窓辺に風鈴を置いた。
すきま風でチリチリと鳴る。
目の前に浮かぶのは、向日葵畑を持った田舎の祖父母の家のような憧憬。
スイカでも食べながら、縁側で猫と昼寝する。
チリチリ。チリチリ。その時間が永遠のように感じられて、照りつける日差しに目を閉じる。
…なんて、思い浮かぶけども。自分の祖父母の家は田舎でもなく、実家から30分の住宅街で。物心ついた時にはリフォーム済みの、小綺麗な家。エアコンの効いた部屋でテレビを見て、飼っていたのは犬だった。
ああ、でも。何だか自分は「ない夏」にいた気がする。
チリチリ。風鈴はいつも私を連れていく。
あの日へ。いつまでもたどり着かない、あの夏へ。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「風鈴の音」
ハワイ行きの広告をみた。
だから一昨日は、南国のリゾート地へ。
戦闘アニメをみた。
だから昨日は、世界を救った正義のヒーロー。
今日みたのは御伽噺。
だから今晩は、王子様が囚われた私の手を取って、「一緒に逃げましょう」と愛の逃避行に誘う。手の甲にキスなんてしちゃったりして。
私はそれに頷いて、窓から飛び出すの。
全てを投げ捨てて、
お城の外まで、
もう少しで、
ピピピピ、と私を現実まで連れ去ったのはアラーム音。
ああ、今日こそ正夢であってほしかったのに!
いくら心で逃避行しても、体まで迎えに来てくれないと意味が無いのよ。王子様!
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「心だけ、逃避行」
通学路に、曲がったことない道があった。
といっても道が1個ズレるだけであって、寄り道禁止のうちの高校ですらお咎めをくらわないような道。
普段一緒に帰らない友達が、当たり前の様にそちらを通るから、隣を一緒に歩いた。
他より大きめな家。
放置された洗濯物。
家の壁を這う名前も知らない蔦。
街灯がぼんやり光って。
2階の窓にピアノが見えた。
ちょっと歩けばすぐいつもの道に戻った。知ってるのに何も知らない。
もうそろそろ、高校も2年目なのになあ。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「冒険」