『守るために』
ハッと目が覚める。何の夢を見ていたか思い出せないが…何か嫌な夢だった気がする。額に薄っすらと汗をかいていることがわかった。
それにしても……ここはどこ?
私の目に映るのは、見慣れない天井だった。ひとまず状況を整理しようと体を起こす。
「なに、これ…!?」
私の手足にはそれぞれ手錠と足枷が付けられていた。動く度にそれはジャラジャラと音を立てる。外そうとしてみるもビクともしない。
どうしよう、と考えていると部屋の扉が開いた。
「起きたか」
「あんたは……」
入ってきたのは、私のよく知る男だった。
「もうあの時みたいに"先輩"とは呼んでくれないんだな」
「組織を、私たちを裏切ったあんたにそう呼ぶわけないだろ…!」
キッと目の前の男を睨むが、男は気にしてないようにため息をつくだけだった。
「死にかけたお前を助けたのは俺なんだがな」
体を見ると確かに怪我を負った場所には包帯が巻かれていた。
そう、私は任務の最中だった。しかし敵の攻撃を受けて大きな怪我を負ってしまった。なんとか敵の前から姿をくらましたが、逃げている最中に意識を失ってしまったのだ。……そういえば気を失う前、誰かに支えられた気がする。それがこの男だったのか。
「…それについては感謝する。だが、これはなんだ」
そういい手を少し上げる。重さと同時にジャラという音もついてきた。
「お前にはここにいてもらう必要があるからな。逃げないようにする為につけているだけだ」
「ここに…?なんでだ?」
彼は私を見るだけで何も言わない。
「死にかけた可愛い後輩に同情か?……巫山戯るな。私には任務がある。それを遂行しなければいけない。だからこれを外せ」
私の言葉を聞いた彼が眉を寄せた。
「…そんなに任務が大事か。あの組織は…」
「わかってる!」
彼の言葉を遮り、声をあげる。聞きたくなかった……いや、正確に言うと彼の口からその言葉を聞きたくなかった。
「わかってるよ!あの組織がやっていることも、私たちのことを捨て駒としか思ってないことも!」
荒ぶる私と対象に彼は冷静だった。
「それでも、それでも私は良かった!」
「そのせいで死んだとしてもか」
「あぁ!いい!それで死ねるなら本望だ!」
そう言い切った瞬間彼に胸ぐらを掴まれた。彼の体重がかかり、体がベットに戻る。
逆光のせいか彼の瞳には光がなく、真っ黒だった。初めて見る彼の顔に背筋が凍りつく。
「…巫山戯るな、そんなことはさせない」
彼がそう呟いたかと思うと、急に私と彼の距離がゼロになった。いきなり近づいてきた彼に驚き目をつぶってしまったが、息のしずらさを感じ目を開けるとすぐそこに彼の顔があった。彼の髪が私の顔に当たる。
「…は…っ……」
離れていく彼の顔を見ながら息を吐き出す。
なに…今の……?
いきなりの出来事に頭が追いつかない。そう考えている間にも彼は真っ黒な瞳を携えたまま私を見下ろすだけだった。もう一度彼の顔が近づいてくるかと思ったら、部屋に声が響いた。聞こえたのは女の人の声で、優しく、けれども、どこか冷たさがある声で彼の名前を呼んだ。
「そろそろあいつらが来ます。貴方も早く準備を」
その声を聞いた彼は私から手を離し、「了解」と短く返事をした。彼の顔を盗み見ると先程までの陰りはもうなく、どこかホッとした。
「じゃあ、行ってくる。…おやすみ、いい夢を」
彼は私の頬をするりと撫でると部屋から去っていった。彼の姿が見えなくなり、何か逃げる方法はないかと部屋を見回すが、突如ぐらりと目の前が歪んだ。頭がぼーっとして、強烈な眠気が襲ってくる。
なんで…まさか、何か盛られた…?
