※「おまえ、一人なの?」の続きです。
「おまえ、何してんの?」
綺麗だと思った。透き通るような白銀色の髪も、アメジストのような紫色の瞳も、少し日に焼けたような褐色の肌も。びゅん!と風が吹き、羽織った赤色がふわりと宙を舞う。目に映るすべてを目に焼き付けようと感覚を研ぎ澄ませていれば、彼から先の言葉が飛んできた。
「何してんのって…特に何もしていませんが」
言葉を反芻して思考を巡らせてみるが、思い当たる節はない。ぱちり、ぱちりと何度か瞬きをして口に出した。が、彼はそれが気に入らなかったらしい。顔をこれでもかと顰めた…かと思えば今度はため息をついて呆れたように言った。
「そうだった、おまえはそういうヤツだったよな…」
本当に表情豊かな人である。今まで彼を見てきたからこそ思うのもあるが、この一瞬だけでここまで百面相できる人は早々いないだろう。そんな彼から贈られた言葉なので先の発言は褒め言葉だと受け取っておくことにする。
「いいか、よく聞けバカ女」
「はい、何です?」
「こんなとこまでノコノコと馬鹿正直に着いて来るヤツなんかいねーんだよ、このアホ!」
※前回の続きです。
彼が死んだ、死んでしまった。もういない、いなくなってしまった。なぜ、なぜ死んだ? 私だ、私が。私が、彼を。殺した、殺してしまったんだ。
「あは、はは」
彼が傍にいるようになってから、私は変われたと思っていた。無情で、無感情で、無関心で。機械のように冷徹だった私。もうどこにもいないと思っていた。少しだっていい、彼のような優しくて温かみのある人間になれたと思っていた。それは単なる私の思い込みだった。
彼が死ぬことを知ってたのに、黙っていた。救おうとしなかった私は無情だ。
彼が死んだのに、悲しいとも思わない。ただ罪悪感に苛まれているだけの私はただの自分勝手。無感情だ。
彼がいつ、どこで、どんな風に死ぬのか。関心がなかった。知ろうとしなかった。私は無関心なのだ。
死んでもいいと思っているんでしょ、どうでもいいと思っているんでしょ、彼のこと。彼が死んだのは私のせい。私が何もしなかったから、彼は死んだ。彼のことを想えていないから、死んだ。死ぬ時のストッパーにすらなれないの、私は。だってそうでしょ? 彼のことを、ちゃんと愛せていなかったんだから。
「───」
『──どうしてこんなにも世界は理不尽なのか』
※またまた違う世界の話です。
パァァン!!!
銃声が鳴り響く。視線を高くし、見上げたビルの屋上は全くといっていいほど見えなくて。何が起こったかなんて見えていないけれど、私は知っているのだ。そこで何が起きたのか、それが何を意味するのか。その光景は、私が目指していたものとは異なっていて。それは、私が迎えたくなかった未来が現実になったことを示唆していて。
全身に力が入らない。かたりと硬い何かが地面にぶつかる音がした。胸の前でスマホを握りしめていた手は既に宙をさまよう。立っているのか座っているのかさえも分からない。がくんと目線が下がる。それでもなお、私の視線はビルの屋上に注がれていた。
あぁ、あぁ。何もできなかった。なんにもならなかった。全てを知っていたのに。全て分かっていたのに。救えなかった、守れなかった。彼は私を救ってくれたのに。あぁどうして。私の生きた意味って。生きる意味って。何なんだろう。ねぇ神様。私が生まれた意味は、死ぬはずのなかった彼を救うためではなかったの?
*
なんの変哲もない人間だった。どこにでもいるようなアニオタ、漫画好き。世間一般のオタクと違うのは、財布の紐が固かったことだろうか。金銭的投資はしない。その代わり費やした時間は他の人よりも多いという自信だけはなぜかあった。時は金なり、まさに私はそういう考え方だった。愛=お金ではない。金銭的余裕がなくともその人に愛情があれば傍にいようと思える、支えようと思えるはず。要は使った金額よりも、経過した時間が大事なのだ。私は少なくともそう信じていた。だから両親が離婚したのはただただ愛がなかっただけなのだと思っているし、実際にそうだったと思う。可愛がられた記憶なんて一片もない。名前を呼んでもらった数、頭を撫でてもらった数、抱きしめてもらった数。それらは中学生だった頃、片手に収まるほどだった。異常なことには薄々…というかはっきりと分かっていたし、周りから私に向けられる同情の目にも小学生中学年のうちには気付いていた。片親なんてかわいそう、貧乏なんて苦労するわね。配慮のない視線からみんなが思っていることは大体分かった。私は両親にすら愛されなかった、貧乏で可哀想な娘。生きてる意味なんてないかも、と自嘲気味に心の中で笑っていた、高校からの帰り道。飛び出してきたトラックに轢かれ、あっさり死んだ。
二度目の人生。覚えていないが、記憶があるのは中学の卒業式からだ。あっさり系のイメケンになぜか告白されていた。私が。なぜ、どうしてと少し混乱したものの、顔を見て理解した。あぁ、ここはかの有名な世界なんですかと。目の前にいた彼はいずれ警察学校に入り、卒業し、公安に配属され、潜入捜査中に命を落としてしまうのだ。貯金が少ない中、原作を必死で集めて読んだ覚えがある。有名な作品だったから学校の図書館にも何十冊かあったのが救いだった。流石に中学生に原作全部買えというのは鬼畜というものだ。
