『届くことのない言葉』
ビルの屋上だからか、風が強く感じる。風になびく髪を押さえ、目線を動かす。屋上の端、パラペットと呼ばれる所に彼は座っていた。
近寄り、声をかけてみる。
「こんばんは」
彼が振り返る。その顔が少し歪められていて、思わずくすりと笑ってしまった。
彼の隣まで歩き、ビルの下を見下ろす。そこには、怪物と戦っているあの子がいた。物陰に隠れて心配そうに見ている彼女も。
「助けなくていいの?」
そう彼に問うと、彼は見てろと言わんばかりに顔を動かした。
そのまま見守っていると、あの子は新しい力を手に入れ怪物に勝ち、彼女の手を引っ張って扉に消えてしまった。
思わずヒューと口笛を鳴らす。
「勝っちゃった…さっすが」
彼を見ると、嬉しそうに口角を上げていた。
「なになに〜?教え子が強くなって嬉しいの?」
うりうり〜と彼のほっぺをつつくと、「辞めろ」と手を払われた。
そのまま彼は立ち上がり、後ろへと歩いて行ってしまった。私も慌てて立ち上がる。
「もう帰っちゃうの?」
彼はその問いには答えてくれず、ふっと消えてしまった。
「はぁ〜」
大きくため息を着いて、フェンスに寄りかかる。体重がかかり、カシャンと音を立てた。空を見上げると、月が淡い光を放ちながら綺麗に輝いていた。
「月が綺麗ですね」
無意識に口から漏れた言葉に、ハハと乾いた笑いが出る。絶対にこんな言葉、彼に届くはずないのに……。
空に浮かぶ月を目に焼き付けて、私は意識を閉じた。
【月夜】
『見える絆と見えない絆』
「…ほんとーに凄いよね」
「ん?なんだ?」と首を傾げる彼は本当に何もわかっていなさそうで、ため息がでる。
「あんたとあいつのことよ。目だけで会話出来るって…めっちゃ凄いじゃん。目には見えない絆ってやつ?」
「あぁ…俺とあいつは相棒だからな」
さらりととんでもないことを言う彼。
相棒だからといってそこまで出来るものなのか…?
そう悶々と考えていると、彼がこちらに寄ってきた。
「もしかして、嫉妬か?」
「は、はぁ!?」
ニヤニヤと笑っている彼に「そ、そんな訳ないでしょ!」と言い返す。
でも、全くしていないとは言えなかった。彼と一緒にいる時間は私の方が多いはずなのに私には出来ないから。
むむむと眉を寄せる私に彼は頭を撫でた。
「俺達には目に見える絆があるだろ」
手袋を外した彼の薬指には輝く銀色の指輪。私の薬指にも同じものが嵌められている。
彼はそれを愛おしそうに撫でた。
「目に見えない物も大切にしなきゃいけない。だけど、目に見えるものはもっと大切にしなきゃだろ?」
そう言って太陽みたいに笑う彼を見て、心がほわっと暖かくなる。そうだ、彼はいつも安心させてくれる言葉をかけてくれる。
私は「そうだね」と言い、彼と同じように薬指の指輪を撫でた。
【絆】
『酔い潰れるまで話をしよう』
帰ってきた彼が「あぁ〜」と唸り声を上げ、ソファに倒れ込む。そんな彼の頭を撫でると、ちらりと目線がこちらに向いた。
「おかえり」
「ただいま」
「ご飯どうする?」と聞くと「食べる…」と言いのそのそと体を起こした。そんな彼の手を引き、ダイニングテーブルまで引っ張る。
ダイニングテーブルに乗っている料理を見て彼が目を輝かせた。
「お、おぉ!!どうしたんだこれ!?」
「ふふん、頑張っちゃいました」
そう彼に向かってピースをする。
テーブルの上には、彼の好きな料理が所狭しと置かれている。全部…とは言えないが、頑張って手作りしたのだ。
「今日なんかの記念日だったっけ?」
「ううん。…でも、何か大きなこと成し遂げたんでしょ?」
彼の目が大きく見開かれた。彼からは何も聞かされていないが、彼に何か大きな起こったんだろう。最近、雰囲気が変わったように思える。
それを伝えると、彼は眉を下げながら頭をガシガシと搔く。
「うわ〜、やっぱわかっちゃうのか〜…」
「ふふ、何年の付き合いだと思ってんのよ」
そう言って椅子に座る。料理のいい匂いが鼻をくすぐった。
「よかったら聞かせてよ。たまにはお酒でも飲んでさ」
机に置いてあったワインのボトルを揺らす。彼がニッと笑った。
「おう!聞かせてやるよ、俺の活躍!」
グラスとグラスを合わせて、宴の開始の合図をした。
【たまには】
『どうか気付かないでね』
「あのね…ついに私付き合うことになりました…!」
頬を赤く染めた彼女がそう告白する。周りがおぉ〜!と沸き立つ。
「ついに!?ついにやったのね!?」
「ねね、どっちから告白したの?!」
「彼の方から…」
その言葉を聞き、更に盛り上がる二人。キャッキャッと盛り上がっている二人から目線を外し、彼女の方を見ると目が合った。
「おめでとう」
「ありがとう」
私がお祝いの言葉を口にすると、彼女は嬉しそうにふんわりと笑う。その笑顔にこちらも笑顔になる。
「あ、そうだ。これあげる」
そう言って私は彼女の手にプレゼントを置く。彼女はそれを見て目を輝かせた。
「わぁ!ヘアピンだ!可愛い!」
「ありがとう!」と笑う彼女。「これ何のお花?」と首を傾げる彼女の髪がサラリと揺れた。
「ローズマリーだよ。可愛いでしょ。借して、付けてあげる」
そう言って彼女からヘアピンを受け取り、髪につけた。鏡を見た彼女は頬を緩ませると私に問う。
「ねぇどう?可愛い?」
「うん、可愛い」
「えへへ、ありがとう」
そう笑う彼女は世界一可愛かった。だからこそ、私は痛む胸を無視して笑顔を作る。
「本当に可愛いよ」
ローズマリー=変わらぬ愛、私を思って
【大好きな君に】
『ひなまつり』
「うぅ〜疲れた〜!」
そう言ってぐぐと腕を上に伸ばす彼。そんな彼に「お疲れ様」と言い、カフェオレを渡した。「ありがとう!」と受け取った彼は缶の暖かさに頬を緩め、プルタブを開ける。カシュっという音が響いた。
「それにしてもこの頃あの人形を飾ってくれっていう依頼多いよね。なんでだろ?」
「あぁ、きっともうすぐひなまつりが近いからだよ」
「ひなまつり?」
そう首を傾げる彼。彼にひなまつりがどういうものかを説明する。説明を聞いた彼の目が輝いた。
「そっか!女の子の幸せと成長を願う日なんだ!素敵なお祭りだね!」
そう言って笑う彼につられてこちらも笑顔が顔に浮かぶ。素敵なものを素敵、と素直に言えるのが実に彼らしい。
私は笑顔を顔に浮かべたまま彼に提案する。
「ひなまつりにしか食べれないお菓子があるんだけどさ、どう?これからスーパー寄って買っていかない?」
「うん!行く!」
パァっと目を輝かせた彼は「早く行こう!」と駆け出していく。そんな彼に少し吹き出し、私も同じように駆け出した。
【ひなまつり】