『またね』
「じゃ、これも今日で最後だね...」
「そうだね。」
彼女の家から出て自転車を出してくる。
いや...もう彼女じゃないか。
たった今別れた。
どっちか聞くのは野暮ってもんだよ。
自転車を玄関前まで持ってきて帰ろうと思ったが
ふと夕焼け空が目に入った。
初めてここから帰った時は乾いた空が異様に寒かったっけな...今じゃあの寒さが恋しい季節だ。
「どしたの?」
「あ、いや初めて家にお邪魔したこと思い出して。
あれからずっとお邪魔してたなあって。」
「あー...確かにね...」
「「....」」
会話も弾まない。もうこれ以上の進展は無いって事だ。
自転車に跨る前に彼女に体を向ける。
「それじゃ、またね。」
「うん、バイバイ。」
いつもの掛け合いをして自転車のペダルにグッと力を込める。
またね...本当に来たらどれだけ嬉しかっただろうか。
そんなまたねはもうやってこない。
夕日が完全にビルの群れに飲み込まれた。
熱された世界がどんどん冷え始める中、
家を目指す足はどんどん早くなっていく。
この熱をずっと感じていたいように...
語り部シルヴァ
『泡になりたい』
泡になりたい。
ぷかぷかと左右に揺れて
流れされるまま空を目指す。
仄暗い水底からラムネ色の大空へ。
途中で弾けるのもみんなが
見えなくなるくらいまで飛ぶのも自由。
僕なら満足するまで飛んで人知れず消えたい。
結局のところ消えたいだけなんだろう。
この夏を感じさせない空間がそういう
"もしも"を描いている。
長袖の厚着して、引っ張り出してきた毛布に暖房は最高温度。
苦手なお酒で薬を一気飲み。
そりゃそんな気分になるよね。
泡になれたら...全部弾けて夢でしたってなっちゃうかな。
どうか目覚めませんように。
語り部シルヴァ
『ただいま、夏。』
恋をしては別れを繰り返していつしか恋から逃げていた。
僕なんかを好きになる人はいない。
僕は誰にも愛されない。
そう決めつけてきた。
自分を卑下しすぎたのか
心が凍ったようになんにも手に付かない。
そんな中僕のことを気になると言う人が現れた。
いつぶりだろうか...嬉しい反面あまり期待はしていない。
それでも...こんな僕をまた愛してくれるような人だとすれば...
君の熱がどんどん僕の心を溶かしていくような気がする。
こんな夏はいつぶりだろう。
夏って...こんなに熱かったっけなあ。
語り部シルヴァ
『ぬるい炭酸と無口な君』
『........』
会話が弾まずただただ二人で座って窓越しに空を見上げる。
入道雲が太陽を隠し蝉時雨が降る。
暑いはずの空気は湿気った風に吹かれ
さむいぼが止まらない。
気分を紛らわそうとラムネを口に運ぶもすっかりとぬるくなってなんとも言えない気分になる。
俺が何かしただろうか。君を怒らすようなことをしてしまったのだろうか。
頭の中で必死に理由を探すも思い当たることが無さすぎる。
君の顔を横目で見る。
どこか儚げで、どこか決意に満ちていそうな表情。
俺の好きな顔のひとつ。
けれどそういう雰囲気でも無さそうだ。
「あのね...」
君が口を開く。反射的に上半身を君に向ける。
入道雲が唸り声をあげ蝉時雨は夕立にかき消され始めた。
そんな夏の顔が君の声をもかき消そうとしてきた。
いや、俺が聞きたくなかっただけなのかもしれない。
今年の夏はもう暑さを忘れてしまった。
語り部シルヴァ
『波にさらわれた手紙』
修学旅行で船に乗ることになった。
ホテルでお風呂を先に済ませてから船で一晩過ごすという
変わったスケジュールだったが、
夜の少しの間の自由時間は楽しみだった。
そしてそのタイミングで
私は気になる人に告白しようと考えていた。
...が先客がいたようでどうやら私の告白は
する前に失敗したようだ。
言葉で伝えるのが恥ずかしかったから思いを認めた手紙を
渡そうと思ったのに全くの無駄になってしまった。
何時間もかけて考えたのになあ...
少し賑やかな声が遠くから聞こえるような場所で
一人静かに夜景を見る。
吹く風は夏なのにどこか寒くて目を乾かしに来ては涙を誘う。
ここで泣いてもいいかもしれない。
誰もいないことを確認したが声を殺して泣く。
強い潮風が吹いて私の手から手紙を
奪ってそのまな海に捨てられた。
せめて自分の手で捨てたかった手紙は
真っ黒な波に飲まれて消えていってしまった。
どこまでも上手くいかない現状に
残りの修学旅行を私は楽しめるだろうか。
不安が込み上げてまた涙が溢れて、
それも黒い波に消えていった。
語り部シルヴァ