B5版なっつ

Open App
5/3/2024, 11:47:52 AM

『迎えの約束』


暗い森の中を走った。もしかしたら迷ってしまい二度とこの森からは出れないかもしれないが、今はそんなことを考えている余裕はなかった。近くでは私達を探しているであろう人達の声が聞こえてきている。懐中電灯の光がハッキリと見えるまで迫ってきていた。

ここ数日降り続いていた雨は地面を濡らし、足元の土はぬかるんでいる。聞こえる滝の音は、増水した影響なのか轟々と耳をついた。

「ねえ貴方」

私は彼を呼んだ。

私の手を引いて前を走る貴方は、ずっと「すまない、すまない」と繰り返していた。私の意思でこうしているのだから謝らなくてもいいのに。

「なんだい?すまないがもう少しだけ耐えてくれ。せめて彼等を撒けさえすれば」

貴方は私の方に振り返らなかった。そのまま手を引き走りながら声に耳を傾けているようだった。

「大きな滝の音が聞こえているの」
「……確かに聞こえるね。なにか気になることでも?」
「そちらに行ってみない?」

彼は驚いたのか少しの間が空いてから答えてくれた。

「どうして?……ああクソ!もうすぐ近くにまで迫ってきているのか!」

彼の名前を呼ぶ声と怒声、そして私を心配している声が混じり、私たちに聞こえてきた。このままでは時間の問題だということはよく分かっていた。雨粒が森の木々の葉を叩く喧しい音でも追ってきている人の声は描き消せなかった。


「私ね、あの家に戻るくらいなら貴方と一緒にいたいの」
「それは僕だって同じさ。だから今こうして」
「滝つぼに身を投げた時、死体は浮かび上がらないらしいわ」

逃避行を始めてから、はじめて彼の足が止まった。

「私が何を言いたいのか分かるでしょ?」
「わかるけれど、そんなの本末転倒じゃないか!」
「そんなことないわ。だって私が今1番望んでいるのは貴方と一緒に自由になることなんだもの」

私は彼の手を取って、約束をするように小指をからませた。

「もし生まれ変われたら、私が貴方を1番に迎えに行くわ。だからお願い。人生最初で最後のわがままよ。私と一緒に、」

大きな雷が近くで落ちた。私の声は彼に聞こえていたかしら?
さらに雨が激しく振る。足を止めたことで体が冷えたのか、私の手を握る彼の手の震えが止まらなくなっていた。

(テーマ:二人だけの秘密)

4/30/2024, 1:23:13 PM

『私が人間になるために』

憂鬱な朝、体温で温まった布団に頭まで隠れるように籠った。
この中にいる時だけは、誰も私という存在を認識できない。そう思い込むことで心を落ち着かせた。

ギュッと体を丸める姿は、きっと大勢の「普通の人」にとっては滑稽に見えるだろ。それでもこれは、私が1日人間でいるためには必要不可欠な儀式なのだから。

きっと、この人間に上手くなりきれない私のそれに名前はついていない。名前がついたらどんなにいいかと考えている時点で、私はとことん甘いのだろう。自己嫌悪で胃がムカムカする。

布団の外からぴぴぴと朝の7:35を知らせる時計のアラームが聞こえる。ああ、ここから出なければ。
今日も1日、人間になりきらなくては。

(テーマ:楽園)

4/27/2024, 1:38:15 PM

『猫又希望』

小さくぷーぷーと寝息を立てる猫。愛おしくなり頭を撫でてやると、驚いたようにクルルと鳴いてからゴロゴロと喉を鳴らしはじめる。

この猫は、私が酷いことをするかもしれないという可能性を1ミリも考えていなさそうだった。もちろん、するつもりは無いのだが、野生の消えた猫の姿に笑みがこぼれた。

……なんとか猫又になってほしいものだ。そしたらずっと一緒に入れるのに。あぁ、でも私が亡くなったあとに1匹になってしまうのは可哀想か。

猫の寿命は20年弱。どうかゆっくり時が進みますように。君の最期を見届けるまでは、私も何とか生きてみようと思うから。

(テーマ:生きる意味)

4/26/2024, 12:53:49 PM

魔王討伐

魔物が世界各地で増えたのはいつの頃からだったろうか?
初めのうちは人間の力で対処出来ていた気もするが、魔物の数は多く、人間側は物量で押された。結果として王の住まう城を中心に城壁を築き、その内側に人間は隠れざるおえない、そう伝えられてきた。

「事前に連絡さえあれば、城内だって掃除をして、なんなら迎えだって出したというのに。人間はいつもいきなりやってくるんだな。歓迎したいのにさせてくれない」

人間の王はある程度の年齢に達した民たちに、強制的な命令を出した。それは魔物を率いていると考えられる魔王を倒せ、というものだった。
この命令に背いた者は、城壁の外へと捨てられた。役に立たないものを壁の中に入れておけないのだという。

魔王と思われる者は、護衛を1人もつけずにふらふらと城内を歩いていた。
歓迎したいという言葉からは嘘も、からかいも感じられないことが酷く不気味に、そして不愉快に思えた。

(テーマ:善悪)
※ちょっとなにも思いつかなかった……くやしい……

4/24/2024, 12:20:58 PM

『顔をあげる』

1、触れないこと
2、目線を合わさないこと
3、顔をあげないこと
4、見られないこと

こうも夕焼けが赤い日は、顔を上げて歩いてはいけない。私が小さい頃からずっと言い伝えられてきた約束。
顔を上げて歩いたらどんなことになるのかは、聞いたことがない。もっと正確に言えば『誰も見たことがないから分からない』のだ。

バカバカしいと笑う人間は、この町にはいない。なぜなら、みなソイツの影を見て嘘では無いことを知るからだ。

遠くからぼた、ぼたと何かが落ちる音がする。俯いた状態のまま歩いているもんだから、その正体は分からないが確実に私のほうに近づいてきている。
真っ赤な夕陽がソイツの影を大きく伸ばしていた。
顔を俯かせていたって、影は嫌でも視界に入ってきた。

人の形をしているだけのなにか。ソイツは歩く度に腕や他、体の一部らしきものをぼたぼたと落とす。そしてすぐに、水が湧くかのように体の一部が生えているようだった。

1歩、また1歩と近づいてきた。
私は体を縮めて、頭をぐっと下に下げた。どうか早く通り過ぎてくれ。もしかすると、頭を下げている様子はそんな祈りの姿にも見えるかもしれない。

ぼた、ぼた、ぼた。いつものようにソイツは歩いている。
私の真横ほどに来た頃だろうか、いつもとは違うごとっという音が聞こえた。するとソイツは動きを止めた。

不気味な行動に、顔は上げずに視線だけを横に動かした。

「なに……」

溶けているのか腐っているのか分からない、人の頭部のようななにかが私のほうにコロコロと転がってきていた。
逃げればいいのに、私の足は全く動かなくて。コロコロと転がって、私の足元にまで転がって。
そして、

「あ」

ソイツに私の顔を見られた。

(テーマ:ルール)

Next