→短編・短編迷子
「どこ?」
坂道の途中で、幼い声が私の足を止めた。質問の意味を求めて声の主を見遣る。
おかっぱ頭の少女が小首を傾げて私を見ている。知らない顔だ。私たちの視線が交わると同時に、彼女は再び「どこ?」と同じ質問を繰り返した。
「何か探し物かな?」
取り合う義理もないが、無視するのも気が引ける。不完全な問いに対して私はなるたけ優しく問い返した。
少女は頭を振った。おかっぱの髪が揺れる。
「ここ、どこ?」
幼年者独特の澄んだ瞳が、縋るように私を凝視する。そうか、迷子か。
さて、どうしたものか。まずは、ここがどこかを教えて、彼女がとこから来たのか、誰と来たのかを訊いてみよう。
「うん、ここは、ここ……?」
ここは坂道? いや、階段坂? ドクンと心臓が大きく震えた。あれ? 私はどこにいるんだ?
「坂道の途中」しか解からない。都会か田舎か住宅街か、文字の情報はほとんどない。え? 文字?? 文字の情報?
「ここはどこ? わたしはだれ? あなたはだれ?」
おかっぱの少女。しかしそれしか解らない。身体については書かれていない。つまり生首。
圧倒的に描写の足りていない小説で、辺りは穴だらけ。
坂道と生首だけの奇々怪々の世界で、私は自分を確認しようとしたが、何もなかった。私に関する記述は、何もなかった。
テーマ; どこ?
→短編・本気と書いてマジと読む(キリッ)。もしくは昼飯時のカオス。
弁当に目線を落とす男。主菜、副菜、薄紅色の飯のバランスが素晴らしい弁当だ。
「俺、ゆかりのこと、本気で好きかも」
片や、菓子パンに食らいつく男。友人の弁当をチラッと横見する。
「マジか!」
「マジで。どうやったら両思いになれるかな?」
「……シソふりかけと付き合うって? お前、それ、マジでヤバいだろ……」
その忠告を聞き流したのか聞き入ったのか、男はシソ風味飯を無言で食べ始めた。もう一人も無言でパンを食べる。
ゆかりの上品な香りが微かに漂い二人を包んだ。
テーマ; 大好き
→ゴミ。
「捨てちまえよ、そんなもん」
自分の中の呆れた声。
夢を諦める線引きを見誤って、途方もない遠くまで来ちまって、いまさら引き返せやしない。
昔は新鮮で輝いていた。そのうち生ゴミになって腐って、今じゃスッカラカンの粗大ゴミだ。
もはや腐敗はしないが、場所は取るし重量もある。
心にも許容範囲はある。ゴミが散らかったままでは塩梅が良くない。
だから心の声は囁くんだ。
「捨てちまえよ、そんなもん」
そうだな、そうして心の断捨離ができりゃ、夢を思い出に酒の肴にできるかもな。熟成年度だけはハンパねぇから、スルメ並に噛みしめられるんじゃないかな。
そんな新しい第一歩を踏み出してぇなぁ。
でも、できないんだよ。
ゴミになった夢でも、日によっては眩しくってさ。手を伸ばそうとしちまうんだよ。
愚か者だよなぁ。
笑えねぇや。
テーマ; 叶わぬ夢
→やぁやぁやぁ! 桜の季節がやって来る!
薄ピンクの雲を頭上にいただいて、
イカ焼き、たこ焼き、ベビーカステラ、いちご飴とくればリンゴ飴、唐揚げ、はしまき、わたあめ、かき氷はちょっと時期が早いかな、焼きそば、たい焼き、チョコバナナ!
全部まとめて花の香り添えですよ。
そろそろ準備は宜しいですか?
テーマ; 花の香りと共に
→短編・どうしてですか、兄さん?
あぁ、兄さん、煙突を登る細い煙が小川のようです。
覚えていますか、兄さん? 昔よく夕方に散歩したことを。二人で小さな川の流れに耳を澄ませましたね。
川底の浅い小川の音は存外に大きかった。夕方になるとピチョンピチョンと小魚たちが騒ぎだす。夕日に白銀の鱗を光らせて、めいっぱい飛び上がり、さざなみを立てる。
どうして小魚たちは飛び上がるのかと質問した僕に、「夕日は心の隙に変な感傷を差し込ませるからね」と答えてくださいましたね。
あなたはあの時、川でも魚でも僕でもなく、沈みゆく夕日を暗い目で見ていた。
そうして呟いた。「心がさざめくのだろう」と。あれは独り言だったのでしょうか? それとも僕の記憶に何らかの楔を打ち込むためだったのでしょうか? 例えば、僕の中にあなたの部屋を作ろうとした、とか。
あなたにとって夕日がどんな意味を持っていたのか、僕にはわかりません。そしてそれをあなたに問う機会も永遠に失われてしまった。
人目を避ける僕たちの秘密の関係は、僕をあなたの葬儀から遠ざけた。火葬場の煙に見当を立てるのが精一杯だ。
夕方の空に煙が四散する。僕の心は静かなままだ。
兄さん、あなたの居場所は僕の中になかったようです。あなたへの想いは川を打つ魚のように刹那のものだったようです。
僕は酷い奴ですか? えぇ、それでいいです、そのほうがいいです。
そうでなきゃ、あなた無しで、この先どうやって生きていけばいいんですか?
テーマ; 心のざわめき