そう考える間もなく、私の体はまたベットに倒れた。
【同情】
『来ることのない待ち人』
まず最初に感じたのは、"熱い"だった。
その後すぐに痛みが来た。尋常じゃない痛みに、地面に膝をつく。必死に呼吸をするが、痛みは増すばかりだった。
すぐ近くでカチリという音がした。見ずともわかる。銃の弾をセットしたのだろう。
「終わりだ」
仲間の呼ぶ声がする。回らない頭でも死が近いていることがわかった。しかし、そんな時でも思い出すのは彼女の顔だった。
あぁ…そういえば今日は約束をしていた日だったな。怒るだろうなぁ……。
涙が1粒地面に落ちた。
「約束、守れなくて、ごめん……」
ーー
鳥が大きい音を立てて羽ばたいた。びっくりして窓に目を向ける。
羽ばたいていく鳥の後ろ姿と、ひらひらと落ちる枯葉が目に映った。その葉が最後の1枚だったのだろう、外にある大きな木は寂しい姿へとなっていた。
それらから目線を外し、携帯を手に取る。1時間も前に送ったメールには、返信どころか既読すらついていなかった。
小さくため息をつく。
「遅いなぁ…どうしたんだろ……」
変にざわつく胸を誤魔化すように、カップの中のコーヒーを飲んだ。
【枯葉】
『私の可愛い眷属』
アロマなのだろうか、部屋にはラベンダーのような花の香りが漂っていた。その香りを嗅ぐたびにに体の力が抜け、眠気が襲ってくる。
「あら、もう日付が変わるのね」
その声に導かれるように時計を見ると、針は11時50分を指していた。
女性は準備が終わったのか、長いスカートを持ち、私の目の前に立った。私は椅子に座っているので、必然的に彼女を見上げることになる。
「さぁ、準備が終わったわ」
彼女が指輪を嵌める。
「彼の為にこれまでの自分を捨てるだなんて随分思い切ったわね」
そう面白そうに言う彼女を少し睨でしまったのは仕方がないことだろう。「まぁ怖い」とクスクス笑う彼女は全く怖がってなどいなかった。
「早くしてください。時間がないんです」
「わかっているわ。
…最後の確認よ。私たちの仲間になると今までの生活には絶対に戻れない。それでも本当に悔いは無い?」
「ない」
そう言い切った私に彼女はゆるりと目を細めて「そう」と嬉しそうな声を出した。
「じゃあ、目をつぶって。今日までの自分にさよならをしましょう」
彼女の言葉通り目をつぶる。彼女の指先が私の額に触れた感触がした。時計がボーンと鳴ると同時に、私の意識は暗い闇へと呑まれていった。
最後に聞こえたのは彼女のクスクスと笑う声だった。
「さぁ、起きて。私の____」
【今日にさよなら】
『お気に入りのあの子』
「それでな、あの子めっちゃ強いんやで。いやぁ、成長が楽しみやわぁ」
そう言って笑う彼女。手に持ってるグラスの中の氷がカランと揺れた。
私がふーん、と返事をすると彼女は唇を尖らせた。
「なんや、そんな興味無さそうに」
「そんなことないですけど」
そう言って、手元のお酒を口に入れる。炭酸故の刺激が喉を通った。
どうやら彼女は最近、お気に入りの子を見つけたらしい。その子はとても楽しそうにバトルをし、かつ、とても強いらしい。
私も以前その子のバトルを見てきた。彼女が気に入るのはどんな子か気になったのだ。結果からいうと衝撃を受けた。私は基本的にバトルが苦手だが、その子のするバトルはとてもワクワクした。楽しそうに戦う彼女から目が離せなかった。
だから……彼女が気に入るのも分かった。
「だって、私もあの子のバトルを見てきましたから。とても面白いですよね。あの子」
「…はぁ!?」
少しの間を置いて、彼女が大きい声を上げた。うるさいですよ、と注意をすれば大人しく席に座り直したが、顔は顰めたままだ。
「あのバトル嫌いなあんたが!?バトルを見て面白いと思ったんか!?」
「嫌いだなんて。苦手なだけです」
「同じやろ」
「違います」
彼女ははぁ〜と大きいため息をつくと机に突っ伏してぶつぶつを何かを言い始めた。
これは酔ってると確信し、私は店員さんにお冷を頼んだ。
「うちのバトル見ても、何も感じなかった癖に……」
彼女がこちらを恨めしそうな目で見ていることには気づかなかった。
【お気に入り】
『旅立ちの目的は』
「ボクは、ダメだった」
目の前にいる彼はそうポツリと呟く。何時もの堂々とした姿はどこにもなく、ただ、小さい頭がそこにあった。
「誰も傷つかない、理想の世界を創りたいだなんて大事言っておいて、あの男に操られていただけだなんて……。本当にバカだったよ」
ハハと乾いた笑いが短く部屋に響いた。彼の足元にいる子が心配そうに彼を見上げ、くぅんと小さく鳴く。
私は彼の名を呼んだ。彼の瞳が私に向けられる。
「私はそうは思いません」
彼の方へ歩み寄り、手を握った。彼の手は冷たかった。
「貴方様がこの世界を良くしようと、誰よりも努力していたことを私は知っています。貴方様がバカなど、絶対に有り得ません。全ては騙していたあいつが悪いのです」
「…元はと言え雇い主だった人をあいつ呼ばわり?」
「えぇ、私はあいつがずっと嫌いでしたから」
「ふふ、なにそれ」
彼が笑ってくれたことに安堵し、名前を呼び更に話を続ける。
「私と旅に出ましょう。世界は広いです。私たちが知らないことがまだまだ沢山ある。それを知ってから、世界を創るのも悪くないでしょう?」
彼は少し考えるように目を閉じた後、うんと頷いた。
「そうだね、キミと一緒の旅なら得られるものが沢山ありそうだ」
そう何時もの笑みを浮かべる彼を見て、私もふふと笑った。
あぁ、やっと私が好きな貴方が戻ってきてくれた。
【誰よりも】