるわけではなかったが、目の前の道しるべに導かれるようにして、この地を後にした。
 旅を続けていると、不意に視界に入ってきたものがあった。もう何年も帰っていない、それでいて見慣れた実家だった。小さな庭に面した縁側に、盲目の老人が座っている─父は、誰かを待っているように見えた。

 道しるべは家を通りすぎて、ずっと向こうの方まで続いている。目を凝らして見てみたが、その行き着く先は分からなかった。
 私は少し逡巡して、おもむろにハサミを取り出した。かの地で出会った変わり者の友人に別れを告げに行ったとき、もしもの時のために、とその友人がくれたものだ。まさか本当に役に立つときが来るとは。私は目の前にのびる、いつか見たような糸を切った。

 この道の先に、もっと別の未来があったのだとしても、私は老いた父のもとに戻る決断をしたことを、決して悔いはしないだろう。

(この道の先に)

7/1/2023, 10:14:15 PM

「、っしょ、と…」

 窓際の椅子に座り、外を見るともなく眺めていると昔のことを思い出す。
 君と最期に会った日から、もう長い年月が過ぎた。あの頃の僕は、父がいなくなって生活も苦しく、自分はなんて不幸せだろう、と思い込んでいた。だが今になって、あの頃の僕がいかに幸いであったかが身に染みる。
 大人になった僕は父の跡を継がず、君の好きだった星を見て過ごした。そんな日々の中で、僕は多くの新たな発見をし、そのために色々なものを発明した。いつか再び、あの日銀河に消えた君に逢うため、研究に勤しむのは楽しかった。

 今、この国では空を見上げても星は見えない。窓越しに見えるのは、どこまでも続く温度のない灰色と、時折上がる焔の赤だけだ。私の心を満たしてくれるものは何もない。かつて私が発明したものは、そのほとんどが戦争に利用され、今では私の手を離れてしまった。愛する家族は私と共にここに軟禁され、私はそのために軍事開発に従事させられている。

 あの日君が持っていた星座早見は、今では何の役にも立たない過去の遺物と軽んじられている。その原因は他でもない、私の発見と発明だ。私が最先端の発明をする度に、君との思い出は静かに強く否定されていたのに、愚かな私は気付かなかった。やっと気が付いたときにはもう取り返しがつかなかった。

 あの日、君は命を懸けて僕の幸いを願ってくれた。でも僕はどうやら、幸いにはなれないようだ。

(窓越しに見えるのは)

7/1/2023, 3:18:10 AM

 赤い糸を見つけた。都会の雑踏の中では細い糸は目立たなかったが、私は一瞬でその糸に目を奪われ、気がつくと糸の続く方へと歩みを進めていた。
 赤い糸の続く先は長かった。私は糸に導かれるようにして歩き続けたが、それにしてもちょっと長すぎやしないか、と思うくらいには長かった。
 何度か心が折れそうになり、この度に自力で克服した。そんな経験が重なり、謎の無敵感に包まれながら歩みを進めていると、突然糸が途絶えた。赤い糸は、森の中の一本の木に結びつけられていた。
──え、何もないじゃん。

「その時は本気でそう思ったよね。でも、なんだかんだでそのままここで暮らすことになったんだ。ま、運命なんて、案外そんなものかもね。」


 人生に絶望して都会を彷徨っていた時に偶然見つけた赤茶けた糸を辿って行った先の立派なツリーハウスの住人は、そう言って笑った。

(赤い糸)

6/29/2023, 6:44:39 AM

これは、俺がまだガキだった頃の話。

当時、毎年夏になると近所の寺で怪談大会が開催されていた。町内の子供向けの催しで、内容は、宵の口にみんなで本堂に集まり、一人一話怪談話を披露するというごくありきたりなものだったが、それでもその頃の子供にとっては良い夏の娯楽となっていた。

ある夏のこと。その年は夏だというのに雨ばかりで妙に肌寒く、子供たちは折角の夏休みに退屈していた。だからみんな、いつにもましてこの怪談大会を楽しみにしていた。

大会当日。
集まった子供たちの話が粗方終わった後、毎年この催しを主催していた寺の住職が口を開いた。この住職は穏和で子供たちにも好かれていたが、反面非常に無口な人で、毎回この催しでも子供たちの話をにこにこと聞いているのみで、自ら進んで話をすることはこれまでなかった。
「みなさん、大変上手なお話でしたね。ここで一つ、私の知るお話をご披露いたしましょう。」
子供たちの目は一斉に輝いた。自分たちの拙い語りでもそこそこ楽しんでいたが、大人が語るとなればそれだけで、子供たちにとっては特別な意味を持った。

