→短編・キットアシタモ
山間の村を走る小川に、今日も多くの人が訪れている。
濁りのない川面を覗き込んだ人々から感嘆の声が上がる。
「まぁ! キレイ!」
「なんて可愛らしいんでしょう!」
透明な川の水が陽の光を反射させる。きらめく川面の下には、馬のたてがみのような鮮やか緑の水性植物が、オレンジ色の小さな花をたくさん咲かせている。
観光客たちは、水に揺れる可憐で愛らしい花の撮影に夢中だ。
場所取りで前後に不注意な観光客の一人が真新しい案内の立て看板にぶつかった。
『―キットアシタモ―
バイカモの一種。通常は白い花を付けるバイカモだが、◯◯村の固有種はオレンジ色の花を咲かせる。名前の由来は、花の色に朝焼けをイメージし、「きっと明日も良いことがあるさ」との願いを込めて、先代の村長が命名。』
立て看板の下に場所を見つけてポスターが貼られている。
『キットアシタモの妖精・アシタン公式グッズはバス停横にて販売中 オイシイおまんじゅうもあるヨ』
所変わって村役場。
窓から小川の賑わいを見る二人の役場職員。
「今日も賑わってますねー」と後輩職員。
「先代村長の道楽もたまには役に立つもんだなぁ」と先輩職員が応じる。
「ても、バレたらヤバくないですか? 町長の開発したのって特殊インクでょ? それで花を染め……――」
先輩職員は後輩職員の口を手で封じて声をひそめた。「シーッ!それ以上は言うな! とにかく今はこれで財政が潤ってんだから!」
「……」
沈黙の後、何もなかったかのように先輩職員は、後輩職員の背中を叩いた。
「きっと明日も多くの観光客が来るぞー。公式グッズの発注、どうなってる?」
テーマ; きっと明日も
10/1/2024, 1:57:41 AM