『希望を背負う妹』
階段を一つ一つ降りる度に、コツコツと靴が音を奏でる。階段を降りきると、目の前には真っ黒い扉。扉の向こうからは女性の声と男性の声が聞こえる。
私は一つ深呼吸をし、ドアノブに手をかけた。
「失礼致します」
中に入り、その声と共にお辞儀をする。「顔を上げて」という声を聞き、頭をあげた。部屋にはやはり、私が仕える主と最近仲間になった男がいた。二人で何を話していたのだろうか。…私にそれを知ることは出来ない。
主の目線が私に向く。
「どうしたの?」
「あの子が目覚めたようです。たった今報せがありました」
私のその言葉に二人とも息を飲んだ。
「…そう……」
ほぅと息を吐いた主は窓へと歩く。その窓から見える景色を見ながら目を細めた。
「ようやく…ようやく貴方に会えるのね……」
背筋がゾクッとする。愛情溢れる優しい声色だったが、私にはそれがなんだか怖かった。
主の視線がもう一度、私に向いた。
「迎えに行ってあげて。あの子は私たちの希望……丁重に扱うのよ」
「かしこまりました」
先程とは違う、威圧感のある声でそう言われる。もう一度頭を下げ、部屋を後にした。
バタンと閉まった扉に寄りかかり、息を吐き出す。あの空間は空気が重く息がしずらかった。私は首にかけてあるロケットペンダントを見る。
……一刻も早く、あの子を助けにいかないと。
「もうすぐお姉ちゃんが行くから……待っててね」
そう呟き、妹の写真が入ったロケットペンダントをそっと握りしめた。
【たった1つの希望】
『独占欲』
ベッドで眠っている彼女を見る。
最初はただ見守っているだけで良かった。君の笑顔が見れるなら、それだけで満足だった…はずなんだ。何時しか君の笑顔を見る度に、胸に黒いドロドロとした感情が溢れてくるようになった。傍にいてほしい、俺にその笑顔を向けて欲しい、……俺以外にその笑顔を向けないで欲しい。
それを初めて自覚した時、びっくりしたよ。他人にこんな感情抱くのは初めてだったから。でも、1度自覚したらもうダメだった。君を独り占めしたいという感情が日に日に強くなって俺の中で暴れ回る。
だから…今日、実行することにした。眠っている彼女の頬を撫でる。赤い月の光が俺たちを歓迎しているようだった。
「すまない…俺と一緒に行こう」
その夜、1人の女性が消えた
【欲望】
【遠くの街へ】
『イマジナリーフレンド』
「ただいまー!」
玄関の扉を開ける。靴を脱ぐ時間ももどかしく、適当に放り出し自分の部屋へと駆けた。
自分の部屋のドアノブを回す。勢いよく扉を開け、声を張る。
「先生!」
自分が思っているよりも高い声が出た。そんなに心が弾んでいるのだろうか。そんなことを冷静に分析する自分もいる。
窓の外を見ていた先生はゆっくりとこちらを振り返る。目を細めて優しく俺の名を呼んだ。それだけで胸がドキドキと高鳴る。
先生と一緒にベッドに腰掛ける。
「おかえり、今日はどうだった?」
俺の顔を見ながら先生はそう優しく問う。俺は今日あったことを身振り手振りしながら話をした。先生は優しい顔のまま、うんうんと頷きながら聞いてくれる。
「今日も頑張ったな、えらいぞ」
毎回、俺の話が全部終わると先生はそう言い俺の頭を撫でてくれる。俺はその時間が好きだった。先生が俺だけを見てくれるから。
俺は頭にある先生の手の暖かさに甘えるようにすり寄よった。
ーー
「…お兄ちゃん」
開けっ放しの扉からお兄ちゃんの部屋を見る。お兄ちゃんはベッドに座り、誰かと話しているようだった。私が名前を呼んでも反応しない。ただ、誰もいない空間に話しかけているだけだった。
お兄ちゃんは変わってしまった。あの日から人が変わってしまったように仕事人間になってしまい、虚ろな目で毎日を過ごしていた。ただ、ある時を境にまた笑顔を見せるようになった。最初は安心したのだが、お兄ちゃんは何処にいる時も誰かと話しているようになってしまった。私たちには見えない、誰かと。明確には聞いていないが、お兄ちゃんが話しているのはあの人だろう。……もうこの世にはいない、お兄ちゃんの先生だった人。あの人が亡くなった時お兄ちゃんは酷くショックを受けて、何も出来なくなってしまった程だ。それほど、お兄ちゃんにとって大切な人だったのだろう。
「……お兄ちゃん…!」
少し声を大きくし、もう一度呼びかける。しかし、お兄ちゃんには聞こえていないみたいだった。こちらには向かず、頬を染めて小さい子のような笑みを浮かべている。……あの人に対してはそんな顔するんだね。
家族なのに声が届かない、そんなもどかしさが募っていく。
【現実逃避】
『夢でしか会えない』
チチチチと鳥の鳴き声が聞こえる。もう朝か……と思いながら目を開けた。まだ覚醒してない頭で、もう少し寝ていたいとぼんやり考える。布団の暖かさに甘えてもう一度寝ようと寝返りを打った。
目に入ってきた景色に目を丸くする。至近距離の彼の顔があったのだ。すうすうと穏やかに寝息を立てて寝ている。少しでも動いたら唇と唇がくっついてしまいそうだ。そんな息遣いが分かるほど彼との距離が近いことに色んな感情が溢れ出してきた。
「う、うわぁ!」
叫び声を上げながら後ろに後ずさる。俺の動きのせいで掛け布団が大幅に乱れた。ベッドから落ちそうになり、肝が冷える。よく見ればそのベッドも俺が普段使っている物とは違った。
俺の叫び声のせいか、布団の暖かさを失ったせいか、彼がゆっくりと目を開ける。目を丸くして凝視している俺に向かって彼は寝ぼけ眼のまま「おはよう」と微笑んだ。寝起き特有なのかいつもより低い声も、目を細めて笑う顔も、知らないことだらけで頭が混乱する。と同時に胸が高鳴った。自分でもわかるくらいに顔が熱くなる。
体を起こして大きく伸びをしている彼が俺を見て可笑しそうに吹き出した。
「どうした、顔真っ赤だぞ?」
「え!?」
頬を押さえる俺を見て更に笑う彼。そんなに笑われるとなんだか恥ずかしかった。
笑い終えたらしい彼がベッドから立ちあがる。
「今日の朝ごはん当番は俺だったよな。その布団、ちゃんと直しておけよ」
そう言い、彼は扉に向かう。声をかける前に扉の奥に行ってしまった。
「まっ、待って!」
彼を追いかけるように扉を開ける。眩しい光が目を差した。思わず目を瞑る。
ーー
「っ!」
大きく息を吸い、目を覚ます。まず目に入ったのは見慣れた木の天井だった。周りを見渡しても目に映るのは、いつもの自分の部屋の景色だ。
「夢、だったのか…?」
夢の彼を掴もうとした手を見つめていると、記憶が溢れてきた。
疲労感にまみれる自分の体、荒い息遣い。そして、傷だらけで地面に倒れている彼。
「あぁ…そうだ……」
彼の命の灯火が消えるのを俺は目の前で見た。
「ふ、ふふ」と口から笑いが漏れる。彼が敵になったとしてもこれが俺の本心なのだ。
ーもう彼はこの世にいない。
「俺が、殺したんだもんなぁ……」
壁に寄りかかり、目を閉じる。
目を閉じれば、夢の彼にまた会える気がした。
【君は今】