『ただひとりの君へ』
ただひとりの君へ。
君はかけがえのない存在だ。
他の人に君の代わりなんていない。
君だから...
ここまで書いてペンを置く。
くさい。いや毎日お風呂に入ってるからそっちじゃない。
どうも言葉がくさくってしまう...
もっとこう...特別な言葉を使いたい。
普段の語彙力の無さを思い知らされる。
「ねえねえ、何してるの?」
「あっ、ノックしてよ〜」
中学生みたいなセリフに笑う彼女に恥ずかしくなる。
「あー、もしかして結婚の...?」
「そうそう。なるべく君にも初見で聞いて欲しいから...」
「どーせくさいセリフばっかになって悩んでるんでしょ。」
悩む理由を当てられ、彼女はニヤニヤと笑う。
「どんなスピーチでも楽しみにしてるよ。頑張ってね。」
俺の頬にキスをしてリビングに来たら、
コーヒー飲もうねと言い彼女は部屋から出ていった。
...彼女のためにももっと頑張ろう。
ペンを持ち新しい紙と向き合った。
語り部シルヴァ
『手のひらの宇宙』
私の大事なもの。
昔おばあちゃんから貰ったお守り、
高校の思い出の1ページ、
可愛い娘、
愛しい旦那さん、
そして私自身。
指を折りながら自分の大事なものを確かめる。
私の好きな物は空に広がる星のように沢山ある。
その中でも特に好きで大切なものが今数えたもの。
これらがないと今の私じゃないと言えるほど。
地球に月があるように、そのまわりに宇宙があるように。
この宇宙は私が守り続ける。
自分の手のひらの中で、自分の手が届くこの範囲を。
語り部シルヴァ
『風のいたずら』
外に出ると風が吹き荒れていた。
気温も低く外に出るには少々辛い。
厚手のジャンパーにマフラーを巻いたがそれでも寒い。
必要なものが無くなったから買い物に行こうかと
出たばっかりにこれだ。
寒い。さっさと買い物を済ませよう...
1歩1歩進む足は冷えて今にも凍りそうだ。
下も中に1枚履くべきだったか...
身を縮こませながら歩いていると更に突風が吹く。
しっかりと巻いていたマフラーが吹き飛んでしまった。
マフラーはひとりでにふわふわと
風に乗ってあっという間に姿を消した。
空もマフラーが欲しかったのか...
悲しい気持ちを誤魔化そうと頭を正当化させつつ
買い物リストにマフラーを足した。
語り部シルヴァ
『透明な涙』
悔しくて1人河川敷で夕焼けを眺める。
試合に負けた。あと少しで勝てたかもしれないのに
実力不足で負けた。
もっと努力しないと。
でも努力したところでもっと強くなれるのか。
悔しい。悔しい。
歯を食いしばって顔を伏せていると、
後ろから声をかけられた。
「何やってんだ。こんなところで。」
「先生...」
顔を上げて振り返ると顧問の先生に声をかけられた。
知り合いに泣きそうになってるのを見られたのと
よりによって先生だったことがすごく恥ずかしい。
恥ずかしさにすぐ顔を伏せる。
全てを察したのか先生は隣に座って独り言を呟く。
「涙が透明なのは女性は煌めかせるため、
男は泣いているのを知られないためらしいぞ。
先生は泣き虫だからいつ気づかれるか
ドキドキしながら泣いてる。」
下手くそな嘘に顔を伏せながらも思わず笑ってしまう。
安心したせいで涙も出てきた。
鼻をすする音が聞こえたのか先生は
優しく背中を叩いてくれた。
語り部シルヴァ
『あなたのもとへ』
部活が終わった瞬間後片付けを済ませる。
運動部のお約束で細かい片付けは基本後輩に頼めるので
今日はお願いすることにした。
明日は手伝うつもり。
道着から制服に着替えて忘れ物がないかチェック。
明日の部活の予定を確認して終わり...
の前に入口で振り返り
「お先に失礼します!お疲れ様でした!」
と一言行って出ていく。
校舎に止めてある自転車に鍵を挿して校門を飛び出す。
日も暮れてきた。急がないと...!
路地裏を滑らかに曲がりギアをトップに。
ずっしりとくるペダルを踏みしめ全速力で漕ぐ。
待ち合わせの公園に着く。
急いで携帯を取り出して『お待たせ。着いたよ』
と呼吸を整えながら入力する。
暗くなってきた空に上がった息が白くなって消えていく。
今日は間に合わなかったか...帰ろうと公園に背を向けた時、
後ろから衝撃が飛んでくる。
「待ってたよ。お疲れ様。」
優しく愛しい声にさっきまでの疲れが吹き飛んだ気がした。
「じゃあ、帰ろ。」
そう言って彼女を家まで送る。
手袋もせずに繋ぐ手は芯から温まる温もりがあった。
片手で自転車を押すのはちょっとしんどいけど、
彼女と手を繋げる幸せに比べたら些細なものだった。
語り部シルヴァ