テーマ:「また会いましょう」
出会いは何時でも「気づいたら」で、別れは何時でも「気づきたくなかった」で。
しょうもない言い回しだとは思うが、しょうがないことなのだ。
美しい夕焼けは見届けるよりも前に指先がかじかんでしまうものだし、
道端に咲く花を愛でる私に、路行く人たちは耐え難い視線を投げかける。
巡り回るのが当世の理であり、動き続けるのが当然の常識なのだと思う。
未熟な精神への表れのようなものとして、成熟した結論のようなものとして、
その場でずっと立ちすくむようにする恐怖と、そばに居続けれない寂しさの中間の気持ちで、
無理矢理に世界を一枠の感動に収め、
祈るような、言い訳のような言葉を、
人知れず、呟く。
愚かなのか賢いのかは良く分かっていないことなのだけれど、
ただ、
納得の域には達しているのだと
それだけは、感じている。
テーマ:「スリル」
雷が走ったかのように肌の表面が痺れ、鋭敏な感覚が思考をフレームへと細切りにする。
拳銃の角度を見て咄嗟に傾けた額を、鉛の塊が掠め、一瞬の間を置いて血流が噴き出す。
その後に訪れるであろう暗闇を察知していた脳が、与えられた一瞬のうちに今の視界を網膜へと焼き付け、
そして、閉ざされる前に目を閉じることで眼球を保存し、
闇雲に踏み出した一歩で距離を詰め、
頭を相手の頭に向かって突き出す。
衝撃と流動する液体が、攻撃の成功を証明し、
一歩引きながら服を破り、顔を一通り拭き取るようにしてから、源泉を巻きつけて塞ぐ。
目を開けると、拳銃も失ってその場で闇雲に暴れるだけの姿が見え、
その緩急に合わせるようにして、私は勢いのついた拳を相手の頬へと叩き込んだ。
テーマ「脳裏」
美しい、と
称せるような感傷だった。
今、考えると…、
いや、今に至るまで何度も考え直した結果として、
私が彼女に抱いた、あの感情の由縁は
容姿、ではなく
所作だったのだろうと確信している。
真面目な彼女が毎日着ていたのは、
見直してみなければ、
白と赤と黒を基調としていた事が分からない、特徴の薄いセーラーに、
太ももがギリギリ見え無いくらいの長さのスカートであり、
そして、身に着けていた装飾は、
男性が着けても印象が変わらないような黒フレームが楕円のガラスを包む平凡な眼鏡と、
ほんの少し配慮したような可愛げがある為に、
却って印象に残らないような、髪を纏めるためのクリーム色のゴムだった。
当時の私はルールを創作せしめる様な同輩に対して、
追従には至らない程度の遠巻きな憧れを抱いており、
その代償、或いは証左として、
変哲も無い風体の生徒を、
内心…
正確に言うと、
自覚するほどではあるが、口には出さないくらいの心持ちでもって、
軽蔑して見下し、
そして実際に、
敬遠していた。
教師からの心証の良さだけが頼りになるような連中とみなしていた彼女とは、
授業時の噛み合わせの運も相まって、
同じクラスにいながらほぼ一切の交流がなく、
一緒にいた数人の、進学時に別れてしまった知り合い達からの嘲笑への恐れもあって、
自分から話しかけることもなかった。
そのまま、出会いと別れを繰り返す中で、
何人かの客観的な事実として美人と言えるような女性と話す機会に恵まれ、
その上で、
私にはあの時以上の感動がもう無いのかもしれないと、
今の今まで思い続けてきている。
喋り方から歩き方に至るまでに感じる全ての物足りなさが、
あの時代のよく知りあわなかった彼女に連なっていると自覚してしまった今の私は、気づけば何度も何度も夢想してしまっているのだ。
掠めていたのだろう、青春の日々を。
テーマ「意味がないこと」
チリン。
風の音で、私は目を覚ました、
何もかもが詰まった黒のような、何もかもが無いような白のような、
線引きがなく、判然としない頭の中で、
真っ先に産声をあげたのは、
「寝過ごしてやいないだろうか」
という、馴染みきった不安で、
私は近くのテーブルに置いていたであろう
端末に、ほとんど無意識に手を伸ばし、
そこに書いてある数字に、まだ、お昼時だと言い訳が聞きそうな
時間帯を見た。
寝付きの悪さを考慮すると、正確性には欠けてしまうようだが、
オムライスを食べ終わった時に消した、テレビに最後に写っていたOP曲の事を何となく思い返すと、
「大体、2時間くらいだろうな」
と、考えた。
休日の、昼食後の、独り身での、中時間の、風通しの良い晴れの日の、お昼寝。
随分と、気前の良い言葉なのだが、
それでも少しの後悔………
とはちょっとズレた、
残念というような気持ちがあって、
その芽生えた感情に
未練がましさを自覚してしまって、
チリン。
風が笑っているんだと、思った。
テーマ:「柔らかい雨」
ぽつぽつと、音が聞こえ始めた。
本来であればこの後に、ザブザブというような喧騒や、ボタボタというような振動が続くのだろう。
ただ、今日の音はそのままだった。
…精々、その天候を名乗るために最低限必要なだけの勢いをともなった、
不協和とも、調和とも判断のつかない純粋な水と土との触れ合いを、
私はじっとその場で、聞き続けた。
そのうち、波を思い出した。幼い頃、浅瀬の中から見た海面の波を。
揺らめく視界の中での、全身で水に触れ合いながらの、自然な態度のそれは、
砂で立ってみた時よりも、神秘的で、違って見えたのを思い出した。
そしてそれが、雨を、ほんの少し暖かく感じさせた。
そろそろ止むだろうな、と感じた。
それが、時間のせいなのか、温度のせいなのか、思い出のせいなのかは、分からない。
ただ、実感だけはあって、
気がつくと体の準備が出来ていた。
数分後、雨はやんだ。
ほぼ同時だったそれに、
感謝とも、寂しさとも、愛しさとも、
なんとも判別できない感情を抱えつつ、
私は、漸く帰路についた。
多分、包んでくれていたのだろう。