→短編・黄昏ちゃん
待ち人の現れない僕の隣で、ちょうど待ち合わせを済ませた女性二人組が話し始めた。
「ラグナロック、久しぶりー!」
「うぅっ……。その呼び方、止めてってばぁ」
「いやぁ~、学生時代のあだ名ってなかなか抜けなくて」
「厨二病的黒歴史みたいで辛いンよ、そのあだ名」
「じゃあ、本名にしとく?」
「ウチの親、やらかしてくれたわー。自分らの出会いを子どもに刻印しやがって」
「でもさぁ、一周回って可愛くない? 黄昏ちゃんって」
「そりゃぁ、まぁ、嫌いじゃないけどさぁ……――」
去ってゆく彼女らの会話が遠くなる。
「ごめん! コウセイ、遅れた」
僕の待ち人に肩を叩かれる。
「あ、ヒロトくん」
「何か考え事?」
「んー? 自分の名前が黄昏だったらどう思う?」
「スパイ活動してそう。常にたそがれてそう。でもカッコいい名前だと思う」
即答のヒロトくん。アニメの影響も入ってるな。
いや、それ以前に、ヒロトくんのビジュアルで黄昏って名前だったら、ハマりすぎててチート(改名)を疑う。
「行こうか」
僕たちは西日の赤さが仄かに残る黄昏時の街へと歩きだした。
テーマ; たそがれ
→短編・キットアシタモ
山間の村を走る小川に、今日も多くの人が訪れている。
濁りのない川面を覗き込んだ人々から感嘆の声が上がる。
「まぁ! キレイ!」
「なんて可愛らしいんでしょう!」
透明な川の水が陽の光を反射させる。きらめく川面の下には、馬のたてがみのような鮮やか緑の水性植物が、オレンジ色の小さな花をたくさん咲かせている。
観光客たちは、水に揺れる可憐で愛らしい花の撮影に夢中だ。
場所取りで前後に不注意な観光客の一人が真新しい案内の立て看板にぶつかった。
『―キットアシタモ―
バイカモの一種。通常は白い花を付けるバイカモだが、◯◯村の固有種はオレンジ色の花を咲かせる。名前の由来は、花の色に朝焼けをイメージし、「きっと明日も良いことがあるさ」との願いを込めて、先代の村長が命名。』
立て看板の下に場所を見つけてポスターが貼られている。
『キットアシタモの妖精・アシタン公式グッズはバス停横にて販売中 オイシイおまんじゅうもあるヨ』
所変わって村役場。
窓から小川の賑わいを見る二人の役場職員。
「今日も賑わってますねー」と後輩職員。
「先代村長の道楽もたまには役に立つもんだなぁ」と先輩職員が応じる。
「ても、バレたらヤバくないですか? 町長の開発したのって特殊インクでょ? それで花を染め……――」
先輩職員は後輩職員の口を手で封じて声をひそめた。「シーッ!それ以上は言うな! とにかく今はこれで財政が潤ってんだから!」
「……」
沈黙の後、何もなかったかのように先輩職員は、後輩職員の背中を叩いた。
「きっと明日も多くの観光客が来るぞー。公式グッズの発注、どうなってる?」
テーマ; きっと明日も
→短編・『静寂に包まれた部屋』会議
イメージカラーは白だな。
「やっぱ、イメージは繭ですかね?」
後輩の問いかけに私は同意した。「うん、角っぽいものは避けたいね」
素材は、オーガンジーとワタ。前回使ったトレーシングペーパーは、ちょっとイメージ違うかぁ。
「じゃあ、小道具の机の角とかも包もう」と小道具担当。
「イイね。舞台床も見えないようにしたいな。硬質的だし」
私の一声に全員が頷く。
「繭のイメージを進めて防音室?」と副部長の質問に私は腕を組んだ。
「あー、そうなんだけど、繭のほうが近いかな? 幻想感がほしい」
副部長は「了解」と今までの意見を指示書きとして図面に書き込んだ。彼のスマートフォンが鳴る。「今日はここまでだね」
全員の緊張感が一気に解ける。私は皆に手を合わせた。
「ごめんね、脚本はできたんだけど、まだ少し自分の中で舞台イメージが定着してなくって」
「部長らしくてイイんじゃないですかね」
「ここからのブラッシュアップが楽しいよね」
「効果音にさ、防音室で録った無音を入れようか?」
「ツーってやつ?」
「え? ジーって聞こえない?」
今度の文化祭、私たち演劇部の演目は『静寂に包まれた部屋』だ。
凡そ静寂とかけ離れた私たち演劇部員たちは、ああでもないこうでもないと大騒ぎしながら、部室を後にした。
誰もいなくなった部室はまさに静寂に包まれた部屋なんだろうなぁ、と昇降口で誰かが言った。
テーマ; 静寂に包まれた部屋
→短編・別れ変速機
学校帰り、連れがこんなことを言い出した。
「この前、別れギアにさぁ」
「ん? ちょっと待った。なんて?」
「別れギア。あー、もしかしてギアじゃなくてギヤ?」
「何、ちょっと恥ずかしそうにしてんだよ。そもそもギアでもギヤでもねぇわ」
「え? マジで? でも、別れをギアチェンジするんだよな? よっ!って別れるときと、うぇ~いって別れるときあるじゃんよ。空気読めや感、重要じゃね?」
「お前、よく高校までやってこれたな」
何でそんな「ヘヘ、止せやい」みたいな照れ笑いしてんだよ。褒めてねぇわ。
結局、あまりのことにヤツの会話は宙ぶらりんのままになった。はぁ、全く! 別れ変速機って何だよ……。
……。
…………。
ダメだ……。めっちゃどうでもいいのに、どうしようもなく気になってきた。
アイツ、どんなギアで誰とどんな別れをしようとしてたんだろう?
テーマ; 別れ際に
→短編・雨降って地固まる。
通り雨だと解っていて、彼女は彼を呼び出した。
「駅前の喫茶店で雨宿りしてるの。早く傘を持ってきて」
通り雨だと知っていて、彼は彼女に「うん」と答える。
「すぐに行くよ、少し待っていて」
彼が喫茶店に着く頃、彼女はパフェを注文した。二人はテーブルのパフェを挟んで向かい合う。
「僕の好きなヤツだ。ありがとう」
彼がぎこちなく礼を口にし、それを受ける彼女もまた固い顔で、ポツリと謝罪の言葉を口にした。「話の途中で飛び出してってごめんなさい」
「こっちこそごめん。一方的に言いたいことだけ言っちゃって」
「お互い、感情的になりすぎたわね」
「引くに引けないって不毛な空気、バシバシだったよね」
苦笑した彼はパフェを二人の間に滑らせた。
どちらともなくスプーンを手に取る。生クリーム、アイスクリーム、フルーツ……。他愛もない会話とともに。
スプーンがコーンフレークに進む頃、二人の緊張は解れ、寛いだ様子に変わっていた。
「雨、止んだね」
「通り雨だもの」
短い雨の後、太陽が顔を覗かせる。濡れた地面に陽光が反射する。キラキラと美しく輝く。
喫茶店を後にした二人は、普段よりも固く手を繋いで帰路についた。
テーマ; 通り雨