※またまた違う世界の話です。
パァァン!!!
銃声が鳴り響く。視線を高くし、見上げたビルの屋上は全くといっていいほど見えなくて。何が起こったかなんて見えていないけれど、私は知っているのだ。そこで何が起きたのか、それが何を意味するのか。その光景は、私が目指していたものとは異なっていて。それは、私が迎えたくなかった未来が現実になったことを示唆していて。
全身に力が入らない。かたりと硬い何かが地面にぶつかる音がした。胸の前でスマホを握りしめていた手は既に宙をさまよう。立っているのか座っているのかさえも分からない。がくんと目線が下がる。それでもなお、私の視線はビルの屋上に注がれていた。
あぁ、あぁ。何もできなかった。なんにもならなかった。全てを知っていたのに。全て分かっていたのに。救えなかった、守れなかった。彼は私を救ってくれたのに。あぁどうして。私の生きた意味って。生きる意味って。何なんだろう。ねぇ神様。私が生まれた意味は、死ぬはずのなかった彼を救うためではなかったの?
*
なんの変哲もない人間だった。どこにでもいるようなアニオタ、漫画好き。世間一般のオタクと違うのは、財布の紐が固かったことだろうか。金銭的投資はしない。その代わり費やした時間は他の人よりも多いという自信だけはなぜかあった。時は金なり、まさに私はそういう考え方だった。愛=お金ではない。金銭的余裕がなくともその人に愛情があれば傍にいようと思える、支えようと思えるはず。要は使った金額よりも、経過した時間が大事なのだ。私は少なくともそう信じていた。だから両親が離婚したのはただただ愛がなかっただけなのだと思っているし、実際にそうだったと思う。可愛がられた記憶なんて一片もない。名前を呼んでもらった数、頭を撫でてもらった数、抱きしめてもらった数。それらは中学生だった頃、片手に収まるほどだった。異常なことには薄々…というかはっきりと分かっていたし、周りから私に向けられる同情の目にも小学生中学年のうちには気付いていた。片親なんてかわいそう、貧乏なんて苦労するわね。配慮のない視線からみんなが思っていることは大体分かった。私は両親にすら愛されなかった、貧乏で可哀想な娘。生きてる意味なんてないかも、と自嘲気味に心の中で笑っていた、高校からの帰り道。飛び出してきたトラックに轢かれ、あっさり死んだ。
二度目の人生。覚えていないが、記憶があるのは中学の卒業式からだ。あっさり系のイメケンになぜか告白されていた。私が。なぜ、どうしてと少し混乱したものの、顔を見て理解した。あぁ、ここはかの有名な世界なんですかと。目の前にいた彼はいずれ警察学校に入り、卒業し、公安に配属され、潜入捜査中に命を落としてしまうのだ。貯金が少ない中、原作を必死で集めて読んだ覚えがある。有名な作品だったから学校の図書館にも何十冊かあったのが救いだった。流石に中学生に原作全部買えというのは鬼畜というものだ。
閑題休話。それから、私は彼の告白を何だかんだで受けてしまい、現在に至る。告白を受けた謎については多分一生解明できる気がしない。まぁそれはそれでいい、と思っている。だが。それは私が彼に対してメリットになることをした場合についてのみ適応される。私は、今それをしなければならなかった。彼の命を救うことで、彼からもらったものを返さなければならなかった。なのに出来なかった。知っていたはずの未来を変えられなかったを彼が生きていたであろうこれからを奪ってしまった。どうする?どうする?どうすれば…私は……。
そこまで考えてハッとする。私、いつの間にこんなに贅沢な人間になっていたんだろう。どうして、私が生きることを考える?彼が生きていればそれで良かったんじゃないのか。自己中、我儘。傲慢、怠惰。そうだ、私は本当は生きてちゃいけない人間だった。
ぴしり、ぴしり。
今まで保っていた何かが壊れる音がした。
『貴方と歩いた道。それは私が歩いてはいけなかった道』
6/8/2025, 2:16:22 PM