『子供の頃の夢』
ベランダに出てタバコに火をつける。
いつもより長めに吸って深く吐く。
疲れた時のタバコの吸い方だ。
灰を落とさないように灰皿に落として
外の景色を見ながら黄昏れる。
外から無邪気な子供たちの声を聞くと不思議と
昔に戻りたいと思うようになったのはいつからの話だろうか。
なりたい仕事も無く仕事先では上司からの叱責、
嫌悪感ある辛気臭い環境、残業...
全てが嫌になってしまいそうだ。
「いつからこうなっちまったんだ...」
さっきの煙を深く吐いた時より重い空気を吐く。
子供の頃の夢...実家に
そういうのを書いた作文があるだろうか。
帰って調べよう。なんて気にもならなかった。
どーせ社会を知らないガキ一人の文章を見ても
イライラするだけだとわかっているからだ。
「さぁて、明日も頑張るかぁ」
俺はもう大人。文句を言わず上から回ってきた仕事を
こなすのが大人ってやつだ。
灰皿にタバコを押し付け火を消して部屋に戻った。
語り部シルヴァ
『どこにも行かないで』
17時の放課後のチャイムが学校中に響く...
外は雷を伴う雨で外で活動する部活は
夕方のホームルームが終わると体育館で
別のメニューをするか帰っていっただろう。
帰宅部の俺には関係の無い話だ。
俺もホームルームが終わり次第帰ろうと思っていた。
「...」
...同じクラスメイトのこいつに捕まるまでは。
こいつは普段無口で何を考えているかわからない。
本当に必要な時にだけ口を開くもんだから
最初口を開いた時はとても驚いだ。
クラスメイトはひとりで雨の中帰ることができないらしく、
普段迎えに来る親も都合が悪くて悩んでいるところに
俺を見つけたらしい。
時間を稼いで諦めるのを待っていたが
結局こんな時間まで諦めなかった。
仕方ない。そう思いトイレを済ませて帰る準備をしようと
立ち上がると俺の制服の裾をぐいっと引っ張り
バランスを崩して椅子に座る。
「ちょ、危ないだろ。」「お願い、行かないで」
こいつが口を開く。
よく見ると裾を持つ手がかすかに震えていた。
こいつなりに事情があるんだろう。
...そんなことされたら見捨てることなんてできない。
「わかったよ。家まで送っていくから帰るぞ。」
クラスメイトの顔が少し晴れた気がした。
俺が立ち上がると急いで
荷物をまとめて俺の背中に着いてくる。
トイレの前を通ろうとして
さっきトイレに行きたかったのを思い出した。
「悪い。先にトイレに行かせてくれ。」
「わ、私も着いていく。」
「いやさすがにダメだろ。」
語り部シルヴァ
『君の背中を追って』
君は天才気質で何事も人並み以上に上手くできる。
運動神経も学力も人としても...
どんなことにも成果を出す君を
学校の中じゃ知らない人なんて居なかった。
もちろん僕もその一人。
君のことを尊敬しているし憧れの人。
お手本というにはレベルが高すぎるけれど
目標にするにはちょうどいいくらい。
もちろん並以下の能力しかない僕が君を真似たって
成果も出せない中途半端な人間になるだけだ。
自分のペースで無ければ
自分は磨かれないのもよーく知っている。
だからこそ君を追いかけていたい。
追いつくことの無いゴールに必死に食らいつけば
明日の自分は今日よりも確実に成長できる。
躓いたって置いていかれたって何度でも君の背中を追う。
幼馴染で比べられるからこそ僕の野心は燃えっぱなしなんだ。
語り部シルヴァ
『好き、嫌い』
プチプチと花びらをちぎる。
すきかきらいか...ただただ花びらちぎる。
すき...きらい...きらいでおわってしまった。
さっきとはちがう花を見つけてまたはじめる。
すき...きらい... ...きらい。
なんぼんもなんぼんも花うらないしたせいか
足もとには花びらのない花と花びらでいっぱいになってた。
「あー!花をいじめてる!
わたし花をいじめてるこきらーい!」
そんなボク見てすきなこは走ってどこかへ去ってしまった。
花うらないはほんとうのようだ。
語り部シルヴァ
『雨の香り、涙の跡』
早朝5時。この時間は人が通ることはなく、
朝早くに出勤か夜通しで走る車しか見かけない。
その空間は僕にとっては散歩するのに
うってつけというわけだ。
それに今日は雨。晴れた空が見れないのが残念だけど
なおのこと人通りが減るから僕は結構好きだ。
ズボンの裾が濡れているが足取りが軽くなる。
傘に弾ける雨粒も一定のリズムを刻む。
楽しいなあ...そう思う中、
元気な話し声が雨音を貫いて耳に響く。
(誰だ...?こんな早朝から...)
傘を少し持上げ辺りを見回すと
元気な話し声を出している人が歩いてくる。
向かいから歩いてきた人はいつも世話になっている先輩だ。
僕の...憧れの人。
(先輩だ!早朝から会えるなんてラッキー....)
そう喜んでいたのも束の間、
上がっていた口角は徐々に落ちていく。
その先輩の姿は日常で絶対見ない寝巻きのような服、
ボサボサの髪、おそらく化粧をしていない...
そして何よりやたらと距離感の近い男が隣で歩いている。
2人とも楽しそうで、幸せそうだ。
(...)
傘を下げて先輩にバレないように早足で通り抜ける。
こんなとこで僕の心のモヤモヤが
静かになくなってしまうなんて。
しかも雨の勢いが強まってきた。でも良かった。
これなら鼻水をすすっても気づかれなさそうだから。
語り部シルヴァ