閑題休話。それから、私は彼の告白を何だかんだで受けてしまい、現在に至る。告白を受けた謎については多分一生解明できる気がしない。まぁそれはそれでいい、と思っている。だが。それは私が彼に対してメリットになることをした場合についてのみ適応される。私は、今それをしなければならなかった。彼の命を救うことで、彼からもらったものを返さなければならなかった。なのに出来なかった。知っていたはずの未来を変えられなかったを彼が生きていたであろうこれからを奪ってしまった。どうする?どうする?どうすれば…私は……。
そこまで考えてハッとする。私、いつの間にこんなに贅沢な人間になっていたんだろう。どうして、私が生きることを考える?彼が生きていればそれで良かったんじゃないのか。自己中、我儘。傲慢、怠惰。そうだ、私は本当は生きてちゃいけない人間だった。
ぴしり、ぴしり。
今まで保っていた何かが壊れる音がした。
『貴方と歩いた道。それは私が歩いてはいけなかった道』
※これまでとは全く違う、別の世界のお話です。
「おまえ、一人なの?」
拾ってやろーか。そう言った目の前の男は、地面にへたりこんだ私の目線の高さに合わせてニヒルに笑った。風が吹き、辺りが騒めく。シルバーグレーの髪はさらさらと揺れ、耳に飾られた赤い札はカラカラと音を立てる。不思議と怖さはなかった。知らないものばかりで、寧ろワクワクしていた。名前は?年齢は?好きなものは?耳にぶら下がってるそれはなぁに?私は差し出された手を握った。
───────
─────
───
──
─
ピピピピ、ピピピピ、ピッ。
「ん…んぅ………」
うるさい目覚ましの音で意識が浮上する。なんだかとても懐かしい夢を見た気がする。大人びた口調、まだ幼さの残った顔、声変わりしきっていない彼の少しだけ高い声。そのどれもがちぐはぐで、幼いながらに興味をもったことは記憶に新しい。彼───イザナくんと出会った当初の夢。夢といいながらまるで実際に体験でもしているかのような夢である。
「あのあと腕を強く引っ張られて軽い脱臼したんだっけ」
今も昔も変わらないのは特に何も思わない、思わなかったこと。強く腕を引っ張られて脱臼したのはばかみたいに体のつくりが脆いからで、イザナくんのせいではない。
「ね、イザナくん」
「…なにがだ」
なんて聞こえてるわけないか、という言葉は喉の奥に引っ込んでいった。起きてたんだ…。
「…いや?なんでもな〜い」
「は…?なんだよ、その間。含みもたせるならここで言え、今すぐ」
王様の命令、と言われたがこれだけは言うつもりはない。
「私があなたにどれだけ救われてたか、なんてね」
「あ?てめー今なんて言った?」
「なーんでも?眠気と格闘してて聞いてないイザナくんが悪いでーす」
あなたはきっと知らないのでしょう。
『何してんだよ。さっさと行くぞ』
その言葉あったから私が今生きているなんて。それが、私の生きる道しるべになっているなんて。あなたはきっと今までも、これからも。知らないまま、私の進む道を照らし続けるのでしょうね。
《ぶっきらぼうな行くぞ、は私の人生の道標》
※番外編(前回の番外編とはまた違います)
この思いはなんなのだろう。考えれば考えるほど分からなくなる。アイツは生意気で、ずる賢くて、バカで、アホで、超がつくほどのお人好しで。ただの同期、良きライバル、仲間。言い換えるならばこれらぐらいだろうか。最近、私はそんなアイツを目で追ってばかりいる。どうかしている。倒さねばならぬ敵は、目の前にいるというのに。
──────
───
─
嗚呼、そうか、そうだった。思い出した。私のこの思いは、何一つ間違っていなかった。彼は私の想い人だったのだ。どうして忘れていたのだろう。どうして思い出せなかったのだろう。どうして、今になって思い出すのだろう。
ぽたり、ぽたり。目の前にある顔からは大きな雫が流れてきて、私の頬に当たる。嗚呼、どうして泣くの。泣かないで、私の愛しい人。なんとかそう伝えようと喉を震わす。けれど口から出るのはか細い呼吸の音だけ。これじゃあ何にも伝わらないじゃないか。神様を恨むよ。でも、そんな神だからこそ私は願いたい。私の望みは叶えてくれなかった、ならば彼への願いは?きっと叶えてくれる。だって彼は、雷様に愛されている人だから。
どうか、どうか。願わくば、この人が。
沢山の苦労を重ねて来たこの人が。
いつか好きな人と結ばれて、報われますように。
きっとそれは私ではない誰かなのだろうけれど。
嗚呼、でもきっと優しい彼のこと。
きっと責任を感じてしまうと思うの。
だからね、神様。これだけは叶えて。
彼が辛い思いをしないように。
彼から私に関する記憶を。
全て消してください。
大丈夫。だって彼には多くの仲間がいる。
たかが私一人がいなくなったからって
世界は止まらない。回り続ける。
拝啓、好きな人へ。幸せになってくださいね。
『それは果たして愛なのか恋なのか。
はたまた彼女のエゴか』