一尾(いっぽ)in 仮住まい

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9/22/2024, 7:14:00 AM

→短編・名前知らず

 秋の恋は苦手。その人が好きとか関係なく、冬を前にして人肌恋しいだけかも、と気持ちにブレーキをかけてしまうから。つまり秋の恋のイメージは……――「冬籠りする動物の本能と一緒」
 恋のイメージを訊かれて、思わず語ってしまった。変なヤツだと思われたかな? まぁいいや。どうせワンナイトだ。
「好き系の答え」
 呆れもせず、レンは頷いた。彼のレンという名は、多分本名ではない。如何にもマッチングアプリ用の偽名。
「ここは巣。明日の朝までプチ冬眠しようよ」
 そう言って、彼はベッドのシーツを大きくはためかせた。
 降り掛かったシーツが私たちを頭からすっぽりと覆い隠す。
「レンにとって、恋ってどんな感じ?」
 シーツに二人分の熱。シーツの下、彼は微笑んだ。
 あれ? 彼ってこんな顔してたかな? 妙に可愛く見えるし、彼の体温に安心感を覚える。あー、これ、ヤバいかも。 
 レンは私と額を合わせて囁いた。
「今みたいな感じ」
 ズルいな、私のイメージに乗っかったんでしょ、と私は口にしなかった。だって、私も彼の答えに乗っかろうとしてる。
 明日の朝、本名を訊いてみよう、かな?

テーマ; 秋恋

9/20/2024, 3:32:19 PM

→短編・大事にしたい

半地下の階段を登ったところで、何か書かれた紙を拾った。
「あなたの大事にしたいことは何?」
私の答えは決まっている。
それは、誰かの心。
あるときは、鋭い氷の杭となって突き刺す。
またあるときは、眩い太陽となって印を焼き付ける。
価値観を一変させるほどに強く、誰かの感情を揺さぶりたい。
足りない技術は熱量でカバーだ!
チケットノルマ、ギリギリだったけど今日も達成できた。
二人羽織のように背中にくっつく相棒のベースよ、明日も頑張ろうな。

雑踏に踏み出す。私はまだ無名。
でもね、いつか必ず! 
相棒と一緒に私の歌で、みんなの心をオオゴトにするのだ!

テーマ; 大事(オオゴト)にしたい

9/20/2024, 6:53:36 AM

→短編・時間漬け

 アレはいつの話だったか……?
 確か小学校低学年生くらいだったと思う。図工の授業中、誰かが水入れのバケツをこぼした。
「時間よ止まれって、ホントに止まったらどうなるのかな? 時間の影響下にある物質のすべてが停止するんだよね? 原子も、すべからく。空気中の酸素だって例外じゃない。すべてがフリーズ。
――時間を使ってホルマリン漬けみたいにできないかなぁ? 時間漬け!」 
 大騒ぎするクラスメイトをよそ目に、目を輝かせてそんな話を大人びた口調で語る同級生がいた。
「ムダ口は話はいいから、片付けるのを手伝って!」 
 余裕のない新任の担任教諭に怒られて、しょんぼり背中を丸めて雑巾を取りに行く彼の背中。
 
 彼の好奇心は、あれからどうなっただろうか? しょんぼり小さくなった背中のように萎びてしまったか、それとも逆境上等と背筋を伸ばして奮起しただろうか?
 毎年ノーベル賞発表時期になると、私は彼を思い出す。


