『違う温度』
はぁとため息が口から漏れる。物憂げな空と同じく、私の気分も晴れなかった。いつもより上手くまとまらない髪を指に巻き付けながら口を開く。
「なに、何の用?」
そう問いかけながら振り返ると、予想通り彼が立っていた。目を見開いていたが、直ぐに苦虫を噛み潰したような顔に変わって思わず笑ってしまう。
「あら、どうしたの?そんな顔して?」
「……別に」
そう拗ねたように顔を背ける彼に益々笑いがこみ上げてくる。そんな空気を正すように、彼は咳払いをした。
「……あいつがついに力に目覚めた」
その言葉に、髪を巻き付けていた指が止まる。指から髪がするすると解けていった。
「そう…あの子が……」
恐れていたことが起きてしまった。今はまだ大丈夫かもしれない。でも特別な力を持ったあの子が暴走なんてしたら……
そんな最悪のケースを考えこんでいると、いつの間にか彼が隣に来ていた。彼にそっと手を取られる。彼の手は私の手より暖かく、私の手にじんわりと熱が移っていくようだった。
「俺と一緒に来ないか」
彼の目はいつになく真剣だった。その目から逃げるように目線を外す。無意識に噛んでいた唇を緩め、息を吐き出した。
「…ごめん、私は私のやり方であの子を見守るから」
そう言い、繋がれていた手を外す。
彼は少しの間のあと「わかった」と言い、くるりと踵を返した。彼の白いコートも一緒にふわりと翻る。コツコツと足音を鳴らして去っていったかと思えば、すぐにその足音は止まった。
「……必ず後で迎えに行く。それまでに心の準備をしておけ」
その言葉に急いで彼の方を振り返るが、そこにもう彼はいなかった。
私は先程まで繋がっていた手を見つめ、無くなった温度を取り戻すように手を握った。
【物憂げな空】
『姉の覚悟』
「姉ちゃん」
その声に振り返る。そこには虚ろな目をした弟が立っていた。
「どうしたの?」
弟は重い物を吐き出すように口を開いた。
「母さんはどうして俺を…俺たちを殺したの?」
その言葉に息が詰まった。弟の目線は私の後ろに移動する。私もそれを追いかけた。
私たちの目線の先には眠っている妹が。すやすやと可愛い寝息をたてながらベッドに横たわっている。私はその顔についている涙の跡を撫でながら弟の質問に答える。
「さぁ、ね。私もわかんない。ただ……あの言葉はお母さんの本心じゃないかなとは思ってる」
「俺たちはいらない子だったってこと……?」
ハッと息を飲んだ弟が悲痛な声を出す。自分で言ったもののその言葉に頷くのは辛い。
弟の顔は悲痛に歪められていた。絶望の色に染まった目からは今にも涙が零れ落ちそうだった。
「おいで」
そう声をかけ、両腕を広げる。弟はよろよろと歩きながら私の体に収まった。その頭を撫でてあげると、弟の嗚咽が聞こえてきた。
……私が、守らないと。この子達を。
弟を抱きしめてる腕に、より一層力を込めた。
ーこれは小さな命たちの始まりの物語
【小さな命】
『月が綺麗じゃ足りない』
ゲホゲホと大きく咳が出る。口を覆った手を見ると、ベッタリと赤い血が着いていた。
風が吹き、煙が流れる。煙の中から出てきた先生は酷い怪我を負っていた。近寄ってみるも、先生はもうか細く息をしているだけだった。
「先生…」
地面に横たわっている先生を抱える。先生の虚ろな目がこちらを見た。先生の指が俺の服を掴む。
「あれを…使うのは、もう、辞めろ……。お前が……壊れて、しまう……」
先生は途切れ途切れになりながらもそう言った。だが、それが最後の力だったのだろう。先生の目は閉じられ、俺の服を掴んでいた指も地面に落ちてしまった。
「先生…」
目から涙が溢れる。先生の名を呼んでももう見てくれることはないし、答えてもくれない。その事実が俺にとても重くのしかかる。
先生の頬を撫でる。今までずっと触れたくて触れたくてしょうがなかった。
「ようやく、貴方に触れることが出来た…」
