失敗したなあ、と黒板を眺めながらぼうっと考える。
学校の教室。夏休み中だけど、講習があって重い腰を上げて学校に来ていた。
が、寒い。エアコン効きすぎている。外はあんなに暑かったのに!
最初の方は、熱で温まりきった体に丁度良かった。自分の座った席がエアコンの当たる席だと気づいたのは、授業が始まってすぐ。他の皆は丁度良いらしく、特に寒がる様子もない。
授業終わるまで、あと30分もある。寒すぎる。耐えられない。
諦めて気を逸らすため寝ようかなんて、サボりを検討していればトントン、と控えめに机をつつかれる。顔を上げれば気になっていたクラスメイトの男の子。
「…寒い?そこエアコン当たるでしょ」
「あ、…うん、そうだね、ちょっと寒いかも」
「やっぱ?あー、俺前そこの席でさ。めっちゃ寒かったんだよね」
ちょっと待って、とカバンをガサガサして、取り出したのはカーディガン。
「緊急事態ってことで。はい、洗ったばっかだから」
ずいっと差し出される。黒板に文字を書いていた先生が話を再開しようと振り返りかけて、慌ててカーディガンを受け取った。
…暖かい。というか、何だかカーディガンを着なくても暑い気がする。主に顔が。
半袖、悪くないかも、なんて。私より一回り大きい袖を緩りと握った。
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「半袖」
白いフワフワのスカートを着て
小さな子供たちが飛んでいく
貴方達の母が見れなかった世界を見なさい
こんなちっぽけな公園には収まらない世界がある
貴方達の兄弟が見れなかった世界を見なさい
この道路の割れ目の何倍も大きい世界がある
誰よりも遠くへ飛べ
だれもしらない 暖かいひだまりへ
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「飛べ」
いつも木は私に優しかった。
成長すれば公園は小さくなった。あんなに楽しかった遊具は陳腐な置物になった。
でも木だけ、ずっと大きかった。
立派な背丈で、私を覆い隠す。
木陰は、ちょっとした我儘で。
陽の光には当たりたいけれど、眩しいのは嫌な時とか。世界の優しさだけを切り取って届けてくれた。
世界は綺麗で美しいことくらい知っている。でも、それは時に私にとって眩しすぎるから。
子鳥のさえずり。頬を撫でるそよ風。揺れる木陰。
もう少ししたら、戻るからね。大丈夫。
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「揺れる木陰」
忘れ物をした。
放課後、HRが終わって、校舎口へ向かっていく人々に逆流して講義室に向かう。
授業以外だと使うことなんて無いような場所だから、誰もいないだろうとノックもせずドアを開ければ。
教室に1人、女子。
スマホを手に自撮り。明らかな校則違反。
数秒見つめあって。気まづー、とか。明日に出直そうかな、とか。一瞬で様々な思考が頭を巡ってるうちに、その子がぐだーっと崩れ落ちた。
「ビックリした!何だ、先生かと思ったよ」
ケラケラと安心したようにこちらを見て笑う。
あまりの温度差についていけずそのまま眺めていれば、「忘れ物でしょ?はい」と慣れた手つきで私に渡そうとしたところでピタッと止まる。
「スマホ、見たよね?」
「…ああ、うん。見ちゃった、ね」
「やば!だよね」
慌てふためく様子が面白くて数秒口を閉ざしていた。元より先生に告げ口するつもりなんてなかったけれども、ほんの少し、溜める感じで。
「あ、そうだ」
不安げに揺れる瞳が、ぱっと開いて。気づけば腕を引っ張られ画角内。
パシャ、と軽い音がなって数刻。驚いた私の顔とニコリと決めた女子のツーショットを、こちらに見せた。
「これで共犯!二人だけの秘密だよ?」
忘れ物を取りに来ただけだったのに。その言葉が、何だか私たちを特別にした。
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「二人だけの。」
7/14。信号待ちの交差点。終業式終わりの帰り道。
「夏って、いつからなんだろう。もう夏だよね」
暑さで回らない頭を回転させて、出した話題がこれだった。我ながらくだらない。
こちらを見ることも無く、信号待ちのメーターが減るのを眺めている友達。ここの交差点は待ち時間がいつも長かった。
「でも、まだ蝉鳴いてないよ」
「ああ、なるほど。とはいえさ、こんなに蒸し暑いんだから」
ジリジリと照りつける太陽。暑さの気休めにスマホを取り出し数回タップした。
「…気象庁によると、6月から8月までらしいよ。定義としては。」
「え、じゃあ丁度半分くらい過ぎたってこと?」
「油断したね」
「そうだねえ」
信号が青になった。でも、何故か私達の足は止まったままだった。
「…今から海行く?」
「ここどこだと思ってるの」
「じゃあ、プール。向日葵畑。お祭り。」
「無茶な。…カラオケ行こ。駅のとこ、今日空いてるでしょ」
「名案!」
チカチカと光る青信号に向かって走り出す。
今日、やっと蝉が鳴いた。
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「夏」