―ニュース速報―
 ノーベル物理学賞は…………
 熱力学の第二法則を覆す、氏の研究結果は時間を液体化し……

テーマ; 時間よ止まれ

9/18/2024, 11:06:52 PM

→『彼らの時間』跋文

 ごきげんよう。
 どんなに手入れしても無くならないアホ毛のような誤字脱字たちが、いっそのこと愛おしい。一尾(いっぽ)でございます。
 えー、終わりましたね、『彼らの時間』。ストーリーをコンパクトにまとめようと試みた結果、文字数詰めすぎ、色々と問題据え置きなのは御愛嬌で。昴晴と父親との関係や、昴晴と尋斗のペアグッズ問題、尋斗のこれから、などなど。
 ある程度、キャラクターに勝手をさせていたら、まぁこんな感じ。尋斗は昴晴に頭をぶん殴られてネジ飛んだかな? いきなりのプロポーズは驚きました。そして、昴晴の耳を舐めただけの当て馬・司の小物感よ……。結局なんだったんだろうね、彼。
 最終話の杏奈ちゃんは無理矢理感がありましたが入れてしまいました。彼女がいると華やかで楽しいです。
 一つの話が終わると、キャラクターたちに「ありがとね」と声かけします。よく動いてくれました。
 そして、最大の感謝を伝えたいのはもちろん、ここまでお付き合いくださった方々です。本当にありがとうございます。皆様の忍耐強さ、天晴でございます。
 書きたい内容はまだあるので、再び彼らの時間が動き出すようなら、生温い目で見守っていただけると幸いでございますです。

・小話 〜広報部長・八田さん〜
 ベランダから望む夜景は、湾岸の高層階マンションのということもあり、とてもきらびやかだ。
 しかし八田聡史はその景色に目もくれず、スマホの画面を食い入るように見入っていた。
 写真ホルダーには彼の上司・綿貫昴晴のコスプレ写真が並んでいる。スーツは言うに及ばず、学ラン、ブレザー、パジャマ姿の頭にぬいぐるみヘアバンド、羽織袴まで……。写真の昴晴はどれも微妙な顔でこちらに笑いかけている。引きつった笑顔が何ともいい味だなぁ、と八田は顔をニヤつかせた。
 八田の横に女性が並んだ。彼のスマホを覗き込む。
「また見てるんですか?」
 呆れた声ながらも、彼女もまたスマホに釘付けだ。ツイっと指で写真をスクロールする。
「そんなこと言って山崎さんだって見てるじゃないですか」
「まぁ、そうなんですけど、見ずにはいられませんよ。あー、今日ほど自分が広告会社に勤めていて良かったと思ったことはありません」
 午後、八田はプレス用素材が必要と昴晴を説き伏せ、前職の伝手を辿って撮影会を強行した。その手筈を整えてくれたのが山崎である。
 仕事で使う写真もそこそこに、レンタルスタジオの使用時間ギリギリまで衣装を取っ替え引っ替え。慣れない撮影に応えようとする反面、「何か変だ」と警戒しながらも口に出せない昴晴の愛らしさは尊さを突き抜けて神棚行きである。
 感極まる八田の横で「逸材ですね」と山崎が口にしたことから、二人は一気に意気投合した。あれほど熱い握手を交わしたのは初めてだ、と後に八田は語ったとか語らなかったとか。
 とにかく、初めての推し友を得た八田は滅多と人を呼ばない部屋へ山崎を迎え入れた。もちろん綿貫昴晴を熱く語るためだ。
「それにしても期待ハズレです。壁一面写真とか、彼の使用品のコレクションとかあると思ってたのに」
「そりゃストーカーっすよ」
 そうですね、と山崎はコロコロ笑った。
「八田さんのイチオシってどの写真ですか?」
「コレ」と、八田は迷わず一枚をタップした。
「やっぱりこれですよねぇ」
 その写真の昴晴は私服で照れながらも自然に笑っている。
 撮影が終わって撮影スタッフに挨拶に回っていたときのことだ。誰かが昴晴に問いかけた。「ステキなペアリングですね。彼女さんの趣味ですか?」なかなか突っ込んだ質問に場が凍りついた。しかし当の昴晴は「彼氏です」と訂正し、「センスいいって言ってもらったって伝えておきますね、ありがとうございます」と穏やかに笑った。その際に八田が思わずシャッターを切った一枚である。
 少し前まで、昴晴は彼氏の話を全く口にしなかった。何かが変わったんだな、それも良い方に、と八田は胸を熱くした。
「飲み直しません?」
「いいですねぇ」
 間髪入れずの山崎の返事を最後に、2人の姿はベランダから消えた。

