一尾(いっぽ)in 仮住まい

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→短編・短編迷子

「どこ?」
 坂道の途中で、幼い声が私の足を止めた。質問の意味を求めて声の主を見遣る。
 おかっぱ頭の少女が小首を傾げて私を見ている。知らない顔だ。私たちの視線が交わると同時に、彼女は再び「どこ?」と同じ質問を繰り返した。
「何か探し物かな?」
 取り合う義理もないが、無視するのも気が引ける。不完全な問いに対して私はなるたけ優しく問い返した。
 少女は頭を振った。おかっぱの髪が揺れる。
「ここ、どこ?」
 幼年者独特の澄んだ瞳が、縋るように私を凝視する。そうか、迷子か。
 さて、どうしたものか。まずは、ここがどこかを教えて、彼女がとこから来たのか、誰と来たのかを訊いてみよう。
「うん、ここは、ここ……?」
 ここは坂道? いや、階段坂? ドクンと心臓が大きく震えた。あれ? 私はどこにいるんだ? 
「坂道の途中」しか解からない。都会か田舎か住宅街か、文字の情報はほとんどない。え? 文字?? 文字の情報?
「ここはどこ? わたしはだれ? あなたはだれ?」
 おかっぱの少女。しかしそれしか解らない。身体については書かれていない。つまり生首。
 圧倒的に描写の足りていない小説で、辺りは穴だらけ。
 坂道と生首だけの奇々怪々の世界で、私は自分を確認しようとしたが、何もなかった。私に関する記述は、何もなかった。

テーマ; どこ?

3/20/2025, 9:20:08 AM