『知らなければ……』
「こんばんは」
「…こんばんは」
ガサガサと草むらが揺れた方向に声をかける。姿を表した彼も同じように挨拶を返してくれた。
ずる賢い大人も凶暴な動物も、みんな寝静まった夜。屋敷から抜け出して彼と会うのが、長年の私の日課になっていた。もうかれこれ5年以上続いているだろうか。
立ったままの彼をベンチの隣に誘う。
「ねぇ、今日はどんなお話をしてくれるの?」
「そうだな、今日は…」
隣に座った彼は、いつものようにお話を聞かせてくれる。彼の話はいつも面白い。彼が話しているのはおとぎ話なのか、それとも彼の経験談なのか…それを聞くといつもはぐらかされてしまう。
私は彼のことを何も知らない。5年以上一緒にいるのにだ。それを聞いたら彼がいなくなってしまいそうだから、何も聞けなかった。でも、5年以上一緒にいるのだ。私も何も思わないわけではない。聞いてみたいという思いがどんどん強くなっていった。だから……今夜聞いてみようと思う。
「……そうして彼は相棒と再開することが出来ました。めでたしめでたし。どう?面白かった?」
彼がいつものように手をパチンと合わせる。それは彼がいつも行う、話の終わりの合図だった。
「うん!とっても面白かったよ!……ねぇ、1つ聞いてもいい?」
「うん?どうした?」
2人の間に風が吹く。草が触れ合う音だけが響いた。
「…貴方はどこの誰なの?どうして毎晩私と会ってくれるの?」
「2つ聞いてるじゃないか。……聞いても後悔しない?」
それまで笑っていた彼の顔が真剣なものになる。その眼差しに唾を飲み込みながら強く頷いた。
彼はふっと息を吐き出すと、指をパチンと鳴らした。彼の服装が一瞬で変わり、纏う雰囲気も変わった。彼の目が私を貫く。
「俺は隣の国の騎士だよ。……君の敵だ」
【もっと知りたい】
『物語の始まり』
朝起きて、ご飯を食べる。会社でも特にトラブルもなく、まっすぐに帰路に着く。夜ご飯と1日のご褒美のお菓子をちょっと食べて寝る。これが私のいつもの日常。今日もこの平穏な日常を過ごす……はずだった。
公園に人が倒れている。
それは帰り道の途中にある公園で、ふと何となく公園を見たら茂みから人間の手が見えた。おそるおそる近づくと19歳くらいの男の子が倒れていた。悲鳴をあげなかった自分を褒めて欲しい。
男の子がうぅんと小さく唸り声を上げた。
「だ、大丈夫ですか?」
控えめに声をかけ、肩を揺すってみる。男の子はパチリと目を開けてこちらを見た。
「…誰?」
「こっちが聞きたいわ!」と叫びたいのを我慢する。なにか答えようと口を開いたところで、ぐぅぅ〜と巨大な音が近くから聞こえてきた。それは男の子の腹の虫だったらしく、男の子は手をお腹に当てて呟く。
「お腹空いた……」
そこで私は、今日特売だからといって買いすぎたお肉の存在を思い出した。
「良かったら、家でご飯食べる?」
そう言って買い物袋を少し揺らすと、彼の目が輝いた。
「食べる!!」
この出会いが私の運命を大きく変えることになるとは思いもしなかった。
【平穏な日常】
【愛と平和を守る者】
「待って」
引き止めるために出した言葉は思ったよりも震えていた。
「本当に行っちゃうの?」
彼が振り返る。
「うん、行くよ。これは俺にしか出来ないことだから」
そんなことない!貴方以外でも出来るはず!だから、行かないで……
そんなことを言うつもりだった。貴方に死んでほしくなかったから。でも彼の目に宿っている決意を見ると、そんな言葉たちはするすると私の体の中を下って行った。
私は深く息を吸い、呼吸を整える。
「……そっか。うん、貴方なら出来るよ。誰よりも、愛と平和を望む貴方なら」
涙が滲む。それでも私は笑顔を作り続けた。
「待ってるから!ずっと、ずっと…」
滲んでいる視界の中でも、彼が笑うのが分かった。眉を下げて、目をふっと細める。私が大好きな笑い方だった。
「ありがとう」
そう言い残して彼は歩いていった。この地球を救うために。
涙を滲ませたまま見上げた空は今までにないほど、綺麗な色をしていた。
【愛と平和】
『もう戻れない』
目の前には銀色のアタッシュケース。その中には鈍い光を持った銃が入っている。
数日前、黒いスーツを着た男が目の前に現れた。不審がる私にその男は「君の両親の知り合いだ」と名乗って、このアタッシュケースを渡してきたのだ。「君は運命から逃れられない」そう言ってその男は去っていった。
その後に両親の遺品を漁り、その組織のことを知った。…そして、両親がその組織に殺されたことも。
だから私は、その組織に入ることにした。両親の仇を取るために。
銃を手に取る。ズッシリとした重みが手に乗った。その重みに、これから待ち受ける現実に手が震えたが銃ごと強く握り、震えを抑える。
……これで私はもう元には戻れない。
目の端にとある写真が映った。近寄って手に取ってみる。そこには無邪気に笑う私と幼なじみの彼が写っていた。
脳裏に今までの思い出が蘇る。
「バイバイ…いい警察官になるんだよ……」
そう呟き、写真を伏せた。
【過ぎ去った日々】
『転生しよう』
はぁと大きくため息をつく。だが、その音を拾うものは誰もいない。
妻と娘は出ていった。お金に執着する私に愛想を尽かして。
私に残ったのは、大量のお金と自分の利益のことしか考えない薄汚い大人たちだけだった。
「ハハ…!失って初めて気付くとはなぁ…」
呆れて笑いが出てくる。
ひとしきり笑ったあと、手に取ったのは愛用してる銃だった。
その時足元で「ニャン」と鳴き声がした。見ると、愛猫がこちらを見上げていた。昔と変わらないその黄色い目に、ふっと口角が上がる。
「お前ともこれでお別れか…」
そう言い頭を撫でるともう一度「ニャン」と鳴いた。それはまるで「またな」と言っているようにも感じた。
銃口をこめかみに当てる。今までの思い出が頭に蘇る。
…良い人生だとは言えなかった。だから、次は……
「人を愛せるような人になりたいなぁ……」
1人の男が倒れるのを、たった1匹の猫だけが見ていた。
【お金より大事なもの】