テーマ; 夜景

9/18/2024, 7:08:46 AM

→『彼らの時間』10 ~時津風~

 11月、晴天の空は高く澄んでいる。少し冷たい風がもうじき来る冬を予感させる。
「私の乗る飛行機、あれかなぁ?」
 空港の展望デッキから飛行場を覗いている杏奈は、目の前の飛行機を指さした。
「まだ出発まで2時間以上あるし違うんじゃない?」と横に並ぶコウセイの冷静な回答。
「そろそろセキュリティチェック行こうかなぁ。落ち着かんよぉ」
 杏奈にしては珍しい弱音。そうだよな、これから新しい世界に向けて出発だもんな。その緊張感、よくわかる。俺も、実は今日これからの予定で緊張してる。上着のポケットに重力無視した重み。
 展望デッキを後に、杏奈を挟んで3人で並んで歩く間も雑談は止まらない。
「そー言えば、ウェブマガジン読んだよー。昴晴くんのインタビュー、めっちゃ読みがいがあったー。起業って大変だけど、やりがいリターン大きいんだねぇ」
「そう思ってもらえると嬉しいな。実際、いいことばっかりじゃなし、もうダメだって挫けることも多いけどね。でも、人の支えが力になるって、だから頑張れるって、強く思うようになったんだ」
 背の低い杏奈を通り越して、コウセイの視線が俺に向けられた。真っ直ぐで穏やかな瞳。それに応えるように小さく頷くと嬉しそうに彼は目を細めた。
「……――そんでさぁ、トモダチにも読めって勧めたら、昴晴くんが格好いいってそればっかり! あの雑誌自体、面白いのになぁ。えーっと何て名前だっけ?」
「『トキツカゼ。』ワカモノ向けのプレ・ビジネス雑誌ってカテゴリーみたいだよ」
「そうそう、トキツカゼ。! きれいな言葉だったから思わず意味を調べちゃったよー。Wikipediaさん曰く『良いタイミングで吹く追い風』だってね」
 セキュリティチェックに並んだ杏奈は通り抜ける前に振り返り、俺たちに大きく手を振った。
「私たち皆に時津風が吹きますように! 頑張って来るねー」
「頑張れ、杏奈!」
「楽しんでね! 杏奈ちゃん!」

 杏奈ちゃんを空港に見送った後、ヒロトくんに引っ張られるように海辺の公園に連れてこられた。
「こんなところあったんだ! きれいな景色だね」
 ガーデニングが施された庭は、色とりどりの花を咲かせている。まるで花畑だ。
「なぁ、コウセイ? 俺たちが始めて話した時のことって覚えてる?」
「それって、国語の時間のこと?」
 ヒロトくんはバラで作られたアーチの前で立ち止まり、僕と向かい合った。
「時が告げられるって言葉のことだよね? あの後、すぐにチャイムが鳴ったっけ」
 忘れるわけないよね、僕の初恋の思い出だもん。でも、ヒロトくんが覚えてるとは思わなかった。嬉しいなぁ。
「そうそう。あれさ、本当はどんな話でも良かったんだ。とにかくコウセイと話したくてさ」
彼の向こうに尖塔が見える。結婚式場のチャペル。ヒロトくんは真面目な顔で僕の前に片膝を突いて、ポケットから小さな箱を取り出した。
「あの日にタジマヒロトはワタヌキコウセイに一目ぼれしました。これからもずっと俺と一緒にいてください」
 箱の中に指輪。
「ヒロトくん、これって……」
「プロポーズ」
 ヒロトくんは真摯な瞳が僕を見つめ、返事を待っている。
 少し前までの僕なら、きっと断っただろう。彼が好きだと言いながら、歩み寄るのを恐れて、無理に「終わり」を作ろうとしていた僕。
でも、もう僕は恐れない。僕は人を、……僕の最愛の人タジマヒロトを信じる。
 僕はヒロトくんに抱きついた。
「僕も、あの日からずっとヒロトくんが好きだよ!」
―カーン、カーン、カーン……
 教会の鐘が鳴った。その素晴らしいタイミングに僕たちは顔を見合せて笑った。
「祝福の時、告げられたね」
 爽やかな風が公園を吹き渡り、僕らを未来へと後押ししてくれているように感じた。
 
―……十年前。
 小学校で、授業終了のチャイムが鳴った。自由時間だ。授業から解き放たれた子どもたちの笑い声が校舎中に響き渡る。
 3年生の教室で、「時、告げられたね」と但馬尋斗ははにかんだ。
 少しモジモジしていた綿貫昴晴は、勇気を振り絞って誘いかけた。
「僕らの時間の始まりだよ。一緒に遊ぼう」
 そうして二人の少年は校庭へと駈け出していった。
 これは、彼らが覚えていない一番初めのデートの話。

         『彼らの時間』fin

テーマ; 花畑

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