昔、"I love you"を遠回しな言葉で表現した人がいるらしい。だが、俺はそんな遠回しな言葉より直接的な言葉で伝えたい。俺の、気持ちを。
「I love you…
貴方のことを愛しています。ずっと、ずっと」
2人の影が重なるのを見る者は誰もいなかった。
【Love you】
『太陽みたいなあなた』
甲高く金属がぶつかり合っている音が響く。もう何分、何十分戦っているのだろうか。攻めて守って、また攻めて…の繰り返しだった。
武器を振り下ろしたが、相手も武器でガードされた。力を込めてもダメそうだったので、反発の力を利用して後ろに跳ぶ。
しかし、その判断がダメだった。跳んでいる間に距離を詰められ、私の体はいつの間にか床に横たわっていた。武器を突き立てる男はニヒルに笑った。
「勝負ありだな」
悔しくて思わず舌打ちが出る。
「…殺すなら早く殺して」
目の前の男にそう告げると、男は何故か武器をしまい、空いた手を私に差し出してきた。
「…なに、何のつもり?」
「俺はあんたを殺すつもりはない。助けたいんだ」
「助ける…?」
そう私が聞き返すと男は深く頷いた。私はその手を取る……ことはせず、払い除けた。
「巫山戯ないで!私はあなた達の敵よ!?そんな言葉信用できるわけないでしょ!!」
男は真っ直ぐ私の目を見て話し始める。
「君は悪い人じゃない。人を襲ってないのが何よりの証拠だ。そうだろう?
だから、助けたいと思ったんだ」
「さぁ、この手を取って」ともう一度手が差し出される。その時、建物の隙間から太陽の光が漏れ出た。それは彼の周りに降り注ぎ、まるで彼に後光が差してるみたいだった。
ハハ、と乾いた笑いが口から漏れ出る。
「だから嫌いなんだよ。太陽みたいなあんたが」
いつまでも暗闇にしか入れない自分と、いつも仲間に囲まれてお日様の下で楽しく暮らせる彼。漏れ出した光はそのことを象徴しているみたいだった。
【太陽のような】
『ゲームリセット』
ふっと目を開ける。目の前には見慣れた景色が広がっていた。歩いているおじさんに、笑顔で話している女性2人組。……うん、いつも通りだ。何も間違いがない。
そんなことを考えていると後ろから名前を呼ばれた。振り返ると、眩しいほどの笑顔を携えた彼がいた。片手をひらひらと上げて、こちらに歩み寄ってくる。
「久しぶりだな!」
「うん、そうだね。久しぶり。仕事はどう?やっぱり大変?」
「あぁ、やることが多すぎだよ……」
ぶつぶつと文句を言う彼。だが、「それでも、やりがいがある仕事だよ」と前向きな方向に持っていけるのが彼の凄いところだ。
「そっか」
「ところでお前はどうしたんだ?こんなところで。まーた、服屋巡りか?お金が飛ぶからやめろって何度も……」
「ううん、違うよ」
彼の言葉を遮って否定する。私にしては珍しい行動に彼が驚いたような顔をする。
「今日でこの世界ともさよならだから最後に見納めでもしようかなって思って。……ま、でもどうせまた景色は同じなんだしもういいかなー」
「…は?な、なに言ってんだよ……」
彼の顔が困惑の色、一色に染まる。彼が本気で困っているところを見るのは初めてで、場違いだけれどもすこし感動してしまうほどだった。
「この世界ともさよならって……あ!この街から出て行かなきゃいけないってことか?なんだよ、大袈裟な言い方…」
「ううん、本当にこの世界とさよならなんだよ。もうこの世界消えちゃうの」
「は?」
彼の顔が困惑から別の感情に変わっていく。それが怒りなのか、不安なのか、悲しみなのかはわからない。
「どういうことだよ、もっとちゃんと説明を…!」
「ごめんね、もう決まったことだから。……また、0から仲良くしようね」
彼が「おい!」とこちらに手を伸ばして来るの見ながら瞼を閉じる。彼の手が触れる前に私の目の前は真っ暗になった。
・ゲームをリセットしますか?
→はい
いいえ
【0からの】