かささぎは毎年雨を降らせる。密かに思いを寄せる彼女に、あの下品な男を会わせたくないがために。
しかし結局、男はやってくる。自分の魅力と、かささぎの自分に対する気持ちに気がついている彼女が、雨を止ませるようかささぎに迫るから。そしてかささぎは、それを拒否することができないから。
男がやってくると、せめてふたりの姿が自分以外の誰にも見えないように、かささぎは再び激しい雨を降らせる。かささぎは自分の作った雨の帷の中で、ふたりがむつみあう姿を黙って見つめる。それがふたりを会わせる条件。いつかそう遠くない未来に、激情がこの身を亡ぼすであろうことを感じながら、かささぎは今年も、彼らの傍で。
(七夕)
星空を見上げる。そうすれば、地上のどんな苦しみも、どんな悲しみだって、癒やしてくれる。ぼくはそう信じていた。
行方不明になっていた、友達のお父さんが死んだ。彼の乗る船が北の海に沈んだのだ。ぼくはそれを、新聞の片隅の小さな記事で知った。
友人の家は、お父さんが行方不明になってからというもの、目に見えて生活が苦しくなっていた。友人は病気がちのお母さんに代わって、学校の合間に朝も夜も働かなくてはならなくなった。当然学校の勉強にも身が入らず、かつては誰より秀才だったことも、彼自身、忘れてしまっているようだった。彼は、いつかお父さんが帰ってくる、という微かな希望を頑なに信じた。彼の弱りきった繊細な心で、この不幸せな現実を生きていくためには、そうするしかなかったのだろう。
あの新聞をぼくの家に届けたのは友人だった。彼は朝早くから新聞配りの仕事もしていた。
だが、彼自身は父親の死を知らずにいた。彼には新聞を買うお金も、それを読む時間も無かったのだ!
ぼくは、この残酷な真実を友人に伝えることが出来なかった。苦し紛れに夜空を見上げたが、星はぼくを嘲笑うように、冷たく輝いているだけだった。
どうしようもない激情を胸にぼくは祈った。どうかあのかわいそうな友人に幸いを。彼の幸いのためならどんな犠牲をも厭わない、と。
─────
星祭りの夜、ぼくは銀河に置き去りにされ、かわりに死んだはずの彼のお父さんは、生きて家に帰った。
友人がそれを幸いと思ってくれるなら、ぼくにとってはそれが幸いだった。
(星空)
俺は神様から、バラバラになった物語のカケラを集めるように、とのお告げを受けた。神様から毎日下される言葉の内容に合う物語を一つずつ探し出すことが俺の使命だった。
神様の告げる言葉が何を意味しているのか、このカケラたちが一つに集まったとき、一体どんな物語が始まるというのか。
─それは、神様だけが知っている。
(神様だけが知っている)
私は再び旅に出ることにした。ここでの生活に不満があるわけではなかったが、目の前の道しるべに導かれるようにして、この地を後にした。
旅を続けていると、不意に視界に入ってきたものがあった。もう何年も帰っていない、それでいて見慣れた実家だった。小さな庭に面した縁側に、盲目の老人が座っている─父は、誰かを待っているように見えた。
道しるべは家を通りすぎて、ずっと向こうの方まで続いている。目を凝らして見てみたが、その行き着く先は分からなかった。
私は少し逡巡して、おもむろにハサミを取り出した。かの地で出会った変わり者の友人に別れを告げに行ったとき、もしもの時のために、とその友人がくれたものだ。まさか本当に役に立つときが来るとは。私は目の前にのびる、いつか見たような糸を切った。
この道の先に、もっと別の未来があったのだとしても、私は老いた父のもとに戻る決断をしたことを、決して悔いはしないだろう。
(この道の先に)
「、っしょ、と…」
窓際の椅子に座り、外を見るともなく眺めていると昔のことを思い出す。
君と最期に会った日から、もう長い年月が過ぎた。あの頃の僕は、父がいなくなって生活も苦しく、自分はなんて不幸せだろう、と思い込んでいた。だが今になって、あの頃の僕がいかに幸いであったかが身に染みる。
大人になった僕は父の跡を継がず、君の好きだった星を見て過ごした。そんな日々の中で、僕は多くの新たな発見をし、そのために色々なものを発明した。いつか再び、あの日銀河に消えた君に逢うため、研究に勤しむのは楽しかった。
今、この国では空を見上げても星は見えない。窓越しに見えるのは、どこまでも続く温度のない灰色と、時折上がる焔の赤だけだ。私の心を満たしてくれるものは何もない。かつて私が発明したものは、そのほとんどが戦争に利用され、今では私の手を離れてしまった。愛する家族は私と共にここに軟禁され、私はそのために軍事開発に従事させられている。
あの日君が持っていた星座早見は、今では何の役にも立たない過去の遺物と軽んじられている。その原因は他でもない、私の発見と発明だ。私が最先端の発明をする度に、君との思い出は静かに強く否定されていたのに、愚かな私は気付かなかった。やっと気が付いたときにはもう取り返しがつかなかった。
あの日、君は命を懸けて僕の幸いを願ってくれた。でも僕はどうやら、幸いにはなれないようだ。
(窓越しに見えるのは)