『蓋をする』
「これでいいんだよ、こういう運命だったんだ」
この言葉を聞いた彼の顔が歪む。顔を横に振った彼の目から涙が零れた。
……彼の涙なんて初めて見た。でもやっぱりあんまり見たくはないかな。
大丈夫だよの意味も込めて私は彼に微笑みを向けた。
「さぁ!さぁ!!ひと思いにやってしまいましょう!彼女の悪しき魂を解放してあげるのです!!」
耳障りな声が聞こえた。…これが最後に聞く言葉とか嫌だなぁ……。
彼の右手が、刃が上がる。私に狙いを定めて。
もう一度彼の目を見た。彼の瞳に映る私は酷い顔をしていて、思わず笑ってしまいそうだった。……これが私の最期か。
私は込み上げてくる恐怖と涙に蓋をするように目を閉じた。
「…バイバイ」
最後に見た彼の顔を、瞳を思い出しながら、私は彼の刃を受け入れた。
【君の目を見つめると】
『あなたがいない平和』
ほぅと息を吐き出すと、白い煙が出る。寒いと小さく呟き、マフラーに顔を埋めた。空を見上げると星が綺麗に輝いていた。
「…今日も来たよ」
そう言って冷たい墓石を撫でた。
ここには彼女が眠っている。……俺が、俺自身が手にかけてしまった彼女が。
「全部、全部終わったよ。平和な世の中になった」
「嬉しいだろ?」と問いかけても返事が帰ってくることはない。
唇を噛み締める。
「こんな平和な世の中になったのに……お前がいないと意味ないよ……っ…」
冷たい風が俺の髪を揺らした。
【星空の下で】
『運命を受け入れて』
「頼む…!逃げてくれ…!!」
体が言うことを聞かない。進みたくないのに、一歩、また一歩と近づいていく。後ろでケラケラと笑っている声が本当に耳障りだった。
ついに彼女の元に辿りついてしまった。手が勝手に上がり、彼女の喉元に刃を突きつけてしまう。言葉も封じられたのか、口から出るのは重い息だけだった。
刃を突きつけられて目を見開いていた彼女は、軽く息を吐いて俺の顔を見上げた。彼女の手が俺の頬を撫でる。
「これでいいんだよ、こういう運命だったんだ」
嫌だと言う代わりに首を横に振った。その拍子に目から涙が零れる。そんな俺に彼女はただ微笑むだけだった。
「さぁ!さぁ!!ひと思いにやってしまいましょう!彼女の悪しき魂を解放してあげるのです!!」
耳障りな声と共に俺の右手も持ち上がる。彼女が受け入れるように目を閉じた。
「…バイバイ」
彼女の体から赤い花弁が散った。
【それでいい】
【1つだけ】
『救うのは』
「どうしたんだ?」
優しく名前を呼ぶと、彼は振り返った。
「先生……」
振り返った彼の目には涙。……視線を下に向けると、倒れている人の姿が。ピクリとも動かないその人はもう冷たくなっていることだろう。
「先生…俺、救えなかった……。俺は…みんなを、みんなを助けなきゃいけないのに……」
虚ろな目でそう呟く彼の元に歩み寄り、そっと抱きしめた。「先生…?」と困惑している彼の頭を優しく撫でる。
「お前は優しいから、責任を感じてしまうんだよな。でも、俺らはヒーローじゃない。だから皆を救おうとしなくていいんだ」
「でも……」
彼の目から零れた涙を拭う。
「お前が救いたいと思った人を救え」
「救いたいと思った人を…?」
「あぁ。それぐらいしたってバチは当たらないさ」
すこし考え込んでいた彼がゆるりと目を細めて、俺の背に腕を回した。
「うん…俺、救いたいと思った人を救うようにするよ。ありがとう、先生」
腕に力が込められて少し苦しかったが、離してくれる気配がないのでそのまま身を委ねることにした。
「先生……俺の、俺だけの先生……」
嫌な重さを含む彼の声は、闇に溶けていった。
【大切なもの】