→短文・早春
ついつい頭を下げて歩く。
意識して視線を上げても、しばらく経つとまた目は地面を追っている。
長く続かない自分の集中力に呆れ、集中しなければ下方修正に陥る自分が嫌になる。
冬の寒さで身がすくむ毎日に、余計な落ち込みをしてアスファルトにため息一つ。も一つ頭も落ちる。
トボトボ歩く目端に、道路脇に咲く青い花が飛び込んできた。季節を先取りしたような青い空の花弁が鮮やかに私の目を奪う。
相も変わらず地面追いの、私のまぶたの裏に、小さな一輪の花の青色が焼き付いた。
もうすぐ春が来るのだな。
テーマ; 一輪の花
→短編・お察し
新聞の広告欄で気になる商品を見つけた。
『これであなたも魔法使い!*¹』
広告は言う。
『当社独自のノウハウで魔力の泉を水筒に閉じ込めることに成功。魔力は無色透明で目に見えないが、水に溶ける性質を持つ。この水筒に一晩水を保存しておくだけで、簡単に魔力を摂取することが可能。*²
さらに保冷温まで可能という痒いところにまで手が届く逸品。
その名も「魔法瓶」!
今なら1980円!! 期間限定! 急いで!』
へぇ〜、怪しいなぁ。
ん?何か小さい文字があるぞ。
(*¹ 効果を保証するものではありません)
(*² 効果には個人差があります)
……あ〜。
テーマ; 魔法
→短編・君と、休日のひととき。
君にせがまれて、シャボン玉遊び。2歳のお誕生日にジィジからもらったプレゼント。
シャボン液を用意する段階から君は大はしゃぎ。洗面台に届かない背丈を一生懸命に伸ばして、僕の手元を覗き見ようとする。
見下ろす君の小さな頭に天使の輪っかが、ゆらゆら揺れる。好奇心旺盛な天使は、いっときもじっとしていない。
さぁ、庭へ出よう。晴天の昼間。君のはしゃぐ声が、青い空に吸い込まれてゆく。
先を花のように開いたストローにシャボン液を浸して、そっと息を吹き込むとシャボン玉がホワリ。大きな、小さな、シャボン玉をいくつも空へと解き放つ。
シャボン玉初体験の君は、目を輝かせて手を伸ばしシャボン玉を追う。
シャボン玉の薄い膜に、虹が揺らめく。君の瞳にこの光景はどう映っているのだろう? いつかこの日を思い出すことはあるのかな? シャボンの虹、覚えていてほしいな。
ーパチン!
力いっぱい手を打って、君がシャボン玉を捕まえた。得意満面に手を開くが、そこには何もない。シャボン玉の名残が君の手を濡らすばかり。
君は両手を何度も見て、僕にその手を見せる。
「ないねぇ」
不思議そうにそんなことを言う君の頬に、虹色のシャボン玉が擦り寄るように通って行った。
テーマ; 君と見た虹
→短文・駆け抜けて突き抜けて、冬の汗。
冬の夜にジョギングをしていたら、天と地が曖昧になって、自分がどこを走っているのやら皆目見当がつかなくなって、止まるにも止まれず走り続けていたら隣にオリオン座があって、いつの間にか夜空に昇ってたんだと気がついたので、そのまま突っ走った。
そんなこんなで、ようやく帰宅してシャワー中。
テーマ; 夜空を駆ける
→短編・これは映画ではない。
〜行列の二人・5〜
恋愛映画を見た。一番印象に残ったのは、主人公の恋を応援する脇役。
その脇役は、最後まで主人公への恋心を隠していた。報われない恋の切なさや健気さに感情移入した。現実の恋愛では、主人公たちみたいなドラマが機能しないことも多いから、脇役にリアルを感じるのかもしれない。
映画のエンドクレジットが流れ終わり、客席から人が去ってゆく。映画の余韻を引きずったまま、私もスクリーンをあとにした。
ショッピングモールに併設されたシネコン。週末なので、家族連れや学生でにぎわっている。結構に騒がしい。さっさと離れて本屋でも行こう。
フードショップの前を通り過ぎたとき、セルフオーダーのタッチパネルでオーダーをしている2人の少年の姿が目に入った。
うぉい! ザ・行列(私命名)だ! 今から映画!? 2人で!? どんだけ仲がいいんだ!!!
「セルフオーダーって楽でいいよな」とツッコミくん。
「ちょっ! 今、話しかけんな! わかんなくなる! あーっ!!」とボケくん。
あぁ〜、タッチパネル苦手なのかなぁ〜、注文キャンセルしちゃってるわ……。微笑ましいなぁ〜。
えーっと、そうそう! 私、映画のパンフレットでも見ようかなぁ〜。ちょうど彼らの横にショップあるしぃ。コソコソ。
「なんでそうなるよ。注文してやるから欲しいやつ言えよ」
ツッコミくんってば、ため息一つで男前発言! うふふ、可愛いなぁ〜。マジでこの2人イイ感じなんじゃないのぉ??
「ダメだ! 俺がやる!」
ババァ〜ン! タッチパネルに立ちはだかるボケくん。まるで爆弾の起爆装置解除さながらの真剣なお声。なぜにこうもイチイチ大騒ぎなのか。さぁ、ツッコミくんどうする!?
しかし、先に口を開いたのはボケくんだった。
「次のデートの予行練習だから、俺がやらなきゃ! 唯奈にカッコいいところを見せるんだから!」
私の妄想を打ち破り、高々と宣言したボケくんはタッチパネルを操作し始めた。まぁ、そうだよな。妄想を働かせすぎたよな。しかし、この子のイケボならカウンター注文をサクッとこなしたほうが好感度が上がろうと言うものだろう……あっ!
私は思わずツッコミくんを凝視してしまった。空振りに終わった手をギュッと結び、タッチパネルに悪戦苦闘するボケくんの横顔を見るその瞳は、「デートの予行練習に付き合う友人」のソレだろうか?
手を伸ばせば届く距離にいる人の心には触れられない。もどかしさ、諦め、もっと暗い自己嫌悪、そんなものがツッコミくんの瞳に揺らいでいる。
「唯奈、そんなチョロくねぇし」
ツッコミくんの茶化す声、少し震えていないか?
「そ~だけどさぁ、努力を惜しんでもさぁ……」
これ以上、2人の会話に聞き耳を立てる勇気を失った私はパンフレットを買い、その場をあとにした。
パンフレットをパラパラめくる。映画で見た脇役の子が、ツッコミくんに似ているような気がしたが、単に気のせいだろう。
テーマ; ひそかな想い
〜行列の二人〜
・10/26 一人飯(テーマ; 友達)
・11/1 展覧会(テーマ; 理想郷)
・11/13 良い子も悪い子も〜……(テーマ; スリル)
・12/16 雪を待つ。(雪を待つ)