戦争が終わった。こちら側の惨敗だった。私と子供たちとは敵方の捕虜として数ヶ月収容所で過ごしたが、これまで散々当局の監視下で、戦争の道具として不自由な生活を強いられていたことを考えれば、さほど苦にはならなかった。その後、私と子供たちは自由を得た。
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夫が天文学の世界で名を挙げ始めた頃、戦争が始まった。当局が自国の利益ばかり追い求めた末の、一方的な侵略が原因だった。
これには普段温厚な夫も珍しく怒りをあらわにした。そして、他の多くの人々と同じように戦争には断固反対し、最初は当局の命令にも従わなかった。夫は何かから逃れるように、研究と天体観測に没頭した。
夫の留守を狙って、当局の使いが家に踏み込んできた。夫が遠方から帰ってくる三日前。夕食の時間だった。子供たちは夫の帰りを待ち望み、話題はもっぱらそのことばかりだった。
私は怯えて泣き叫ぶ子供たちと共に捕らえられ、牢につながれた。当局は夫の持つ発見と発明を戦争に利用するために、私たちを生かさず殺さず、人質として利用した。特別の厚待遇だった。
夫が出頭してきた。私と子供たちは場所を移され、当局の徹底した管理の下、再び夫とともに暮らすこととなった。夫が自らの発明のほとんどを当局に提供したこと、今後は当局に忠誠を誓い、研究成果は全て当局に帰属させることを条件に、特別に認められたものであった。それほどまでに、当局は夫の技術を戦争に利用したがっていた。
当局は、これは栄誉な事であると言った。だがこれ以降、夫の顔には常に苦悶の表情が浮かぶようになり、とかく鬱ぎこむようになった。子供たちは、時折ぎこちなく子供らしさを演じる以外には、皆聞き分けの良い、それでいて不幸せそうな様子を見せていた。そんな中で、私は努めて明るく振る舞った。それはかりそめの明るさだったが、無知な私にはそれしか出来なかった。
「あの、これ、、、君が持っていてくれないか?」
戦況が厳しくなってきた頃、夫が差し出してきたのは古ぼけた硝子細工の星座早見だった。現在、天文学の分野では何の価値もない代物だが、夫はこれを慈しみ、大切にしていた。
「僕にはもう、これを持っている資格はない。…近いうちに、僕は全てを終わりにしようと思う。僕はそのまま戻らないかもしれない。でも、どんなことがあっても、君と子供たちは決して死なせない。約束する。」
敵方の猛攻による当局の混乱に乗じて、夫はただ一人、姿を消した。その後、敵方の奇襲が決定打となり、当局は降伏した。詳細は不明だが、奇襲には夫がただ一つ手許に残した天体観測のための技術が使われていたという。
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収容所を出て空を見上げると、星が見えた。私は硝子細工の星座早見を天高く掲げた。
子供たちが歓声を上げた。星が流れた。
「お父様は、あのお星様に乗って、お空を旅しておられるのね」
「きっといつかのお友達に、逢いに行かれたんだねぇ」
(終わりにしよう/空を見上げて心に浮かんだこと)
二人の男がいた。一人は裕福で、地位も名誉も権力もほしいままにし、そして傲慢だった。もう一人は貧しく、地位も名誉も権力もなく他人から蔑まれ、そして卑屈だった。
二人は神に願った。なにもかも対照的な二人の願いは同じだった。
「 」
神は二人が一心不乱に願う様子を黙って見ていた。そして、二人ともに罰を与えられた。
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「他人と自分を比較してはならない。人間は神様の手によって皆等しく創られている。他人と比べることで何か感情を抱くことは、神様への冒涜である」
罰せられた男のうちの一人がいつか説いていた。たしかにその言葉は真実であったが、彼の不実な行為のために、彼の言葉を誰も信じようとはしなかった。
(優越感、劣等感)
やっと。やっとだ。
父が研究のために使っていたという建物が分かった。まさか他人の家の地下室を勝手に使っていたなんて。私は、ある日突然姿を消した父の真意を知るために、暗闇の中に入っていった。
不幸にも、地下室には父の全てが残っていた。だが、それは私の望んだものではなかった。
一年前、友人と共に見たつまらない映画。私はその映画のシーンから、父の痕跡を見つけた。
私は誰にも悟られないよう、時間をかけて着実に準備を進めてきた。そして、ついに真相にたどり着いたというのに。
そこにあるのは、どこまでも凡庸な男の片割れだった。
私は失望のうちに部屋を出た。そして、なにもかもがどうでも良くなった私は、これまでずっと探し求めていた父の幻影を追うのをやめ、帰路に着くことにしたのだった。
(これまでずっと)
目が覚めると、そこには見慣れた景色が転がっている。何の変哲もない、いつもの部屋。それでもどこか違和感が拭えず辺りを見回す。
…あいつがいない。ああ、出ていったんだな、と俺は思った。
俺とあいつの関係は異常だった。あいつはいつも、自分の人生を生きたい、と言っていた。けれど俺と一緒にいる限り、その夢は叶わない。だから、あいつは出ていった。
あいつが初めて自分でした選択は、俺に無償の愛を与えることだった。なんでよりによって俺だったのか。あいつにふさわしい奴なんて他にいくらでも居るだろうに。
ま、それでもまだ遅くはない。次はお前にふさわしい男と出逢ってせいぜい幸せになってくれ。
…なんて、俺自身は幸せなんてものを少しも信じてないくせに、ついあいつの幸せを願ってしまう。
とりあえず、俺はあいつにふさわしくない男であり続けるために、今日も僅かな金だけを持ってパチンコに向かう。
(目が覚めると)
〔閑話休題〕私の当たり前
人間が愚かなのは当たり前。
愛が奇跡を起こすのは当たり前。
恋が心を狂わせるのは当たり前。
純愛が美しいのは当たり前。
相手の幸せをそっと祈るのは当たり前。
日常を失ってからその幸せに気付くのは当たり前。
恋愛にまつわる怪談がどこか耽美なのは当たり前。
母親が子供のために強くなるのは当たり前。
好奇心が身の破滅につながるのは当たり前。
星が冷酷なのは当たり前。
運命は結局自分次第、というのは当たり前。
よく知られる美談の真実が実はそれほど美しくないのは当たり前。
すべての物語が巡りめぐって一つになるのは当たり前。
これが、私の(物語の世界の)当たり前。