住職は語り始めた。
「あの夏も、今年と同じように雨ばかりが続いておりました……」

─────

寺の境内に、季節外れの紫陽花が一輪咲きました。─紫陽花は恋の花です。その寺では、恋も悪いものの一つと考えられておりましたから、境内に紫陽花などあるはずがありませんでした。
寺には立派な和尚がおりました。和尚は妖艶な紫陽花の花を見るなり、それを手折っておしまいになられました。
「ああ、なんてことを!」
下働きの若い男は、花が手折られた事を知って嘆き悲しみました。
「恋の若芽など、早めに摘み取ってしまうに限る。」
和尚はそううそぶきましたが、下男は納得しませんでした。
「恐れながら、万物には等しく生命が宿っております。たとえそれが、悪の道を生きるものであっても。悪道を断ち切ることは、それ即ち悪をのさばらせぬこと。根気よく正道を説き、悪の方に何ら禍根を遺さぬようにすることこそ何より大切と存じます。それはこの境内に咲いた紫陽花とて同じこと。場違いな花とは知りつつも、寛大な心で正しく手をかけてやればこそ、それは正しき道を知り、自らを律して他を害せず、我々の目を楽しませましょう。ですがそのような非道な仕打ち。たしかに地上では美しく穏やかにも見えましょうが、地中には禍根の根が残り、それはやがて大きく触手を広げて必ずや再び地上に姿を現しましょう。そしてその暁には瞬く間に地上に蔓延り、他の善きものを亡きものとし、あるいは見るもおぞましい修羅にその姿を変えて、我々を破滅に導くでしょう。」
和尚は怒り、下男を厳しく罰しました。
和尚がふと我に返ったとき、下男はすでに息をしていませんでした。
「ああ、なんてことを!」
実は、あの下男は和尚の一人息子でした。いずれ家督を継ぐために、父のもとで日夜勉強に励んでいたのでした。
和尚は自分のしたことを悔やみました。

その夜はひどい嵐になりました。
和尚は誰もいないお堂の中で一人、仏様に祈りを捧げましたが、どれだけ祈っても仏様は何も仰らず、ただ和尚を冷ややかに見つめておいででした。

どれほど祈ったでしょうか。
不意に衣擦れの音がしました。白装束を着た女が、静かに和尚の元に近づいて行きました。
「誰だ!」
「おや、よもやお忘れではございますまい。」
「!!…もう金輪際ここには姿を見せるなと申したはず、金も十分遣ったであろう」
和尚が怯えた声で言いかけましたが、女は落ち着いて言いました。
「紫陽花」
「あなたが常々下等と仰っていた花がなぜ、今ごろ、この寺に咲いたのでしょうねぇ。」
「なっ、…まさか、お前の仕業なのか?」
「いいえ、そんな滅相もない。」
「嘘だ!」
「嘘じゃございません。あの花は、あの方の私に対する思いの結晶。私の与り知らぬところで勝手に咲いた花ですわ。」
「ふざけるな!お前は私の息子と密通しておったのだろう!」
女は静かにため息をついて言いました。
「…因果なものね。あなたは夜毎私をここに呼びつけ、果ては私の腹に子種までこさえたというのに花の一つも咲くことはなく、対してその度に顔を合わすだけ、二三言葉を交わすだけだったあの方は見事に花を咲かせたわ。真っ白な可憐な花を、庭一面に。」
「フン、その花なら今朝方私が摘み取ってしまった。もう花は咲くまい。」
とたんに、女は恐ろしい笑い声をあげました。その顔は、人間のものではありませんでした。
「ああ、なんという愚かな男だろう!あなたはあの方の純粋で繊細な思いをあのように手打ちにされた。そんなあなたが、よもやご自分だけ責苦を味わうことなく済まされるなどと思いめさるな。あなたに手酷く打たれたものは、あなたの気のつかぬうちに、きっと根を張っているはずです。」
その時、一際大きな雷鳴が轟きました。立派なお堂は大きく身震いし、一目では分からぬほどの小さな裂け目が出来ました。やがて雷鳴の響きが治まるとどこからか、するする、という小さな音が聞こえてきました。そして、裂け目から細く小さな草が入ってきたかと思うと、一瞬でお堂の壁を緑が埋め尽くしました。
呆気にとられて身動きがとれない和尚の首に、蔓が巻き付きました。苦しむ和尚が思わずその場に倒れ伏すと、草が和尚の身体を包み込みました。
和尚の身体の辺りに、いつしか一輪の紫陽花が咲いていました。しかしそれは青い不気味な色で、和尚の手折った花とは比べ物にならない程醜いものでした。

しばらくして、母は腹の子を産み落としました。お堂の中にはもう、紫陽花も和尚もありませんでした……。

─────

「私は、全てを知るこのお堂の仏様の寛大な御加護と無言のお赦しとによって今まで生きながらえてきました。しかし、それもこれまでのようです。
─さあ、早くお帰りなさい。みなさんのことは、これからもきっと仏様が守って下さるだろう。家に辿り着くまで、決して振り向いてはならない─」





数日後。雨の中寺に行ってみると、本堂の面影は見る影もなく、今にも崩れそうな廃屋になっていた。境内には一面に季節外れの紫陽花が、色とりどりに咲き乱れていた。


(夏)

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